遠くにいても

ももちゃん

何気ない毎日が、彩られてゆく


「こんばんは~」

只今23時30分。

今日の仕事も疲れた…そう思いながら電車に揺られていた美希。

寒い寒い、と思いながら自転車を漕ぎながらいつものコンビニへ。

「いらっしゃいませ」

にこやかな笑顔で迎え入れてくれる男性店員。

いつも愛想の良い店員さんだなぁ、と思っていた美希。

「今日もお仕事終わりましたぁ」

「お疲れ様でした」

ニコッと笑ってもらえるとこちらの疲れまで安らぐ。

「今日も夜勤なんですね」

「えぇ、けれど今日は暇です」

「頑張ってくださいね」

そんな言葉を交わし、「ありがとうございました」と言ってもらい、美希は帰路に着く。


今思えば、いつから話しているのだろう、と考える。

美希の仕事は飲食店勤務である。

朝は早く、夜は遅い。

電車通勤で朝は人に揉まれ、夜は帰宅ラッシュ。

今の仕事をし始めたのは今は冬だから夏頃だろうか。

梅雨が明けてから始めた記憶がある。

何だかんだ接客業が好きな美希は電車通勤に単に憧れていたのもあり、なんとなーくで今の仕事を始めたのだった。

なんとなーくで生きてきた楽観的すぎる美希は、これからもなんとなーくで生きていくんだろうなぁと思っていた。

休みの日はなんとなーく友達と遊び、なんとなーく家にいて、なんとなーく仕事に行く。

そのなんとなーく、がこれからもずーっと続いていくのか。

彼氏いません、もちろん。

別れて1年以上経ってます。

相手が倦怠期だったのかも。

フラれました。

その時はさすがになんとなーくで生きてきた美希もダメージを喰らったが、時が経つにつれてなんとか、またなんとなーくの楽観的美希に戻った。


恐らく夜遅くの勤務にも入るようになってからあの店員さんと出会ったのだろう。

いつもあの店員さんは夜にいる。

シフトなんて知らないし、会ってもちょろっと話す程度。

私からこんばんは、と言ったのだろう。

私コミュ力高すぎでしょ、と美希は笑いそうになる。

でも他の店員さんには私は一切他愛ない話をしないし、なぜ私があの店員さんに話しかけたのか自分でも分かっていない。

ただ、何度か顔を合わし、優しそうだなぁとか、接客態度良いよねぇ、なんて思っていたから声を掛けたのかもしれない。


明日は日勤だー、早くお風呂に入って寝よう。


次の日、たまたま出勤前にコンビニに寄った。

するとあの店員さんがいた!

あれ、今日は日勤なんだなぁ。

なんだか仕事前に会えるってラッキー。

案の定、「こんにちは~」

と声を掛ける。

「今日は日勤なんですね」

「えぇ、この日は日勤なんですよ、これからお仕事ですか?」と店員さん。

「はい、しんどいですが頑張りますー」

そんな会話をしながら、

「そういえば、私山ノ内駅の西山っていう飲食店で働いてるんですよ、良かったら食べに来てくださいね」

と言ってみた。

「分かりました、じゃあ今度お店に行きますね」

そして、「ありがとうございました」という言葉を受け、店を出た。


そんないつもの終わりの言葉で締めくくってもらい、出勤した。

電車に揺られながら、「来てくださいなんて、友達感覚じゃん」と思いつつ、「というか、なんで店員さんにナンパみたいなことしちゃってんの」と思い苦笑した。


出勤時、タイムカードを切る。

ジジッと気持ちいい音を立てて打刻される。

「おはようございます」

少し気合いを入れた声で従業員に挨拶する。


「おはよう、あ!青木さん!」

私の名前を大声で先輩の津田さんが叫ぶ。

津田さんは1番頼りにされている古株のパートさんだ。

私も頼りにしているし、何度か食事にもみんなで行った。

綺麗でサバサバした29歳の既婚女性だ。


「津田さん、どうしたんですか?」

私は問う。

「店、無くなっちゃうんだって…」

え?

