25.鉤十字の悪夢

「う~ん。アイツラを労働力にねぇ…… 奴隷ってことだよなぁ」


 ウェルガーは腕を組んで考えた。

 ただ、頭はまだぼんやりしていた。朝方まで幼妻のリルリルとイチャイチャして、それほど寝ていないのだ。


(今日は、庁舎の方で話し合いだから、楽と思っていたが眠気が半端ねーわ)


 建設途上の庁舎、商館を兼ねた建物だ。

 ラシャーラをさらおうとしたカマーヌたちを尋問した場所だ。


 隅っこに大雑把な長机があり、壁には書類などを入れる施錠できる棚が置いてある。

 全体的にガラーンとした部屋だ。


「王国に行っても同じでしょう。対魔族戦争による人手不足はどこでも同じですから」


 眠そうなうえに、目の下にクマまで作っているウェルガーに対し、淡々と事務的事実だけを伝える。

 この島の事実上の政務・財務の責任者であるキチリ・ジムスキーだった。

 

「監視の人手は? 島民が受け入れるか?」


 島民は三〇〇人ほどしかいない。そこには、子どもも含まれるので実際の労働力は200人前後だ。

 そこに三〇人の人手が加わる。それをどう考えるかだ。


 たった三〇人と考えるか、労働力人口が一五%増えることになると考えるか。

 ウェルガーは後者よりの考え方をした。確かに貴重な労働力になる可能性はある。

 しかしだ――

 

(理屈は分かるがなぁ…… 感情的にどうなんだ。もめ事も起きる可能性はあるだろうし)


 三〇人を受け入れたことによる労働力の向上がメリット。

 リスクとしては、治安維持のためのコストの発生だ。

 その三〇人にはしばらく監視が必要だろうし、もし島民との間に軋轢が生じれば、大きな問題となる。


 前世はブラック企業の中間管理職だったウェルガー。

 労働力ってのは、ただ数を投入すればいいというものではないことは嫌というほど知っている。

 それは、自分の領地である島を開発することに関しても同じだろう。

 

 絶対にリスクはあるのだ。


「中心となった三人を除く彼らは、確かに現地で雇われた漁民や、船員でした――」

「そうか…… 生粋の悪人じゃないってことか」

「部下が、各人に個別に尋問しました。話に矛盾点がありません。彼らの受け入れは問題無いかと思います」


「島民感情的にどうだろう―― 特に、漁師たちとかは……」


 直接彼らを捕らえる手助けをしたのは、船を出した漁師たちだ。

 感情的な軋轢が生じるとすれば彼らとの間が一番リスクが高い。

 いかに、人のいい島の連中とはいえ、「人(エルフ)さらい」を許すだろうか?


「三人に脅され、利用されただけとしましょう」

「まあ、一〇〇%嘘ではないけどなぁ~」


 ようするに、主犯であるカマーヌ、リーキン、デピッグに罪を全部かぶせるということだ。


(本当は、その後ろにいる奴らの方がヤバいように思うが……)


「あの三人から得られる情報はもうないでしょう」

「要するに、あの三人だけ王国に引き渡して、それで終わらせようってことか?」

「それは、一番良いかと思います。さすがに、あの三人は危険すぎます」

「ま、確かにな……」


 キチリの言うことは筋が通って論理的だった。


 彼は、優秀な男だ。

 この島程度の物資の流れ、開発計画の進捗などは全て彼の頭の中に入っている。


 対魔族戦争では人類が戦力を統合し敗北を重ねながらも数年持ちこたえた。

 それは、彼が大兵力を維持するための兵站計画を練ったからだという噂もある。


 王国に残っていれば、出世は思いのまま――

 それが「こっちの方が面白そう」という理由で島にやってきた変人だ。

 能力値に比べ野心のパラメータが殆ど0に近い人物なのだ。


「治安維持コストの問題も試算済みです。また、本来罪人となり、奴隷になるところを、この島の住民として暮らせるとなれば、彼ら自身にとっても利益です。島の住民に協力することは彼らの利益となります。監視、警戒のコストは最小限になるでしょう」


 キチリはそう言って、書類を出してきた。

 貴重な羊皮紙ではなく、植物性の安物の紙だ。

 前世の新聞紙以下の品質であるが、値段は安い。

 いずれ、島でも自作することができるだろう。


(俺が紙の作り方の詳しい工程を知ってれば、いいんだけどね。さすがに知らないからなぁ)


 現代科学に対する断片的な知識はある。

 この島の生活に役立ちそうな知識もないではないかもしれない。

 ただ、紙を作る方法など詳しく知らなかった。それが、普通のおっさんである。


 ウェルガーは自分の中に「現代知識チート」が何かないかなぁとか、思いながら書類に目をやった。

 細かく数字を上げ、三〇人の受け入れ、主犯三人のみを王国に引き渡すという主張のメリットが徹底的に書かれている。

 突っ込み不能な感じだった。


「で、お姫様は島に残りたいということだ」


 ウェルガーは言った。「お姫様」とは彼の家にいる褐色銀髪のエルフ・ラシャーラのことだ。

 彼女はエルフの王国、この世界では『メルフェシス王国』と呼ばれる国の第一王女らしい。


「結論としてそうなることには反論はありませんが――」

「が?」


 キチリの微妙な言い方に、ウェルガーが反応する。


「一度、我らの『アルデガルド王国』に行っていただく方がよろしいでしょう」

「まあ、そうなるか」


 ウェルガーもキチリの結論をある程度は予想していた。

 王族を名乗る者。まず、本物かどうかが分からない。

 悪人三人と、本人が語っているだけで、それを証明するものはない。


「おそらく、あの気品、身のこなし、私も本物のエルフの姫であろうとは思います。しかし、だからこそ、正式な形で島に移住する形をとるべきです。後々、外交問題になりかねません――」


