4.新婚夫婦の子作り

 元勇者ウェルガーとリルリルの愛の巣という名の丸太の掘っ立て小屋は、ちょっとした高い台の上に有る。

 窓から海は見えるが、歩くと結構あるのだった。


 リルリルは「ふふん♪」と鼻歌を歌いながら、ひょいひょいと山道を下って行く。

 身軽にトントンと山道を下っている美少女エルフ(己の幼妻)の背を見つめるウェルガー。

 何度見ても、どの角度から見ても、「美との衝撃的出会い」がそこにあるのだ。

 

 今すぐ駆け寄り、後ろから抱きしめ、お姫様抱っこのまま、山道を疾走したかった。

 もちろん「リルリル、可愛いよぉぉ!! 愛してるぅぅ!!」と絶叫しながらだ。

 

 しかし、彼はそれを元おっさんの自制心によって堪える。

 金色の長い髪が濃厚な緑の中に揺れる、その光景を目で楽しむことに集中するのだった。


(しかし、やはり山の中、自然の中が好きなのだろうか―― エルフだし)


 ふと、ウェルガーはそんなことを思う。


 リルリルの母親は、アルデガルド王国の国王に愛された側室。

 ただし、王の血は引いてない。連れ子なのだ。


 ウェルガーの知るところでは、エルフの国で色々あって、アルデガルド王国に親子ともども亡命するような感じで身を寄せたということだ。まあ、その辺りは彼にはあまり興味はなかった。

 日々、今、現在をリルリルと「いちゃらぶ」できればいいのである。 

 そして、彼女を絶対に幸せにするということだ。


 側室の連れ子、エルフ――

 そういったことで、宮廷内部では辛いこともあったのだろうとウェルガーは思っている。

 

(森の中で自由に育った、エルフの美少女が母と共に、国を追われ、人の王の側室となる。しかし、宮廷内で受ける激しい差別と陰湿ないじめ―― それに耐え、負けず、明るく聡明に強く育つリルリルなのだった)


 ウェルガーの頭の中では『エルフの超絶美少女・リルリル物語』が勝手に創作されているのだった。


 今はだいたい脳内で一〇万文字くらいになっている。


 自分の嫁に、よー分からん設定を作り、妄想を楽しむ元日本人のおっさんで、元勇者なのだ。

 しかし、彼女を「幸せにする」という決意だけはマジ物だ。

 嫁にしたからには、必然の帰結と言うモノだと思っている。


「うぉぉ!! リルリルぅぅ!! 危ない!」


 山道の凸凹につまずきそうになるリルリル。

 元勇者は、残された身体能力だけでダッシュ。

 彼女の身体をすっと抱き支えるのだった。


「えへ、はしゃぎ過ぎて、転びそうになってしまいました」

「足元は気を付けて、ここもいずれ整備しなければならないが……」


 リルリルの障害になるモノは、あらゆる手段を使い全て排除する。

 それがこれからの己の使命であると元勇者ウェルガーは思っている。

 よって、この山道もキレイに舗装しなければいけない。


(いや、街が整備されてきたら、もっと海の近くに大きな家を造るか――)


 彼の脳裏に、海辺の白い家で、子どもたちと一緒に幸せな笑みをみせるリルリルが思い浮かぶ。

 当然、自分たちの子どもだ―― 3人くらい。


「アナタ、もう大丈夫だから。降ります」


「あ、ああ――」


 彼はそっとリルリルを降ろす。


(ウェルガーは優しいし、強いけど…… ちょっと私を子ども扱いしすぎるし―― でも、赤ちゃんができれば、変わるかな? 私もお母さんになれば……)


 新婚カップルふたりは同時にまだ生まれてもいない自分の子どものことを考えた。

 いや、産まれてもいないどころか、このふたりは赤ちゃんを作るような行為すら行っていなかった。

 そもそも、リルリルは「キスして、ベッドでイチャイチャすれば赤ちゃんができる」と思っている。


 一〇歳にして、目もくらむような美貌のエルフであったが、そっちの方の知識は「皆無」だ。

 

 まあ、実際にこのふたりは、キスしたり、ペロペロしたり、ベッドでイチャイチャしているのだ。

 しかし、最後の一線――

 赤ちゃんが出来ちゃう行為は一切行っていなかった。


 それでも、ウェルガーは「いちゃらぶ」を通し彼女と魂を交流させ、股間に溜まりに溜まった、愛と情欲の念を物質化して吐きだしているのだった。一晩に何度もだった。

 それだけ、リルリルに対する愛の量が多いのだ。


『ハァ、ハァ、ハァ―― わ、私で気持ちよくなってくれたんだ…… 嬉しい♥』


 一〇歳のエルフの幼妻にこんなことまで言わせているのに、最後まではできない。しない。


 本心を言えば、ウェルガーとて、リルリルと「子作り行為」をしたい。猛烈にしたいのだ。

 