店が無くなる?

「津田さん、どういうことですか?閉店ですか?いつも結構忙しかったじゃないですか!なんで?私達どうなるんですか?」

いくつも質問を投げつける。


「ごめん、店が無くなるのは言い方が悪かった、改装するんだって。だから私達何ヶ月かお休みになるみたい」

なんだ…改装か。

え、でも。

「お給料は?」

「今月のお給料で当分お給料ないんだって」


えー!

それは困る!!

「けれど、青木さんも結構シフト入ってくれてたし、少しゆっくり出来るんじゃない?貯金もしてるでしょ?実家だしさ」


実家だけど、貯金してない…「あ、はい、そうですよね…」

やばい。

いつもなんとなーくで生きてきた美希にとって大ピンチだ。

勤務を終了し、店長から「今月末から店を改装するので、従業員の皆さんには困らせてしまうかもしれないけど、皆さん辞めないでね。

あ、でも他にバイトをしても良いから。これからも宜しくね」

と、にこやかに言われても。

他にバイトしていい、かぁ。

美希は帰り道、この数ヶ月、どうするか考えた。

一時を凌ぐために違うアルバイトをするか。

でもなぁー。

なんかまた新しいことするって面倒臭い。

帰宅し、通帳を見てみる。

約3ヶ月かぁ。

これだとなんとかなるかも。だって実家だし?

そんなに使い過ぎなかったらなんとかなるんじゃないの?

「違うバイトするのはやーめた!」

美希は面倒臭いのもあり、貯金なんてしてないけどとりあえずまだ銀行にあるお金と今月のお給料でなんとかなるか。

と、なんとなーく思った。


好きなことしよー!

数ヶ月の働かない生活、目一杯楽しんじゃえ!

今は12月中旬。

飲食店なのでそれなりに忙しい時期だから結構シフトも入ってたし。

1月にお給料入るし、大丈夫。

だって、実家という大きな味方があるし?


とりあえず明日お休みだし、ゆっくりしよう。

次の日、お昼頃に目覚めた美希は、テレビをボケーッと眺めていた。

色んなニュースが流れてきて、世の中も大変なんだなぁ、と美希は感じる。

私って全然幸せなのかも。

何の刺激もない毎日だけど、何だかんだ恵まれてるのかもなぁ。

ただ、暇!

お休みの日は大体家に籠りスマホを見たりテレビを観て音楽を聴いてみたり。

YouTubeで爆笑はするけど。

たまに友達と遊ぶけど、合コンなんて行く気にならない。

ただ友達の惚気を聞いてみては良いなぁと思ったりカラオケに行ってみたりファミレスでダラダラ何気ない話をしたり。

だんだん友達も仕事が忙しくなったり結婚や出産したりして遊ぶ回数も減り、皆が忙しくしている。

それに比べて私ももう28歳だ。

津田さんみたいにしっかりした女性になりたいなぁなんて。

この歳で彼氏いないって、やばくない?

しかも一人暮らしじゃないし。

「はぁー」

美希は大きな溜息を漏らし、今までなんとなーくで生きてきてこれと言った特技も無ければ特化してる部分もないし、学生時代もごく平凡な生活を送ってきたことを思い出す。


中学時代、とりあえず入部しておこうという気持ちでなんとなーくでバレーボール部に入部はした。

可もなく不可もなく。

アタッカーのポジションだったけど、そこまで上手い訳じゃないしめちゃくちゃ頑張った!って感じでもない。

ただちょっと厳しかったけれど、そこまで熱を入れて部活を頑張った気はないし。


高校は偏差値に合った高校に見学に行き、ここならやっていけるかなぁ、なんて。

もちろん可もなく不可もなく。

バイトしてたけど、そこも飲食店だったけど、一応高校生だからそんなにシフトに入ってなかったし。


大学は…行かなかった。

高校を卒業したら働こうと思いながら事務職してたけど、合わないしじっとしてられなくて正社員じゃなくてアルバイトとして転々と職場を変えつつ、今現在、居酒屋兼定食屋の西山で落ち着いている。

週4~5回入り、朝から晩までだったり朝だけだったり夜だけだったり。

お給料もそこまで高い訳じゃないけど、なんとかやっていけてる。

だって今彼氏いないし友達は忙しいし、それに実家だし?


