4-6 しつこいヤツ
お父さんの会社にある宝石店を、葛西が訪れてから40分ほどたったとき、
「あの車だと思うんだけれど…」
と、浪江君が言った。
浪江君、17、8分ほど前、「そろそろかな」と言ってモニターを見始めた。
そのときから今まで、ずっと見続けていたのは浪江君だけ。
こういうこと、浪江君は得意なんだけれど、本人に言わせると、こんな何でもないことに、得意だとか苦手だとか、そんな感覚があること自体不思議なんだとか。
でも、おれは、こういうの、どちらかというと苦手。
『いっくらなんでも、早すぎるよ。
まだまだ来そうもないんじゃないの?』
と考えたので、こういうものを、じっと待っているのは、つらさすら感じる。
ということで、さっきまでは、おれ、客間に行っていた。
浪江君がモニターを見始めたとき、その横には美枝ちゃんとサッちゃんがいて、一緒にモニターを見たり、軽い話をしたりしていたので、おれはここにいなくてもいいのかな、ということでコーヒーを飲みに行った。
誰も、『どこにいろ』というような指示はしないからね。
それで、客間に行って、有田さんやデンさんと話をしていたわけ。
おれとしては、緊張はしているんだけれど、手持ち無沙汰でもあったので。
有田さんとデンさんには、「実は、おれ、今、妖刀『霜降らし』を持っているんですよ」と、刀を見せて、「今日は、これ、おれが使ってもいいと言われて…」なんて、ちょっと自慢のような話から始まったんだけれど、必然的に、そのいきさつについても話すことになった。
ということで、あやかさんが、かをる子さんに、妖刀『龍の目』を作ってもらったことについて、なんだかんだと、結構詳しく話していた。
おれの、そわそわと落ち着かない様子を見て、吉野さんがコーヒーを持ってきてくれたので、それを飲みながらだったんだけれど…。
それから、この『作業室』に戻って、モニターの並ぶ壁の前で、あやかさんに、客間でのことを話していた。
今、ここのモニターには、この平池のうちが建っている敷地、その周囲が映っている。
現在、うちの敷地には、たぶん40台以上のカメラが設置してあるようなんだけれど…有田さん関係もあるので、正確な数値は40をかなり超えるんだろうけれど、おれが知っているのは数えてみると36台…、モニターに映してあるのは、そのうちの12カ所。
12カ所のカメラ全てが、ここの敷地の区切となる、周りの道路を写している。
敷地をぐるっと一回りで…敷地の中には、もちろん毎朝走り回る山もあるので…、軽く2キロを超えるんだけれど、とりあえず、全体が見えるようになっている。
もちろん、細部が必要なときには、別のカメラに切り替える必要はあるんだけれどね。
で、奴らの車が来たのは、この家の東側を通る太い道路。
南平池駅のある南の方から北上して来た。
敷地の西側には、もっと広い幹線道路が走るんだけれど、家との間には山があり、かなり離れているので、家に近いこっちの道を選んだのかもしれない。
モニターには、葛西が乗り込んだ車を先頭に…さっき、宝石店を出てから乗り込んだのを見ていたからわかったんだけれど…、3台の車が、ゆったりと走っているのが映し出されている。
敵がやってくる、と言うことで、否応なく、おれの緊張は高まった。
このカメラは、しっかりとした解像力の高い大型のカメラで…だから、外からちらっと見ただけでも、カメラがあることはわかってしまうものなのだけれど…、台座など遠隔操作が可能で、もちろん、ズームアップなどもできる。
その操作は、言わずもがな、浪江君がしている。
この3台、同じような高級車が、同じようにゆっくりした速度で、しかも等間隔で来たので、おそらく、つるんでいるな、とみたんだけれど、間違いなさそうだ。
車列は、敷地の脇を通り、家の前を、それまでと変わらぬ速度で通過した。
もっとも、家の前とは言っても、家から一番近いところのことで、30メートル近くは離れているんだけれど…。
でも、その車列が通過したとき、おれ、サワッと、何か密度の薄いものに触られたような感じがした。
あれ?なんなんだろう?と、何気なくあやかさんを見ると、ちょうど、あやかさんも、おれの方を見て、バッチリと目が合った。
あやかさん、クリッとした目で、ちょっと首をかしげて、
「今の、感じた?」
と、おれに聞いてきた。
「うん、サワッとした」
と、おれ、返事をすると、
「やっぱり…。
あなたも感じるのよね。
あれで、ここに妖結晶があるの、わかったんだろうね…」
「ああ、そういうことか…」
さっき、かをる子さんがあやかさんに言っていた。
萱津は、妖結晶を探るときにエネルギーを使うから、おそらく、『あやかなら、それを感じるはずだよ』と。
あやかさんが言ったのは、そのことだった。
そして、あやかさんだけじゃなくて、おれもヤツのエネルギーを感じた。
妖結晶を探った後も、車列は隊形を崩さず、そのままの速度で、走り去っていった。