「俺には反論の材料が浮かばんな……」


 心情的にはそんな面倒くさいことをしないで、なし崩しに同居生活を続けたいと彼は思っている。

 リルリルとは本当の姉妹のように仲良くやっているのだ。

 一時的とはいえ、島を離れるのはリルリルを悲しませることになるかもしれない。

 そして、ラシャーラも嫌がるだろう。


「私が最終的に確認している時点では、『メルフェシス王国』の王室の方々は行方不明です。あの戦乱の中、どこかに避難されている可能性もありますが」


 ラシャーラは母国が本格的な魔族の侵攻を受け、その緒戦の混乱の中で、三人に捕らわれたらしい。

 その時点で、エルフの王族の主だった者は、まだ生きていたそうだ。


「身分の確認といても、国が崩壊状態ってことか――」

「しかし、同王国は『アルデガルド王国』とは同盟関係にありました。長い友好関係を築いていました。彼女を知る王族の方がいる可能性は高いでしょう」


 要するに「アルデガルド王国」に戻って、ラシャーラは、エルフの姫であると身分を確認する。

 で、正式な手続きをもって、元勇者ウェルガーの領地である島への移住を希望するという風にするということだ。

「その方がすっきりするか―― まあ、こっちから迎えの船を出すこともできるしな」


 ラシャーラが捕らわれていた船。

 高速の帆船は、「戦果」として没収してある。


 修理は進んでいる。小型だが、外洋航行が可能な船だ。

 こちらから、大陸の方へ行くことも可能になるだろう。


「部下の事務官二名をつけます。どんなに遅くとも次の次の船で戻ってくるかと思います」


 キチリはすでに決定したという前提で話をしている。

 ウェルガーは苦笑した。本人の説得はこれからなのだ。その役割は自分がやらなければならない。


(まあ、姫を騙った偽物とか、替え玉の可能性は無いとは思うが……)


 彼はふとその可能性を考えるが、捕らえられた状況が本当であれば、騙りはない。

 あったとして、替え玉として本物を庇っているという可能性だ。

 まあ、それならそれで、正直に言ってもらえればいい。

 その方が事務処理は楽なのだ。 


「あの船ですが、船内で応酬した物品は、報告のみとし、こちらで接収いたします」

「ま、それはそうしてくれ」

 船に積んであったモノも「戦果」として没収である。


 これは、報告さえすれば、王国もとやかく言ってくることは無い。

 海図とか、なぜかこの世界の公用金貨である「グオルド金貨」も結構もっていた。

 奴らが受け取った「前金」というやつだろう。

 海図には、彼らの言う「南東の島」が書かれてはいた。ただ、正確かどうかまでは分からない。

 

 彼らは海図を頼りに戻る気ではなかったのだから。

 方向は大凡で十分だったのだ。

 その船には、正確な海図など必要としないものがあったからだ。


「しかし―― あれは、なんですかね?」


「さあね、分からんよ」


 まるで、ウェルガーの心を読んだかのようにキチリが訊いてきた。

 ウェルガーはキチリのいう「あれ」が何を指しているのか分かっている。

 そして、それが何なのかも知っている。

 ただ、それを説明する気はなかった。

「あの者たちが言う『念話のように遠くの者と話せる機巧』など…… 戯言にしか聞こえませんが」

 

 この世界のインテリ。知能的には最高水準の彼でもそう思うだろう。


「ま、そうだな。よー分からん。機巧としかいえんよ」


 ウェルガーは自分の#韜晦__とうかい__#がキチリに通じているかどうか不安に思いながらも言った。

 その整った顔には特になんの表情も浮かんでいない。


(あんなモンの説明なんかできるか――)


 ルガーはまだいい。火縄銃に進んだ機巧をつけたものだろうで、説明できる。

 似たようなモノがこの世界に存在しているからだ。

 そして、その機構がどれだけ進化したものか、それを判断できる人間はこの島にはいない。


(さすがに、コイツでも分からんだろうと思うが……)


 キチリを見つめ、ウェルガーは思う。彼も優秀とはいえ、事務官だ。

 兵器や機巧の専門家ではない。


 船で彼が目撃したモノ――


 それは小型の無線機だった。

 おそらく、船を用立て、後から設置したものだろう。

 モールス信号の電鍵があった。


 そして、その機械には刻印があった。

 おそらく、元の世界の人間であれば、それがどのような組織を意味しているか分かる刻印。


 鉤十字――

 ハーケン・クロイツ――


「卍」だ――


 彼の前世である世界。

 その世界で、かつて過去最大の戦争を引き起こしたとされる組織――  


 それは、ナチス・ドイツの紋章であった。 

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