だけど。美希はふと考える。

今までなんとなーくで生きてきて、仕事はしていたけれど、これでいいのかな?

このまま人生終えてしまうのだろうか。

なんとなーく人生って、なんだかつまらない。

それに、出勤前や出勤後にコンビニに行ってあの男性店員さんと他愛ない話を一言二言だけれど会話出来なくなるのかなぁと思えば、なんだか寂しい。

いや、普通に行けばいいんだけれど。

なんか小っ恥ずかしい。

今まで仕事の時にしか会わなかったから仕事用の服でしか行ってなかったし、その時はきちんと化粧もしていたし。

休みなのに近くのコンビニにガッツリ化粧してお洒落して「こんばんは~」だなんて、他のスタッフさんからしたら魂胆見え見えだよね。

そんな事を考えながら、美希の休みは終わった。


次の日、美希は朝から夕方までの日勤だった為、店員さんには会わなかった。

「今日、いなかったな」美希はふと呟く。

「ていうか、なんで私最近店員さんの事考えてるんだろう」

なんだか恥ずかしい。

名札は付けているんだろうけど見てないから名前も知らない、私の名前も相手は知らない。

彼女いるのかも知らないし、歳も知らない。

相手だって私のプライベートな事は知らないし。

会話するって言っても他愛ない話だし。

店員さんと客の関係だしなぁ。

ただ単にあの店員さんは私がお客さんだから合わせて話してくれているのかもしれない。

少しでも近付きたいだなんて、贅沢だし有り得ないよねぇ。

店員さんは私の事、どう思ってるんだろう?

ただのお客さんだよね。

明日は、いるのかな。


そんな事を考えながら美希は次の日が1日出勤だった為、眠りに就いた。

「あー、眠い!!」

朝8時。

今から用意して帰りが23時頃だなんて、信じられない。

とりあえずバタバタ用意をし、朝の電車に揉まれ、出勤した。


「おはようございます」

津田さんは今日も一日勤務だ。

「おはよう」

朝から綺麗だなぁ。

そんな事を考えていると、津田さんは

「改装して皆と数ヶ月だけど会えなくなるし、皆で飲みに行かない?」

と言ってくれた。

「行きます!!」

もちろん行きます。

津田さんのプライベート知りたいです!

なんて言えないけれど。

「他の人にも伝えておくから、お店が休みになる12月30日にしようか」

「分かりました、皆と飲みに行くのは初めてなので楽しみにしています」

と応え、仕事が始まった。


西山には店長、副店長合わせて全員で8人だ。

あまり多くはないものの、みんな20歳超えているし、仲は良いと思う。

男性もいるけれど、歳下だったり彼女さんがいたりするし、私は職場の人とは恋愛対象には何故かならない。

けれど皆良い人だし、楽しみ。

勤務を終え、コンビニへ行く。

あれ、いない。

今日は休みなのかな。

今日は火曜日だけど、休み…?

ていうか、シフト知らなかったよね。

私はシフトバラバラだけど、あの店員さんは固定なのかな?