でも、その進路、しっかりと、敷地の周りを回るような道を通っていく。
敷地の北側だけれど、普通に、西の方に行くのだと、敷地の隣、北側にある住宅地の前をもう少し先まで行くと、東西に走る広い道に出るので、そこを左に曲がればよい。
でも、3台は、敷地と住宅地の境にあるあまり広くない道に左折して入り、敷地に沿って、住宅地との境を走り、右左右と直角にガクガクガクと曲がって、そこでやっと西に向かう広い道に出た。
不自然極まりない走り方。
間違いなく、ここを意識しての動きだ。
いよいよ、奴らが来る…、ということなんだろう。
左手に持っていた『霜降らし』を強く握りしめた。
ヤツらの車は北側の広い通りから、また、住宅地と敷地との境になる狭い道に左折して入り、敷地に沿ってわずかに南下。
右折して、前に侵入者が忍び込んだところの橋を渡り、すぐに左折して、道なりに右折、家の敷地の西側を走る幹線道路に左折して入り、そのまま南下。
400メートルくらい走ってまた左折。
この道は、途中までは敷地の南側を通る道。
敷地の南側は途中から平池神社になるが、その平池神社の前に出て、さらに100メートルほど走ると、そこを左折し、北向きに走り出す。
この道は、北に進んで、すぐに敷地の脇に出て、そのまま右に弧を描いて東向きとなり、別邸の前、南側を通る。
別邸近くの門のところは、もっとも侵入しやすい感じがするので、ちょっと緊張したが、車列は、同じ速度で通り過ぎ、広い道との交差点へ。
ここで、家の敷地の周りを、1周したことになる。
そこを左折し、また、家の前を通る。
同時に、さっきと同じような、サワッとした感触。
念には念を入れて、といったところなのか、また、探られたということだ。
あやかさんの方を見ると、また目が合って、
「しつこいヤツだね」
と、あやかさん、一言。
車は、今度は住宅地をそのまま通り越して、北側を走る広い道路との交差点を左折。
まっすぐに西側の幹線道路に出て左折し、今まで以上の速度で走りだす。
そこから南側の境となる道に来て、また左折。
もう一度、家の近くを通って、繰り返し探るのかと思ったら、違っていた。
車は平池神社の前で止まった。
ここの、神社入り口の周辺は、神社の境内と、古くから宅地として人に貸しているうちの土地、そしてうちの敷地とが、妙な案配で入り組んでいて、ちょっと複雑な境界となっている。
その原因の一つは、そこに、雨のときにだけ水が流れるような小さな川が古くからあり、それが関係しているらしいんだそうだが、詳細は不明とのこと。
そもそも、うちの敷地は、道路に面して並んで建っている7軒の住宅の裏になるんだけれど…この住宅が建つ土地は、貸しているとはいっても、うちの敷地ではないわけで…、その端の住宅と、平池神社の境内との間には、幅1メートルくらい、長さ十数メートルの超細長い空き地があり…ここには小さな水路があって、見た感じ、それに沿った道のようなんだけれど…ここはうちが管理する敷地の一部になっている。
その細い空き地の道路際に立つ外灯…どういうわけでかわからないが、おじいさんが立てた外灯らしい…から、うちのカメラがその付近を写している。
このカメラ、目立たなく設置されていることもあり、こんなところから写しているなんて、普通の人にとっては、想像することも難しいのじゃないかと思う。
そのうえ、この神社付近には、島山さんと北斗君が、地形をうまく利用し、また、茂った木々も活用して、いくつかのカメラが巧妙に隠されて設置してある。
というのも、このあたりは、うちにとっては、侵入されやすい、警戒すべきポイントの一つだから。
全てのカメラが、本当に、うまく設置してあって、このあたりでは、ちょっと注意深く見たぐらいでは、カメラを見つけ出すことなんて、まずできない。
そのためなのだろう、やつら、ここに止めて…。
案の定、先頭の車から葛西が降りてきた。
黒っぽい作業衣…ではなくて、これは、戦闘服だな…、それを着て、戦闘帽をかぶり、降りるとすぐに小さなリュックを背負った。
葛西が降りたのと反対側のドアーも開き、もう一人、葛西と同じような服装と装備の、がっちりした体格の男が降りてきた。
この男、初めて見る。
名前、わかんないから、う~ん…と…、まあ、男1とでもしておこうかな。
そして、最後尾、3番目の車から、さらにもう一人、同じような服装でがっちりした男…これは男2としよう…が、比較的大きなリュックを持って降りてきた。
葛西も入れて3人。
3人は、奴らが動くときの単位となる人数だ。
で、その3人、何を話すでもなく、葛西を先頭に、そのまま歩き出し、神社の鳥居をくぐって、境内へ。
すでに、打ち合わせは済んでいる、といった感じ。
モニターから消えた。
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