もう一人の勇者 〜新たに紡がれる神話〜

第1話

「ライズ!! メルナ!!」


 二人の幼馴染の方へ手を伸ばすと、向こうも手を伸ばしてきた。しかしこちらは町の大人たちに抑えられ、二人は何人もの騎士に囲まれているため届くことはない。

 やがて二人は馬車に乗せられ、馬車は町を出ていった。

「馬車も見えなくなったし、もう抑えなくてもいいだろう。少しそっとしておいてやろう」

 大人たちは俺を離し、帰っていった。

 それから俺はしばらくその場で座っていた。何故二人が連れていかれたのかは自分でも理解している。それは二人が天命の子だからだ。

 十二歳になると、教会で神にお祈りをすることで、スキルを習得できる。

 習得できるスキルの種類や数には個人差があるが、誰でも一つはスキルを覚えられるのだ。

 そして、稀に複数のスキルを習得する人がいる。その人達はスキルを覚えるときに必ず神から使命を与えられる。そのことから天命の子と呼ばれる。

 ライズには“勇者として人々を導き、魔王を討伐せよ”、メルナには“賢者として勇者や仲間を支え、魔王を討伐せよ”という天命が与えられた。

 つまり、ライズとメルナは選ばれたのだ。現在人間族や亜人族領に侵攻を続けている魔王軍と戦うための、主戦力として。

 勇者や賢者ともなれば、その地位は騎士団長と互角かそれ以上になる。そして、絶対的な力を持つ。

 俺は二人と一緒に教会でお祈りをしたが、天命を与えられてなどいないし、スキルだって当然一つしか習得していない。

 二人が凄すぎるだけで、俺が落ちこぼれなどではないということは分かっているが、上手く呑み込めなかった。

 昔から俺たちは三人で育ってきた。ライズやメルナは魔術の素質があると昔魔術師をやっていたアンナおばさんに言われていたが、他は勉強も剣術も俺が一番出来が良かった。

 三人で力を合わせてスライムを倒した時は抱き合って喜んだし、将来は三人で冒険者になって旅をしようだなんて語り合ったりもした。それなのに、いつのまにか俺は二人に置いていかれた。

 騎士から聞いた話によれば、ライズとメルナは王都で専門の人達から教育を受けるらしい。そして勇者や賢者として人々を守り、魔族や魔物を倒すために戦うのだ。

 勿論同じ村から未来の英雄が生まれたことは名誉なことなんだろうとは思うし、俺の知らない所で苦労したり、悲劇があったりするのだろうとも思う。

 しかし、俺は羨望し、嫉妬した。何故俺は選ばれなかったのか。何故俺だけが。さっき手を伸ばしたのも、別れの寂しさだけだったのかと言われれば答えに詰まるだろう。

 同じ村で生まれ育ってきただとか、勉強や剣術は俺の方が出来るだとか、そんなことは関係ないのは分かっている。それに勉強も剣術もすぐに抜かれることだろう。

「…ダメだな、考えれば考えるほど虚しくなってくる。もう家に帰ろう」

 かなりの間座り込んでいたのだろう。いつのまにか辺りは暗くなっていた。最後に馬車が行った方向を見やって、帰路に就いた。




「あらリアム? 遅かったわね、もうご飯ができてるわよ。冷えているだろうから温めなおしましょうか?」

 玄関を開けると、名前を呼ばれたのでそちらを見ると、廊下の奥から母さんが顔を出していた。

「…ちょっと聞いてる? ご飯どうするの?」

 母さんが再度聞いてくる。

「…冷えたままでいい」

 思いのほかにも頭がボーッとしている。先程まではあんなにも思考で頭を回転させていたのに、今は何も考えられない。

 料理を口に運んでは、味わおうともせずに少し噛んでは飲み込んでいった。

「…痛っ!?」

 急に頭に衝撃が走った。

 前を見るとおでこの前に母さんの手があった。全く気がつかなかったが、恐らくデコピンされたのだろう。

「ライズ君とメルナちゃんが居なくなったからっていつまでも落ち込んでいるんじゃありません。あなたは勉強も剣術もできるじゃないですか」

「そんなこと言ったって、あいつらは勇者と賢者になったんだ。ちょっと練習すれば俺なんてすぐに追い抜かれるよ…」

 バシンッ。

「痛ぁっ!! 母さん、二回もデコピンしないでよ!」

「確かにライズ君とメルナちゃんは強いスキルを何個も持っていて、更に王都で特別な教育を受けるのですから、今のあなたなんてすぐに追い抜かれるのでしょうね」

「そうだよ! 俺なんてスキルは一つだし、これからもこんな田舎で一生過ごして、暇な時に剣を振るくらいだろ!」

「ならあなたは、ライズ君やメルナちゃん以上に勉強にも剣術にも励めばいいじゃないですか」

 …何を言ってるんだ、この人は。

「リアム、あなたの夢はなんですか」

「…もう叶わないだろうけど、ライズとメルナと冒険者になって…世界中を旅すること」

「大丈夫、叶えられますよ。あなたは確かに才能があります。きちんと努力すれば、ライズ君やメルナちゃんよりも強くなれるでしょう。そして魔王を討伐した後なら、いくらでも旅をできますよ」

 そう言うと、母さんは一枚の紙を引き出しから取り出して俺に渡した。

 そこには大きな文字で「剣聖アイオンの特別剣術訓練教室 〜強くなりたい者求む〜」という見出しがあった。

「これって…」

「剣聖アイオン様が後継者を育てるために教室を開くそうです。ちょうど募集期間は来週からですね」

「で、でもこの金額…」

 見出しの下には募集要項などが書いてあり、そこに教育費としてとてもお安いとは言えない金額が記されていた。

「お金なら心配いりません。こんなこともあろうかと実はコツコツと貯金してきました」

 母さんは微笑んで答えた。

 俺は泣いた。母さんは昔から俺が剣聖アイオン様に憧れていたことも、立派な剣士になって冒険したいということも知っていた。そして俺のために女手一つでお金を貯めてくれていたのだ。

 母さんが背中を優しくさすってくれる中、俺は泣きながらも決意した。

 必ずライズやメルナと肩を並べて戦えるような強い男になって、世界中を旅して、母さんを喜ばせてみせよう、と。

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