23.エルフのお姫様

 ウェルガーはあらためて、三人の悪人を見やった。


 本来であれば、リルリルに銃を向けたリーキンなどは、万死に値すると思っている。


 ただ、今回は余りに目撃者が多い。

 勇者だった者が率先して、血なまぐさいことをするのはどうかという思いもあった。

 そして、助けた一番の理由は、悲惨な現場をリルリルに見せないためだ。


 リルリルの幸せのためだ。全てのことに対し最優先するのが、リルリルの幸せであった。


(ああああ、クソ―― 早く帰りたい。お風呂に一緒に入りたい……)


 ギリギリと拳を握りウェルガーは思う。

 

 彼のその形相を見て、悪党三人組の顔色が少し変わった。


 彼は、この三人に対して悪党なりに筋の通ったところもあるかとは思ってはいた。

 ウェルガーの意識のごく#僅__わず__#かな部分ではあったが。


「アイツらってのは、何者なんだ? リーキンって言ったよな」

「ああ、名前を覚えてくれて光栄だぜ。勇者さんよ」

「どーでもいいから、答えだけ言ってくれないか?」


 ウェルガーは刃のように鋭い目つきで、リーキンを見つめ、そして言った。


「すまねぇが、知らねェんだよ。国か組織かなんの団体なのか―― そういった名前は知らねェんだ。そもそも、言葉が通じる奴がひとりしかいねぇんだからな」


 完全にふて腐れたような言い方だが、逆にウソを言っているようには見えない。

 一応、筋も通っている。


(本当に知らんのか?)


 手繰り寄せようとした糸が切れたのかと思ったとき、リーキンは言葉を続けた。


「ここからだと…… 東南方向だな。あの船で、四日くらいかな…… 風次第だけどな。その辺りにある島にいる連中だよ。変な連中だ――」


「あの港に泊めてある船で四日か……」

「そうだよ。あんたが、石をぶつけてマストをぶっ壊した船だ。まったく、トンでもねェ『化け物』がいたもんだ」


(まあ、あれで一〇分の一なんだけどな)


 ラシャーラを連れて逃げようとしたあの船に、石を投げマストをへし折ったのはウェルガーだ。

 そのために、勇者の力の封印を解いた。

 発揮できるのは全盛期の一〇分の一の力でしかない。もしかしたらそれ以下だ。

 それでも、砲撃のような投石が可能だった。


 彼らのリーダーであるカマーヌが口を開いた。


「私らだって、魔族と戦っていた傭兵なのよ。これでも―― 三年前かしら? 船で輸送されているときに、魔族に襲撃されたのよ―― で、船が沈められて、私らは戦場に着く前に、漂流ってわけ」


 バチバチと松明が燃える音の中、カマーヌは説明を続けた。

 

「で、気が付いたら、アイツらの船に助けられたの。一応、命の恩人だわ」


「まあ、そういうことか……」


「でもよぉ、アイツら、言ってることが分からねェ。言葉が通じねェんだよ。格好もなんか変だしよぉ。そして、一番変なのは船だ――」


 チビのデブの男が話しだした。確かデピッグという名前だったはずだ。


「船が変?」

「だって、帆がねぇんだもんよぉ。で、ちゃんと進んでやがる。風なんか関係ねぇ速さでな――」


「帆が無い? そんな船あるわけねーだろう」


 今回活躍した漁師代表の男が「ばかじゃね?コイツ」という感じで言った。

 船に関して言えば、この島では一番の専門家だ。

 漁だけではなく、自分たちで船も造る船大工でもある。


「まあ、信ねぇのも無理はねぇさ―― 俺だって信じられねェよ。これでも、俺は#機巧師__からくりし__#の弟子だったんだ。なんか、別の機巧で動いているんじゃなかったかと今は思ってるけどね」


(コイツの言っている事―― 本当かもしれない)