 しかし、身長差四〇センチ、年齢差は転生時代の年齢を加えれば四〇歳以上ある。

 とにかく、それをするには、問題が色々ありすぎた。


 まず、ウェルガーのが無駄にデカイことだった。

 動脈海綿体に血流が集まると上腕と同じくらいのサイズとなる。

 そえはもう、ヤバい凶器だった。


 そして、一〇歳の幼妻のリルリルは「まだ来ていないし、生えてもいない」のだった。


 その凶器を無理やり使用したところで、赤ちゃんを作れる状況でないというのが、現実だ。


 でも、ウェルガーはこの新婚生活を満喫している。


 彼はベッドの中で、幻想美の中にある幼いエルフの肢体を滅茶苦茶に愛するのだ。

 激しく、全力で愛するのだ。

 直接的な、子作りすること以外のあらゆる愛を幼妻に捧げていた。


 ウェルガーの愛で、リルリルは毎晩ベッドの上で蕩けていた。

 幼妻は「らめぇぇ♥、あああ♥、なんかくるのぉぉ♥、また来るのぉぉ♥、変になるのぉぉ♥♥♥ らめぇぇ~」と全身をビクビクさせる。


 ウェルガーの愛を幼い身体で受けとめ、至福に包まれているのだ。


 夫婦関係は非常に健全で、良好であるといえた。

 

 ただ、リルリルがこの行為を「子作り行為」であると信じ込んでいるのだけが問題なだけだ。


(子どもも、欲しいけど、しばらくはふたりきりでイチャイチャ暮らすのもいいよなぁ~)


 彼は、転生前は元アラフォーのおっさんで、恋人もいなかった。

 幸せな家庭を夢見つつも、ふたりきりの愛の生活が長く続く恋人同士のようなふたりきりの甘い生活が続くことも望んでいる。

 ある種、アンビバレンツな思いであったが、人間の感情というものは、全てを合理的に説明できるものではないのだ。


 再び、元気に弾むように歩を進めるリルリルを見つめ、元勇者のウェルガーはそんなことを考えるのだった。


        ◇◇◇◇◇◇


「海、キレイ――」


「危ないから、足元をよく注意しろよ」


 彼女は南のどこまでも広がるコバルトブルーの海を見つめる。

 街は海沿いの平地に建設中だ。掘っ立て小屋のような家が並ぶなか、チラホラと本格的な建物も出来ている。

 集会場とか、港湾の倉庫とか、公共の建物が優先で作られているのだった。

 

 港といっても、ひとり用ベッドくらいの大きさの板が並ぶ、桟橋があるだけだ。

 まあ、それでも、沖から小舟で物を運ぶより効率は全然違う。

 

 月に一度、王国からの船はやってきて、ここに停泊し物資を陸揚げする。


 その桟橋の先までいって、海風に当たる。

 キラキラとした陽光を反射するリルリルの長い髪が風に流される。

 彼女は軽くそれを手で押さえていた。


 真っ白いワンピースの様な服もパタパタと揺れる。

 そこから伸びる白い脚は、白い布より透明な色をしていた。

 蒼空はどこまでも真っ青に晴れ上がり、突き抜けるような青さを見せている。

 空と海は、遥か彼方で出逢い、緩やかなラインを見せていた。


「やっぱり、この星も丸いんだな――」


 水平線を見つめウェルガーは呟いた。

 前世で小さなころ、地元房総の海を見たこと思い出した。


「あ……」


 この素晴らしい風景の中、ゴミというべき嫌なモノが彼の視界に入ってきた。

 この星の新たな衛星となった魔王の死骸だった。

 まあ、自分が吹っ飛ばしたので、誰にも文句はいえないのであるが。


「あッ! 船! おーい! おーい!」


 リルリルが手を振り、沖合を行く船に声をかけた。

 しかし少女の声は海風と波の音の中に溶け込み掻き消えていく。

 船まで届くことはなかった。


「投網漁か…… 人が増えれば、他の漁法も考えるかなぁ」


 小さな船だが、船があれば、漁の効率もあがるのだ。


 何人かの漁師が船に乗り、投網漁を行っているのだろう。


 実は、これを提案し実行の中心になったのも、ウェルガーだった。

 投網漁などやったことはないが、まあ知識としては知っていた。

 

 中途半端な知識と勘で創り上げた網だったが、それは有効だった。


 幸いなことに、この島の周囲は魚が多い。

 小さな船でも、投網によってかなりの量の魚が獲れた。


 そのおかげで、彼の家には毎日、新鮮な魚が届けられるのだ。

 主に、朝食で食べた極彩色をした古代魚のような魚であったが。


「あれ?」

「どうした、リルリル」

「あの、黒いの…… なんでしょうか? アナタ――」

「ん?」


 ウェルガー-は、エルフの幼妻が指さす方向を見やった。

 

「サメ? サメかぁ? シャチか? つーか、なんだあの大きな背びれ……」

 

 それは小舟の方へぐんぐんと近づいていく。


 そして、その周囲をクルクルと回り始めた。

 水面から出ている背びれだけで、人間の身長くらいはありそうだった。

 小さな船など襲われたらひとたまりもない。


 そして、それは明らかに船を狙って泳いでいるように見えた。

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