22.リルリルと俺の甘い生活を邪魔する奴は、滅ぼす―― 潰す――

 「アイツら大丈夫なんでしょうね。勇者さん」


 筋肉でパンパンに体が膨らんでいるオカマが言った。名前はカマーヌだ。

 錨打ちのタンクトップみたいなものを羽織っているだけで、エッジの効いた筋肉を誇るかのように見せつけている。

 そこには、負けて捕虜になったことに対する引け目を感じさせるものが微塵もない。

 

「ああ、とりあえず空の倉庫にいるよ。王国からの船は三日後。それまでは、窮屈さには我慢してもらう。水、食事はちゃんと出すよ―― あと、減刑嘆願書だっけ、それも書いておくよ」


 ウェルガーは淡々と言った。

 今回の件は、島に来てから最大の事件といってもいいだろう。

 魔族を倒したからといって、平和がやってくるわけでもない。

 人間だけの世界でも、平和な世界を創るのは大変だ。彼は通算五〇年を超える人生でそのことをよく知っていた。


「松明、もっと点けていいんじゃないかな。ちと暗いんじゃないか?」

「はいっす! 旦那ぁ」


 島の若い者(といっても、ウェルガーより年上だが)が威勢よく言った。

 新たな松明が灯され、空間の光が揺らぎながらも明るさを増していく。


 建設中の街の庁舎になり、ゆくゆくは商館を兼ねるための建物の中だ。

 今は平屋部分だけが、とりあえず外から囲われているという状態になっている。


 もう、陽は沈み周囲は闇が支配している。

 松明の光で、外の闇が入ってくることを防ぐ程度には出来あがった建物だ。


「あんた―― 少し甘いけど。嫌いなタイプじゃないわ」

「ありがとさん」


 ガチムチのオカマにそんなことを言われても、事務的な言葉しか返せない。


 リルリルとラシャーラは早々に家に帰した。

 彼のエルフの幼妻は「早く帰ってこないとだめです」とウェルガーに言った。

「さびしいから早く帰ってきてほしいです」とは、大勢の前では言えないが、本心はそっちに決まっている。

 ウェルガーの心も「早く帰りたい。リルリルに会いたい、イチャイチャしたい」が四〇%くらいを占めているのだから。

 

 ただ、それの気持ちをなんとか押しとどめている存在が、この目の前の三人だ。

 あまりにも、不可解な謎が多すぎる。

 ただの「奴隷狩り」や「奴隷商」とは思えない。


「奥様と、ご友人のエルフの御嬢さんには護衛もつけました。もう、家には着いているでしょう」

「いや、本当にありがとう」


 こっちの御礼の言葉は本当に実感のこもったものだった。

 島の住民は、気をきかせてそこまでやってくれている。

 ウェルガーは本当に感謝をしている。


 リルリルを幸せにする。そのためには、この島のみんなが幸せにならねばならぬ。

 ウェルガーは、その思いを強くするのだった。


「いやぁ~ 当たり前のことですよ~ 勇者様の師匠なんっすよね。あのキレイな女の人―― 武芸の達人だって話じゃないですか、護衛にはピッタリですよね」


「え? 護衛って彼女? ニュウリーン?」

「そうっす。最強っすよね。あの、おっぱいも…… へへへへへ」

「ま…… そうだな……」


 ウェルガーの背中に一気に冷たい汗が流れ出す。

 修行中のあれやこれやの昔話をリルリルにバらされたくないのだ。

 あの鬼畜の悪魔がペラペラしゃべったらやばい。


(早く帰りたい。マジで)

 

