バーチャル彼女と恋をする ~仮想恋愛前線ここに在り~
阿賀沢 隼尾
第1話 彼女作りました
私にとって、青春は墓場だ。
居場所なんてない、唯の亡霊だ。
女友達は好きな芸能人と恋バナに花を咲かせているけど、私はその輪の中に入ることは出来ない。
だって、私が好きなのはイケメンでカッコイイ男子じゃ無くて、小さくて可愛い女の子。
他の子と同じように男の子を好きになることは私には出来ない。
私の友達は私が男の子の事を好きになれないと知ったらどうなるだろう?
LGBTの理解は以前よりかは広まっているにしても、年頃の女の子たちだ。
恐らく、私のことを排除しようとするだろう。
私が他の人と違うことに気が付いたのは、中学生の一年生の頃だった。
私はとある女の子と友達になった。
その子の名前は一式えるかと言った。
その子はとても美人で、可愛らしかった。
彼女は日系アメリカ人で、母がアメリカ人、父が日本人だった。
空色の瞳に背中まで垂れ下がった稲穂色の髪。
陶器のような透き通った肌に細身の体。
まるでそれは天使か妖精を見ているかのようだった。
彼女はスポーツも勉強も出来て、スタイルも良くて、クラス、いや学年中から一目置かれていた。
私はそんな彼女のことが好きだった。
人気者で、何もかも出来る所が。
それ以上に、彼女は誰に対しても『特別扱い』をしなかった。
それがどんな人でも。
クラスで一番の人気者でも、いじめられっこでも、イケメンでも。
それは私に対しても同じで――――。
私は彼女のそんな所が好きだった。
私はある日の放課後、彼女に告白をした。
「好きです。付きあって下さい」
と。
有り触れた告白の言葉けれど、彼女は真剣に私の言葉に耳を傾けてくれた。
今思えば、それは『憧れ』の感情だったけれど、彼女に告白した経験は私にとってはとても貴重な経験だった。
そして、彼女は私の恋人になった。
「私も貴方のこと気になっていたから。お互い様だな。私で良ければ恋人同士になろう」
と言ってくれた。
それが当時の私にとってどれほど救いの言葉だったことか。
以降、私達は付き合うことになった。恋人同士になった。
彼女と会う時はいつも学校外だった。
制服の時や私服の時など様々だった。
彼女は、私服の時はワンピースを着ることが多かった。
黄色、水色と寒色系統の淡い色が多かったように思う。
彼女は、知的で美人で、可憐な少女だった。
学校での彼女とデートをしている時の彼女は全然違って。
彼女はいつもみんなの中心で明るく人望のある人柄だと思っていたけど、私と一緒にいる時はお淑やかで知的で、それでいていつも私を楽しませてくれた。
ある日、私達はカフェでデートをしていた。
彼女は本が好きで、私と一緒にいる時はいつも難しそうな本を読んでいた。
えるかは本から顔を上げると唐突に私に話しかけて来た。
「知ってるかい? 私達が生まれる前スマホっていうものがあったんだ」
「スマホ?」
聞きなれない単語だったので、私は思わず聞き返した。
「そう。スマートフォン。略してスマホ。今から、五十、六十年前に流行った片手で持てる小型の情報機器だ。当時のSNSは今みたいにアバター同士で会話することは出来なかったからね。今ではSD――――《スマートデバイス》――――で自分のアバターを使って会話をしているけどね。そこでどんな変化があったと思う?」
えるかは自分の知識を披露している時が一番嬉しそうだった。
「変化? それはスマホの時のSNSのアバターとSDの時のアバターのSNSとどんな違いがあるかということでしょ?」
「そうだ」
「ええと、SDが存在しなかったということは……スマホの時はVRもARもアバター自体も存在しなかった。それって、会話だけでコミュニケーションを取っていたってこと!?」
「うむ。そういうことだ。つまりだね、SDの登場によってVRやARの世界でアバターという仮想体を通して実際に会って話すことができるようになったんだ。ノンバーバルコミュニケーションを介しての会話が可能となったというわけだ。それによって、語弊が少なくなった。言葉だけのコミュニケーションには限界があるからね。SDの登場によって、より現実世界に則した会話が実現されたんだ」
こんな風に、私の知らない世界をえるかは見せてくれた。
そんな彼女と過ごす時間が私にとっては宝物だった。
私達の関係は高校の二年生まで続いた。
そう。あの日までは。
えるかは高校二年生の春、事故に遭って死んだ。
彼女の葬式は家族内だけで行われた。
それから、私はいつも通りの一人ぼっちの生活に戻ってしまった。
でも、彼女の存在は想像以上に大きくて。
やはり、私には彼女が必要だった。
そんな最中、母が17歳の誕生日の日に、新しいSDを買ってくれた。
それには自分のアバターのみならず、自分好みの新しいアバターを作ること出来た。
――――これでえるかを取り戻せる。
眼鏡の形をしたSDを取り出す。
見た目そのものは従来のSDと殆ど変化していない。
