20.悪党の矜持と決闘

「リーキン、アンタ死ぬ気? 相手は勇者なのよ! 勝てる訳ないでしょう! 勝ったって――」


 カマーヌが声を上げた。野太いバリトンのオネェ言葉だ。

 

「姐さん、勝つとか負けるとかじゃなくてな…… まあ、悪党の悪党としてのけじめちゅーかさ。最後まであがいてみたいっていうかな……」

「アンタ、悪党のくせに、変なとことで生真面目なのよ。バカ――」


 その言葉を聞いて、リーキンと呼ばれた男は皮肉な笑みを浮かべた。


「兄貴、止めておいた方がいい。殺されちまう……」


 小太りのチビが、しがみ付くような声でいった。

 縛り付けてなければ、本当にしがみ付いて止めたかもしれない。


 ウェルガーは困った表情を浮かべ。ポリポリと頬をかいていた。

 勝負を挑んできた男は、鋭い目でウェルガーを睨んでいる。


 集まっている島の人たちは、事件に関わった漁師だけなく、野次馬も多い。

 彼らが怒声を上げ始めた。 


「ウェルガーの旦那ぁ! やっちまえばいい! このクソ悪党に思い知らせてやれ!」

「そうだぁ! ふざけたマネをしやがった悪党を血祭りだぁぁ!」

「バカがぁ! 勇者の領主様に決闘だぁ! 一方的にぶち殺されるだけだッ!」

「俺らの島でふざけたマネしやがって! やってくだせぇ! 旦那ぁ、ぶち殺してやってくだせぇ!」

 

 ウェルガーが聞き取れた言葉だけでも剣呑けんのん極まりないものとなっている。


(群集心理で殺気立ってるのか―― 全くバカなこと言いだしやがって。こっちは穏便に済ませたいのに……)


 ウェルガーは決闘などやりたくもない。

 それは、一方的なリンチになる。

 勇者の力を失ったとはいえ、彼はそこらの人間など問題にならない身体能力を持っている。


 島の人たちは基本的に温厚でいい人ばかりだ。それはよく知っている。

 しかし、そんな善人の集団でも、ちょっとしたきっかけで、殺伐とした空気に支配されてしまう。

 

 勇者の知り合いであるエルフを拉致していった人買いか、奴隷商人。

 とにかく、ここにいる三〇人余りの奴らは「悪党」なのだ。

 そして、その悪党に制裁を加えることは「正義」だ。

 少なくとも、間違ったことじゃない。因果応報。身から出たさびというやつだ。


 そして、不敵にもこの島で圧倒的な人望を集める領主であり、人類を救った英雄であるウェルガーに挑戦してきたのだ。


 この世界の民衆の平均民度を考えれば「コイツら全員、血祭りだ! リンチだ!」と暴徒になってもおかしくない。

 そこまでのことにならないのは、この島の人間が根本的なとこで善良だからだろう。

 そして、ウェルガーの言うことに絶対に信頼を置いているからだ。


 実際、多くの島の人たちも、ウェルガーが目の前で人を殺すシーンを見たいわけではなかった。

「ぶち殺せ」と入っている者も、それは空気が言わせているものだ。


 ただ、ウェルガーが悪人を死なない程度にボコボコにするのは見たいとは思っていた。

 島には娯楽は少なく、伝説の勇者が、戦っているシーンを見たいと思っている者も多い。


 島の人たちの多くは、殺伐とした空気の中で怒声を上げ続けている。

 

「もう、これは、収まりつきそうにないわよ―― なんなら、私が相手をしても――」


 師匠のニュウリーンが小さく耳元で言った。


(アナタにやらせたら、島民ドンビキですよ―― 師匠)


 彼女に任せたら、島民ドンビキの阿鼻叫喚のスプラッタ拷問ショーが開催される。

 そんなものは、リルリルに見せられるわけがない。

  

 ウェルガーは「ふぅ~」と長い息をついて。空を見上げた。

 もう、暗くなるまで時間はない。南のこの島では、陽が沈むとアッと言う間に闇がやってくる。


「分かった! 受けるよ。ただし、勝敗が決まったと思ったら、そっちの誰かが止めること。それが条件だ」

 

 そう言って、悪人たちを見やった。


「分かったわ。私が止めるわ」

「姐さん!」

「アンタね! 私はもう最初から止めさせたいわよ。このバカ!」


 その役割は筋肉で身体をパンパンにさせているオカマがやることになった。


(このオカマがリーダーか?)


 ウェルガーに挑んできた男が「姐さん」と呼んでいる。

 おそらく間違いないだろう。


「あと、お願いがあるんだけど、いいかしら?」

「ん?」

「勝負してくれたら、知ってることは全部話す。それはいいわ。それともうひとつ――」


 カマーヌは、ウェルガーの言葉、身に纏った雰囲気から交渉可能と思った。

 彼女?のような悪党から見れば、甘すぎる男だ。

 であるならば、この機会に少しでも有利な提案をすべきと思った。

 ダメもとだ。


「まあ、内容によっては考えるが……」

「私とアンタと決闘するリーキン、このデピッグの三人以外の連中には、減刑嘆願書を書いてやってほしいのよ――」

「げんけいたんがんしょ?」

「そうよ、勇者のアンタが、書いてくれれば助かるわ」


 オカマが凄まじく意外なことを言ってきたので、「減刑嘆願書」が彼の頭の中で意味を成すまで間があった。

 