 ウェルガーは焦る。心の中の帰りたいメータが跳ねあがる。

 しかし、疑問を明らかにしないと帰ることはできないのだ。

 ウェルガーは心を落ちつける。


「オマエらさぁ、何者なの?」


 彼はイス代わりに置いてある大きな石に腰掛け、彼らに訊いた。

 この場には、領主であるウェルガーの他に島民の中心人物も何人が残っている。


「元傭兵だよ―― まあ、今は…… なんだろうなぁ? 姐さん」

「私は今でも『傭兵』だと思ってるわよ。これは傭兵として受けた仕事よ」


「人さらい、野盗、傭兵―― まあ、似たようなものですな」


 島の方の人間の一人が声を上げた。

 平民の言葉ではなく、きちんと教育を受けた正しい発音の言葉だ。

 王国で行政官をやっていたキチリ・ジムスキーだった。

 この島の政治、物資の管理、その他煩雑な諸々をやってくれている真面目で誠実な男だ。

 

 中央に残れば、事務官として出世街道まっしぐらだったのを「こっちの方が面白そう」で志願してきた男だった。

 はっきり言って、この男とその部下がいなければ、三〇〇人島民が秩序だって生活するのは、不可能だっただろう。

 俺が、リルリルとの時間を多く持てるのも彼のおかげだろう。

 

「ま、否定はしないわよ。褒められたもんじゃないのは承知よ」

「ちげぇねぇか……」

「とにかくよぉ、訊きたいことを早く言えよ。知っていることは言うからさぁ。ねえ、姐さん」

「まあね……」


(俺だって、早く帰りてェンだよ!!)


 ウェルガーは心で叫ぶ。拳を固く握りしめてだ。


 三人は縛り付け、距離をあけ座らせている。


 傭兵が平和なときに野盗になるのは、この世界ではよくあることだ。

 奴隷商のために、人間狩りをすることもある。

 あまり、称賛されるような仕事で無いことだけは確かだった。


「あの武器はなんだ? どこで手に入れた?」


 ウェルガーはひょろりとした背の高い男を見やって言った。

 あの武器とは「ルガー」のことだ。

 近代兵器、ドイツの軍用拳銃だ。


 彼はウェルガーを一瞥すると「フン」という感じで顔をそらす。


 本来であれば、縛り上げる前に良く調べて、奪うべきだった。

 刃物などの分かりやすい武器は、奪うことはできたが、「ルガー」に対してはできなかった。

 それは、リーキンが上手く隠したということもあるだろう。

 そして、もしそれを見ても、この島の人間にはそれが何かわからなかっただろう。

 火縄銃ですら、見たことない人間ばかりなのだ。


「もらったんだよ。アイツらに――」

「アイツら?」

 

 それを持っていたのは個人ではないということだ。


(近代兵器を持ちこめるような組織―― なんだそれは……)


 ウェルガーは転生者だ。現世で死んでこちらに転生してきた。

 であるならば――

 転移もあるのか?

 現代の兵器をもった何らかの組織がこっちの世界に転移したか――

 

(俺が転生したくらいだ、転移してくる奴らがいても、おかしくはないが……)


 ウェルガーは思う。

 この異世界に、自分以外の何者かが来ている。

 それも、元の世界は多分同じだ。

 

 リーキンの持っていたルガーがそれを証明している。


(いったいなんなんだ……)


 ウェルガーとリルリルの新婚生活。

 はっきり言って、彼は、エルフの幼妻リルリルとのいちゃラブエッチな、生活をこの南の島で満喫したいのだ。

 徹底的に満喫したいのだった。


 だが、どうにも、それが危うくなってきたような気がした。

 相手が何であるかは、分からない。

 しかし、それがもし、甘い新婚生活を邪魔する存在であるならば――

 

(リルリルと俺の甘いラブラブ生活を邪魔する奴は、滅ぼす―― 潰す―― 徹底的にだ)


 ウェルガーは牙を見せるかのような笑みを浮かべた。

 松明の揺れる炎で、凄みを感じさせる笑みがうかびあがる。


(相手が誰でも、どんな奴らでも関係ない―― 俺はやる)

 

 今後そのような相手には、絶対に容赦しない。

 彼は心に誓ったのだった。

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