問題はその機能――――。
両耳に掛けて装着。
《――――起動》
心の中で唱える。
《仮想世界へようこそ》
という文字が目の前に浮かび上がり、パスワードの設定をする。
パスワードの設定をし終えると、裸の人間が目の前に映る。
私のアバターだ。
RPGと同じ要領で自分の体を構成していく。
なるべく自分の見た目と似せてアバターを作っていく。
えるかともう一度恋をする為に。
見た目は背の低い、セミロングストレートの黒髪の女の子。
色白でくりくりとした大きな瞳に長い睫毛、端正な小さい顔。
身長は153㎝と低め。
体形は細身。
最後に名前を入力する。
「ええと、どうしようかな。それじゃ、Rinで」
いつもSDで遊ぶ時の私のアバターの名前だ。
基本操作をおさらいして、仮想世界 《ユートピア》の世界へダイブする。
色々調べていると、どうやら新型のSDでは右上に浮かんでいるアイコンから友達のアバター――――《βフレンド》と呼ぶらしい――――を作ることが出来るらしいことが分かった。
上から二番目の人型のアイコンを人差し指でクリックする。
すると、二つのアイコンが現れた。
一番上の人型のアイコンは、初期時に設定したアバターを再度カスタマイズする時に使用する。
上から二番目のアイコンは、水の入ったフラスコの中に人が入っていた。
――――アイコン名 《ホムンクルス》。
クリックする。
視界が白い光に包まれる。
次の瞬間、私は変な人体実験室みたいな所にいた。
SF映画で出てきそうな、大の大人一人が入れそうな透明な容器の中に、緑色の培養液が入っていた。
どうやら、ここで《βフレンド》を作るらしい。
『それでは、説明を始めます』
どこからか機械音が聞こえた。
『8世代型SDは、自分で好きなフレンドを自由自在に作ることが出来ます。それがこの《βフレンド》システムです。《βフレンド》を作成過程を説明します。この部屋の中にある容器に触れてください。初期設定と同じようにアバターが出てきますから、後は初期設定の時と同じように設定をしてください。ただ、初期設定の時とは二つ異なることがあります。一つ目は年齢を設定することです。二つ目は、メインパーソナリティを作成することです。『大雑把』、『神経質』、『情熱的』等々のアバターの性格の格付けとなる基本的な性格特徴を決めます。最後に、情報刺激を統制することが出来る空間――――《パーソナルスペース》――――でサブパーソナリティを形成させます。サブパーソナリティは外的刺激から、メインパーソナリティを介して形成されます。メインパーソナリティは基本的には普遍的ですが、サブパーソナリティは外的環境によって色んな形で変化します。操作できる刺激は、設定された年齢まで可能です。何か質問はございますか?』
「いや、特には」
『それでは、貴方にとって大切な友人ができますよう願っています』
機械音声はそこで途切れた。
言われた通り、部屋中に整然と並べられている容器に近づいて触れる。
すると、初期設定の時のように裸の人間が空中に現れた。
えるか……。
もう一度、貴方に会いたい。
もう一度、えるかの肌の温もりを感じていたい。
金髪ロングストレートの細身の美少女。
陶器のような乳白色の肌、お人形さんのような小さく端正な顔に細身の体躯。
大きな青空色の瞳に長い睫毛。
小さな桜色の唇。
全てが凄腕の職人の手によって作られたビスクドールのようで。
そんなえるかの全てを私は愛していた。
《メインパーソナリティ》を設定し、《サブパーソナリティ》を形作る外的刺激を構成。
時間速度を一時間を一年と換算。
後はひたすら待つだけ。
16時間ひたすら待ち続ける。
待つ間、えるかに着させる服やどんなデートをしようかと考えた。
待っている間、私の顔はずっとニヤニヤしていたと思う。
時々、道すれ違う人々に怪しい目でじろじろ見られた。
――――――――――――――――――――――――
――――16時間後。
《パーソナルスペース》に行くと、生き返ったえるかがいた。
「……えるか」
目の前に半年前に死んだはずのえるかがいた。
――――私のかつての恋人が目の前にいた。
「Rin」
「えるか」
私達はお互いの名前を呼び合う。
この響き。
なつかしい。
何年ぶり何だろう。
「Rin。おはよう」
「おはよう。えるか。気分はどう?」
「ええ。悪くは無い。ここは《ユートピア》だね」
「ええ。そうよ」
彼女の知識と主観的感情、記憶は彼女の《SD》が蓄積した彼女の感覚情報を元にしている。
お陰で、今まであった二人の出来事も思い出も無駄にならずに済んだ。
「で、早速デートをしようか。Rin。いや、ちずる」
「うん」
もう、幸せ過ぎて死にそう。
どれほどこの時を待ち焦がれたことか。
これからはずっと一緒。
そう、私は心に誓った。
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