26.黒づくめの銀髪三つ編み少女
「やだぁ~ キュッとしてブンブンしないでぇ♥~」
「だって、リルリルが、超可愛いからさぁ」
「朝のキスをしただけなのにぃぃ♥~」
ウェルガーの両手が巻つき、細いエルフの肢体をギュッとしていた。
どのような素材をもってしても実現不可能な柔らかさだ。
ウェルガーは彼の一〇歳エルフの幼妻を抱きかかえて思うのであった。
リルリルがウェルガーにお目覚めのキスをした瞬間だった。
待ち構えていたように、彼の両腕が幼い肢体を抱きかかえキュッとしちゃうのだ。
そしてベットの上に寝転がって、左右に彼女を振り回す。
朝の陽光を受けた金髪が揺れながら、光の粒子を零していくようだった。
「もぉぉ、らめぇぇ♥~ 朝から強引らのぉぉ♥、らめぇぇ♥~」
ウェルガーに「らめぇぇ」と言いながらも長い耳をパタパタさせ極上の笑顔を浮かべている。
いい加減にしろ言いたいほどのべたアマの新婚の朝を迎えているふたり。
「ちゃんとキスしてないのにぃぃ~ まだ、キスゥゥ~」
「リルリルのおねだりが可愛いよぉぉぉぉ~」
「おねだりじゃないモン! 朝の挨拶なのぉぉ~」
そう言いながらも、ふたりは、唇を合わせキスをする。
(毎朝、これでばっちり目が覚める。他のとこまで目覚めてしまいそうだ……)
引退した元勇者のウェルガーは柔らかい幼妻の唇を感じ、更にその身体を抱きしめ密着させる。
そして彼女の背中に回した手をもぞもぞと動かすのであった。
夫とのキスに蕩けた表情をしていたリルリルが、チュポッと唇を離した。
「あああ、脱がさないでぇぇ、自分で脱いで着替えるのぉぉ~」
幼妻の夜着を脱がそうとウェルガーの指が器用に動く。
「ああああ、クソ可愛いよぉぉぉぉ~ あああ、可愛くって萌え死にそうになるわぁぁ~ リルリルゥゥゥ~ 大好きだぁぁ!」
「あはぁぁ、らめぇぇ、脱がさないでぇぇ~」
ふたりのいちゃラブの声がビンビンに響く。
その声は、ふたりの寝室を突き抜け、当然のごとく同居人の部屋まで届いているのだった。
(朝から…… もう…… 仲がいいのはいいですけど…… ちょっと……)
新婚夫婦の家に同居するというのは、ある種の拷問ではないかとラシャーラは思った。
薄いタオルケットのような布団を頭からかぶりベッドの中で身を丸くする。
褐色の顔は真っ赤に火照っていた。
ふたりの声を聞いているだけで、彼女の身体の中まで熱くなってきそうだった。
しばらく、リルリルの喘ぐような嬌声と、イチャイチャ、アヘアへする声が響く
(今日は、ちょっと長いんじゃないですか?)
心の中で文句を言っているうちに、だんだん声が小さくなって、静かになった。
彼女はその隙に起き上がり、朝の身支度を始める。
二回目が始まることもあるのだ。
「仲良くていいんだけど…… さすがに――」
ふぅ~息を吐いて伸びをしながら、彼女は言った。
決して、この家にいることが嫌なわけではない。
むしろ、朝と夜の新婚夫婦が上げる声のことを除けば、居心地はいい。
「ウェルガーは凄く良い人だし、リルリルは可愛いし――」
身長差の大きな夫婦は、一瞬親子のように見える。
それも見ていて微笑ましい。
(普通の夫婦って皆、ああなのでしょうか?)
ふとそんなことを思う。
自分の両親は、王と第一王妃だ。今は王国自体が戦争で荒廃し、両親もどうなってしまったか分からない。
(やはり、一度、アルデガルド王国には行くべきでしょうね……)
彼女はウェルガーに話を持ちかけられた件について考えた。
彼女は、エルフ国・メルフェシス王国の王女だ。
その身分が分かってしまったからには、アルデガルド王国を訪問するというのは筋が通っている。
あの国は戦争の後、人類圏で唯一国家として機能している。
母国の現状、自分の両親を含めた王家の情報も得られるかもしれない。
また、この島に戻ってきて住み続けるにしても、同国に話は通しておくべきだ。
彼女の母国は、対魔族戦争で、多くの森が焼き払われ、国土は蹂躙された。
国民の多くは、同盟国であるアルデガルド王国に避難しているはずだった。
ウェルガーは、エルフの国がある程度復興するまで、ここにいればいいと言った。
しかし、状況によっては、王族として国に留まらなければいかない可能性もある。
それは、あのふたりとの別れを意味することになる。
永遠の別れではないにせよ、寂しさはある。
特にリルリルはまるで、自分の妹のように可愛かった。
(戻ってきたい――)
それは、王族として無責任と責められるような思いかもしれない。
ただ、彼女の正直な思いはそうであった。
部屋の扉を叩く音―― 「はい」と彼女は返事をした。
扉が開く。
「ラシャーラさん、朝ごはんです。一緒に作りましょう」
小さく可愛い、リルリルが明るい声で言った。
同じエルフである自分から見ても、可憐で可愛らしい存在だ。
「はい。分かりました」
ラシャーラはそう言って部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇
「勇者、どこ?」
「はぁ? あんたいったい?」
漁に出るための準備をしていた島民はいきなり声を掛けられ不思議そうに言った。
今まで周囲にこんな女の子はいなかったはずだ。
突然、背後に出現したかのようだった。
いきなり空からでも降ってきたかと考え、バカなと否定する。
「勇者の家、どこ?」
少女は再び、質問した。言葉を千切って放るような言い方だった。
全く表情が読めないというか、無表情のままだ。
極上の人形のように整った顔だった。
美しい少女であるが、その美貌と無表情さが人間離れした印象を与える。
「あんた…… 勇者って、ウェルガーの旦那かい?」
「そう。勇者ウェルガー」
「旦那の家は、この街から山に続く道の先だけど‥… 道は一本しかないし。だけど――」
男は「だけど、アンタ誰だい?」と訊こうとした。
しかし、その前に少女は頭を下げるとそのまま、スタスタとその方へ歩いて言った。
縁の大きな真っ黒な先の尖った帽子をかぶり、この暑い南の島でぶかぶかの黒い服を着た少女だった。
全体が真っ黒な中で、長く一本の三つ編みにした銀髪のおさげが揺れていた。
「なんだ、あの子、まだ、船は着いてねぇよなぁ――」
見覚えのない少女に首をひねる漁師だった。
今日は王国からの船が来る。新しく島に移住してくる者も来るはずだが、その船はまだ着いていない。
くるりと、黒ずくめの少女が振り返った。
「船は、お昼ごろ着く」
彼女はそう言うと、再び歩き出した。
漁師は、ポカーンとした顔でその後ろ姿を見つめるだけだった。
銀色に光る三つ編みのおさげが海風の中をゆるゆると揺れていた。
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