 見た目は、さほど知恵が回るようには見えないデピッグだった。

 小太りの背の低いおっさんだ。

 しかし、言っていることは正しいのではないかとウェルガーは思う。

 この場で、そう思うことができるのは、彼しかいないであろうが。


「で、島に連れてかれたのよ。ソイツらの島ね。まあ、島って言うかどれくらいの大きさかは分からないわ」

「新大陸か――」

「さあ、分からないわ。そこまでは」


 この世界にはまだ見つかってない大陸があるという噂があった。

 魔族との戦争の中、その大陸に避難できるかどうかの議論も#遡上__そじょう__#にあがったくらいだ。

 実際、どこにあるかもわからない伝説レベルの大陸に避難するなど、現実的な話ではなかったが。


「島なのか大陸なのか―― でも、大きな土地なのは確かよ。大きな山もあったわ。で、街なんかも立派だったわ。少なくとも、この島よりずっとね」


 ムカついた。

 この島はまだ人が入植して数か月しかたっていないのだ。

 それを言ってやろうかとウェルガーは一瞬思う。


「で、見たわ―― すっごいもの…… 言っても信じないかもしれないけど――」

「なにを?」

「鉄の大きな船よ。あんたね、世界中探したってあんな大きな船なんかないわ。それも全部鉄でできてるのよ」

「鉄で出来たデカイ船?」

「長さだけでも、私らの船の一〇倍以上あるわね」


 カマーヌは目をキラキラさせ、それを語った。

 自分が黄金の楽園でも見てきたかのような感じだ。


 ウェルガーの後ろでは「バカバカしい」と小さな声で言っている者がいた。

 しかし、ウェルガーはその声には同意できない。

 彼はその話を真剣に考えざるを得なかった。

 

(まてよ、おい…… あの船が一五メートルくらいとして…… 一五〇メートル? 鉄の船? マジか……)


 話を聞いていた島の人はニヤニヤと笑うか、不機嫌な顔になるかどちらかだった。

 真剣な顔で聞いていたのは、ウェルガーだけだ。頭の切れるキチリですら、不機嫌な顔になっていた。

 

「おとぎ話を聞きたいわけではないのですけどね」


 キチリが冷めた声で言った。

 この世界の人間としては至極真っ当な反応だ。


「ふ~ん…… なんか、アンタだけは真面目に聞いてくれているようね。アンタも面白いわ――」


 ウェルガーだけが真剣な顔でカマーヌを見つめていた。

 カマーヌは、自分の言葉を信じる相手がいることが、逆に不思議そうな感じで言った。


 話はしばらく、彼らの身の上話となった。

 最初は奴隷のように働かされたらしい。農園や木の伐採――

 どこからか来た、この世界の人間が奴隷として使役されていたらしい。他にも奴隷は相当な人数がいたようだ。

 彼らは、その中でしばらく生活していたとのことだ。


「なにか、鉱物でも出たのかしらね。あの島―― 盛んに穴も掘ってたわ」

「鉱山か? いったい?」

「鉄じゃないかしら―― 私たちがいたのは、鉄鉱石を掘っている穴ね」


 そして、彼らが言うには「自分たちの能力が認められ、待遇が変わったのよ」ということらしい。

 悪党の自慢話などは聞きたくはない。結果だけで十分だった。


「ふーん…… で、ソイツらが、ラシャーラを誘拐して来いって言ったのか? オマエらに」

「まあ…… かなり端折っているけど、そういうこと。言葉が分かる人間がひとりいて、そいつに言われたのよ」

「理由は?」

「さあ、理由までは知らないし、知る必要もないわ。私らも傭兵だから、金をもらえるなら、やるっていったわ。そしたら、前金をくれて、帆の無い船でエルフの国近くまで送ってもらったわ。で、現地で新しく船を用立ててエルフの国に入っていったってわけ。世界は戦争の混乱にあるから、その隙にってことよ――」


 この島から東南に有る謎の島か大陸。

 そこに、巨大な鉄の船を持つ国家(?)がある。

 帆の無い船を走らせ、島には立派な街ができていた。


 鉄を掘っている。鉄が大量に必要なのか――


「金をもらって逃げちまえばよかっただろうに――」


 島の男が言った。


「どこに? アンタね、魔族との戦争の最中、どこに逃げるのよ? 少なくともあの島には魔族はいないのよ」


 カマーヌの言葉に男は黙った。

 

(前金もらった上に、安全な場所は、元の島しかない―― そりゃ、仕事バックれるわけにいかんか)


 ウェルガーは思った。魔族は滅び、戦争は終わったが、世界が平和になったわけではない。

 世界の混乱は続いているし、復旧もまだ途上だ。

 魔族以外にも危険はいくらでもある世界だ。


「ま、途中で戦争は終わったけど―― 仕事を放りだすより、アイツらの仕事を受けた方が得だと思ったのよ」


 そして、ラシャーラが捕らえられた。

 その島への航海の途中で、彼女は海に飛び込み、ウェルガーの島へ漂着したということだ。


「それにしても、エルフの姫様が、目を離した隙に海に飛び込むなんて思ってなかったわ」

「え? なに? 姫様?」

「そうよ―― 彼女。ラシャーラはエルフの国の第一王女よ。完全無欠のお姫様よ」


 カマーヌがサラリと凄いことを言った。

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