7.少女の名はラシャーラ

 褐色エルフ少女を担ぎ、ウェルガーとリルリルは案内されるまま、教会に入った。

 窓が無く薄暗い場所だった。

 

 壁には斜めに数本の#松明__たいまつ__#が掛けられていた。

 ゆらぐ松明の炎の光が空間をゆらゆらと#蠢__うごめ__#かせているかのようであった。


(悪魔合体でもさせる、場所か? ここは――)

 

 元日本人アラフォーのおっさんは巨大なダンジョンマップの必要な古っるいゲームのことを思い出す。

 要するに「邪教の館か?」ということだ。


 宗教的な清廉さ皆無の内部は、空気までドロドロに濁っているような感じだった。


 運び込まれた、褐色エルフは粗末な寝台の上におかれた。

 布も敷いてない。

 なんかこう…… 中世ヨーロッパに有った拷問台のように見える。 


「きゃははははは!! もはや、回復も同然! 起きるのでーす!! 神の名において命ずるのです! 起きるのでーす!! きゃははははは!!」


 ビビビビビビビビビビ!!


 凄まじい速度で、往復ビンタが繰り出された。


 まるで、超有名な妖怪漫画のワンシーンを見ているかのようだった。

 意識を失った褐色エルフ少女の頭がブンブンと左右に振り回された。

 鼻血がツーッと流れだした。なんか、呼吸が細くなっていっている。


「おい!! なんで、回復魔法じゃねーのか! なんで、往復ビンタなんだよ!」

「神は自らを助ける者を助けるのです! ご信心の根性無しは、死あるのみなのです! 喝を入れて死んでもそれは神のご意志なのです! 天国の門が開かれるのです!」

「オマエ、マジで聖職者かよ! 本当に、回復魔法が使えるのかよ?」


 思わず、強い口調で言ってしまうウェルガーだった。

 同族のエルフが死ぬ場面など、絶対にリルリルに見せたくないのだ。


「忠実なる神の使徒たる我が身に対し、無礼千万な物言いなのです。この、ミコニーソはネグド大地の魔族決戦の生き残り―― 多くの魔族を葬り、多くの兵を救った『戦闘修道女』なのです!」


 小柄なリルリルよりやや大きい一五〇センチくらいの身体でバーンと胸を張って言った。

 胸のラインは辛うじてリルリルよりは成長している。ただ、いい勝負だ。


「え? オマエもいたの? あの決戦場――」


「いたのです! 勇者ウェルガー! オマエが遅――」


「あああああああ!! 分かりました。お願いします。治してください。頼みます。マジで」


 ウェルガーは頭を地べたにこすり付けるしかなかった。

 コイツはウェルガーのことを知っていた。つーか、彼は超有名人なのだ。

 この島の住人で彼を知らぬ者はいないだろう。

 

(あの失態は、リルリルに知られてはならない――)


 妻のリルリルには地名を間違え、決戦場に遅刻したのは秘密なのである。

 絶対に知られてはいけない事実だった。


「わ、私からもお願いです。助けて下さい。修道女様」

「リルリル――」


 夫婦そろって土下座であった。

 リルリルは、夫の土下座を、褐色エルフ少女を助けるための優しさであると誤解していた。

 ガチ惚れ幼妻は、夫のネガティブ情報など受け付けないのだ。


 つまり、ウェルガーの心配は杞憂である。

 決戦に遅刻したと聞かされても彼女は信じない。

 なぜなら、リルリルは、ガチ惚れゆえの「確証バイアス」に陥っているからだ。


 それもまた、ひとつの愛の形であった。


「では、聖水による、復活を行うのでーす」


 そう言うと、ミコニーソは、教会の奥に消えて行く。


(しかし、なんなんだ、ここは……)


 彼女の消えて行った方を見ると、金属製のトゲのついたイスが目に入った。


 更に、人を吊し上げるようなロープが何本もぶら下がっている。

 何か、この場所には、物騒な道具がいっぱい並んでいるような気がする。

 薄暗く、どんよりとした空気の中に、血の匂いさえ混じっているような気がした。


 なぜ、出来たばかりの教会がこんなになっているのか?

 謎でしかなかった。


 しばらくして戦闘修道女、ミコニーソが戻ってきた。

 その手にはバケツを持っている。

 

「なんですかそれ?」


「ありがい、聖水なのです! 聖水の魔力ならば、一発回復! もはや残された道は回復あるのみ! 完全回復へのエクゾーダスなのです! 神の恩恵、福音の光なのです」


 ザバァ!!