「なんでだ?」

「私ら三人を除いて、コイツらは事情も知らないで、私らが雇った連中だから。その理由じゃダメかしら?」

「アンタ、名前は?」

「カマーヌよ。一応、コイツらの面倒をみているのは、私よ」


 やはり、このゴッツいオカマがリーダーだった。


「ずいぶんと部下思いだな」

「違うわよ。本当の部下じゃないから、巻き込みたくないのよ。私なりの筋は通したいの――」


 ウェルガーはカマーヌの目を見つめる。

 ウソや悪巧みを考えているようには見えない。

 まあ、悪人には悪人なりの筋の通し方や矜持というのがあるのかもしれない。


「俺の嘆願書が、効果あるかどうかまでは責任もてねーぞ」

 

 ウェルガーは言った。

 彼の中で、このオカマや自分に挑んできた男に対する評価が少しだけ変化したような気がした。


        ◇◇◇◇◇◇


(しかし…… やりたくねぇなぁ――)

 

 勇者の力の解放はもうできない。

 あれは、一日一回という制限つきのものだ。

 解放できる力は全盛期の一〇分の一で持続時間は一〇分という極めて限定されたものではある。

 それでも、使い方によっては、今回のように有効に使えることは分かった。


 ウェルガーに決闘を挑んできた男――

 ひょろりと背の高い黒ずくめの服を着た男はすでに縄を解かれていた。

 

「アナタ…… あの…… えっと……」


 ウェルガーの幼妻、一〇歳のエルフ、リルリルが彼に声を掛ける。

 しかし、心の中で言いたいことが言葉になって出てこないようだった。

 

「ませておきな。大丈夫だからさ―― 終わったら、晩ご飯食べて、一緒にお風呂入ろうな」

「もう♥ エッチなんだからぁ♥」

「だって、リルリルが可愛いからぁぁ、もう、スリスリしたいなぁ~」

「やめぇぇ、ザラザラするゥゥ♥~」


 ウェルガーは、リルリルのほっぺに自分のほっぺを密着させスリスリする。 

 夕方になり、朝剃った髭も少し伸びてきたようだった。

 そんなに、彼の髭が濃いわけではないのだが。

 幼妻の可愛い声で、更に激しく頬をスリスリするウェルガーだった。


 リルリルも「いやぁぁ♥」とか言いながら、長い耳がパタパタと振れていた。

 

(なんで、こんなにどこもかしこも柔らかくて気持ちいいんだ。謎だ。もう、リルリルぅぅぅ。可愛くて、大好き過ぎておかしくなりそう。マジで)


 ウェルガーはリルリルが視界に入って来るだけで、脳内の幸福物質やら快感物質がダダ流れになるような感じだった。

 彼は「はぁ、はぁ」と荒い息をたて、決闘前だというのに、エルフの一〇歳の嫁とイチャイチャするのであった。

 それが彼の今の生きがいであり、決闘前に「リルリル成分」を補給するという意味もあったかもしれない。


「そろそろ、終わりにしてくれねぇかい? こっちは早くやりてぇんだけどね――」


 これから戦う相手が、嫁とイチャイチャするのを見やってリーキンは言った。

 マジで、彼の心がささくれてきていた。

 相手が勇者とはいえ、本気でぶち殺したくなってきたのだった。

 双眸に鋭い殺意の光が満ちてくる。


「ああ、そっか―― まあ、さっさと終わらせるか。いいか、ちゃんと、止めろよ」


 ウェルガーは念を押すようにカマーヌに言った。

 

「分かってるわよ! イチャイチャしてないで、さっさとはじめなさいよ」


 カマーヌも痺れを切らしたようにいった。

 

「じゃあ、いいよ―― なんでもやってきな」


 絶対的な自信。

 勇者の力は封印されたといっても、その身体能力はまだ「超人」のレベルに有る。

 たかが悪党に本気を出すまでもない。


「俺を、甘く見ているのかい?」


 リーキンが言った。まだ、間合いは遠い。

 蹴りも突きも届くような距離じゃない。


(確か、コイツ魔道具をもっているんだっけ……)

 

 師匠のように記憶がボケボケになっているわけではないウェルガーはリルリルの言っていたことを思い出す。

 そして、家の水がめを壊したこと。

 それがどんなものか、分からないが、まあ大したものではないと高をくくっていた。


「いいから、なんでもいいから。早く終わらせよう」


「コイツを見てもそう言えるかい?」


 リーキンは右手を素早い動きで背に回した。

 そして、真上に向け、腕を上げた――

 素早く流れるような一連の動作だった。


 そして、天空に向け乾いた音が響く。

 カランっと地べたに何かが転がった。


「やぁぁぁぁーー!!」

「リルリル!!」


 リルリルが地面にしゃがみこんで耳を塞いだ。

 長い耳が恐怖のため、大きく下がっている。

 家を襲撃され、水瓶を割られ、その武器を向けられた恐怖を思い出したのだ。 


「てめぇ…… リルリルをぉぉぉぉぉ!!」


 リルリルを怖がらせた――

 二回目だ。

 ウェルガーは、山道で泣きながら歩いてきたリルリルのことを思い出す。


 一気に、心が灼熱の温度を持った。一気にグツグツと沸騰するような温度になった。

 炎をまとった獣が、彼の中で暴れ狂うような感じだ。

 

「コイツがあれば、いい勝負できるかもしれねぇぜ」


 リーキンは口の端に笑みを浮かべ、そう言った。


 そして、その手には鋼の凶器が握られていた。

 それは、この世界には「絶対」にありえないものだった。

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