 バケツごと、聖水とやらをひっくり返しぶちまけたミコニーソだった。


 黄色い色をした、何とも言えないガチな匂いのする「聖水」。


 それが褐色のエルフの頭からざばぁっとかかる。


「あ…… 溺死寸前のエルフにそんな……」


 このカオスな状況にさすがのウェルガーも切れの無い突っ込みをするしかなかった。


 しかし――


「あ、ア…… う……」


 奇蹟が起きた。マジかよと、問いたいレベルの奇蹟だった。


 褐色エルフの少女はゆっくりと目を開けた。

 瞳の色はリルリルよりは薄いブルーだった。

 ただ、やはり全体の雰囲気はよく似ていた。

 

 肌の色と髪の色、そして年齢を除けばだ。


 彼女の呼吸も安定しているように見える。

 なんとも、トンでもない治療であったが、効果だけはあったようだ。


「凄いです! 聖水―― こんなの初めてみました!」


 キラキラと純真な目で、戦闘修道女ミコニーソを見つめるリルリル。


「当たり前なのです。私の聖水は聖なる「レレドの泉」をはるかに凌ぐ効能があるのです。回復魔法を使うまでもないのです!」


 甲高い笑い声が、薄暗い教会の中にこだまする。

 褐色エルフの少女は何が起きたのか分からずポカーンとしている


「聖水…… 一体どうやって作るのかしら?」


 ポツリとリルリルが言った言葉を、ミコニーソは聞き逃さない。

 キュンと首を回転させ、一瞬で間合いを詰め、薄っい本を差し出した。


「それは、教会の秘蹟のひとつなのです。まずは、この本を読んで『大宇宙コスモ創造神様』のご信心の御光りに導かれるのです!」


 リルリルはジッとウェルガーにおねだりするような瞳で見つめる。

 しかし、さすがにこの宗教本を与えるのは、夫としてどうかと思うのだ。彼としては。


 怪しげな聖水の作り方など……

 そこで、ウェルガーの思考はちょっと立ち止まってしまった。もしやという思いがあった。

 元おっさんゆえ、「聖水」と言う響きのガチの部分も知っているのだ。

 その可能性に至り、思考が逡巡する。

 

「あの…… すいません。ここは――」


 いいタイミングで、褐色エルフ少女が言葉を発した。


「気が付いたのかい。話せる? 大丈夫?」


 ウェルガーは色々な意味でホッとして、彼女に語りかけた。


「はい」


「記憶が飛んでいるとか、そんな感じはないかな」


「それはありません。あの―― あなた方が助けてくれたのでしょうか?」


「その通りなのです! 神の忠実なる僕にして、地上にもたらされた神の恩寵の結晶体である、このミコニーソが助けたのです。きゃはははははは!!」


 高笑いを上げ、その戦闘修道女は言い切った。


「海に…… 船から海に飛び込んだんです。捕まって―― なんか、海って臭いんですね‥‥…」


 そう言って彼女は自分の腕の匂いを嗅いで、嫌な顔をした。


「(いや、それは聖水の匂いだから)捕まっていたって…… いったい――」


 ウェルガーは心で思いつつも、彼女に訊いた。


「分かりません…… ただ、あの三人組は、エルフを探していると―― で、そのエルフが私だと…… 思い当たることは無いんです――」


「そうか……」


 なんとなく、ウェルガーには、話が分かった。


 エルフを探している三人組というのがいる。

 でもって、そいつらに彼女は捕まった。

 船で移動中に、彼女は海に飛び込んで逃げたと。

 で、ラッキーなことに、この島に打ち上げられたということだ。


「分かったのです!」

 

 ビシっとした声で、ミコニーソが言った。

 何が分かったのか、外から見ていると全く分からない。

 理解不能の聖職者だった。

「聖水を浴びたからには、もはや逃れえぬ、神の信徒なのです。逃れれば罰が当たるのです。容赦なき天罰なのです。よって、洗礼名を与えなければいけないのです!」


「せ、せんれいめい?」


 褐色エルフは目の前で話し出した理解不能の存在を呆然と見つめる。

 ただ、彼女が命の恩人の一人であることは間違いないのだ。


「洗礼名とは、神に帰依する正しき名前なのです―― う~ん。入電です。入電――」


 ミコニーソは真剣な顔で考えているようだった。

 黙ってジッとしている分には、十分以上に美少女の範疇に入る顔立ちをしている。

 大きなクリクリした黒目をやや上にむけ、じっと沈思していた。


「神より入電なので―す!」


 淀んだ空気を切り裂く甲高い声。

 彼女がキュンと、首を回し、褐色エルフ少女を見やった。


「洗礼名の入電あったのです! 『ニイタカヤマノボレ一二〇八』それが、迷える子羊の洗礼名なのです!」


 ビシっと指さし、無茶苦茶な洗礼名を告げるミコニーソだった。

 

 このカオスと不条理の存在に構っていたら話が進まない。

 

 ウェルガーは座って、まだ横に寝ている彼女を見た。

 嫁のリルリルにやはり似ている――

 エルフだから雰囲気が似ているとかそんなんじゃないことが、彼には断言できるのだ。  


「君、名前は?」


「ラシャーラといいます」


 褐色のエルフの少女は自分の名を静かに口にしていた。

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