帰宅。

あーあ。

なんかつまんない。

いつもの癒しが欲しかったーなんて。

店員さんはいつも笑顔で丁寧に仕事をしている。

私も同じ接客業として見習わなければならない所が多々ある。

それに私と同じ20代後半だと思う。

それにそれに、結構格好良いんだよね…。

背は高いし痩せすぎてないし、とにかく笑顔に癒される。

なんか最近会えてないなー。

でも私と家は近所だよね?多分…。


改装の為店が休みになる12月30日になるまでのその間、結構仕事が忙しかった。

常連さんが飲みに来たり忘年会があったり。

バタバタとしながらも、たまに店員さんには会っていた。

けれど私は自分のシフトも伝えず、相手が固定休なのかも聞かなかった。

なんだか一歩踏み出しすぎな気がしたから。

1週間のうち、3日ほど会っていた感じかもしれない。

相手は私の職場の詳細は聞かないし、私もあえて言わなかった。

30日の飲み会兼忘年会は、山ノ内駅付近の居酒屋で行われた。

皆と色んな話をして楽しかった。

津田さんは、相変わらずサバサバしていて、それにお酒は強い。

私はお酒が弱いし、苦手なのだが、雰囲気酔いもあり、少しほろ酔いだった。

「青木さんって、好きな人とかいないんですか?」

歳下の後輩アルバイトの池田くんに尋ねられる。

「いや、好きな人はね、いないっていうか…」

ふと、コンビニの店員さんの顔を思い出す。

いやいや、駄目駄目。

店員さんに恋って、こんな事伝えられないし、まず好きじゃない、と思うし…。

私自身お客さんと恋に落ちた事ないし。

「出会い、無いんだよねー」

笑って誤魔化す。

「合コン行ったらいいんですよ」

「そうだよ、津田さん。出会いは自分から作って、自分で動かないと!」

店長まで…。

皆、私が恋をするのを楽しみにしてくれているんだなー。

「で、青木さんは結局店が休みになったらアルバイトはするの?」と、津田さん。

「私、バイトしない事にしたんですよ、何とかやって行けそうですし」

「そうなんだ、とりあえず色んなしたい事してみても良いかもよ?仕事と離れてみて色んな景色も見えてくるだろうし」

さすが姉御肌、津田さん。

そう言った色んな話をして、最後、

「皆さん、良いお年を!また会えるの楽しみにしてるよ!」

という店長の言葉を聞き、飲み会はお開きになった。

地元の駅に着いたのはもう1時前。

階段を一段ずつ降りる。

音楽を聴きながら、この後に店員さんに会えるかもと、少し浮き足立ちながら下ってゆく。

「…あ!」

ドタドタゴロゴロバッタン!!

足を踏み外し、なんと階段から転がり落ちてしまった。

やばい、痛すぎる。

痛すぎて声が出せない。

それに終電の時間だから人は少ない。

助けて…!

足がジンジン痛く、涙が出そう。

倒れたまま動くことが出来ず、痛みに耐えるだけだった。

「痛い、痛い…」そう呟きながら5分程だろうか。

「どうされました?!」丁度通りかかった駅員さんが気づいてくれた。

「階段、踏み外しちゃって…めちゃくちゃ痛いんです」

「すぐに救急車を呼びますね」と言い、駅員さんは救急車を呼んでくれた。

救護室で待っている間、お酒を飲んでいた事や少しヒールがある靴を履いている事や痛みについて駅員さんに伝えていた。

「少し段差がある所から落ちてしまったんです」痛みに耐えながら話していると、救急隊員が来た。

「歩けますか?」

「いえ、救護室までも歩けなくて駅員さんに運んでもらったんです」

「では担架に乗ってもらって、病院に行ってレントゲンを撮りましょう。駅員さんの話を聞くと恐らく骨折しているかもしれません、保護者の方に連絡取れますか?」

最悪だ…親に連絡をし、連れて行ってもらう病院名を伝えた。

連れて行かれた小川病院は、救急でも処置が整っている総合病院で、地元の駅からそこまで離れている訳ではないが、家からだと車で30分程だ。

小川病院でレントゲンを撮り、先生から

「右足を骨折して、腰も少し打撲しています、一応入院で様子を見てみましょう」

えー!!

まじで…せっかく仕事が休みになるのに入院って…。

「通院じゃ駄目なんですか?」と急いで来てくれた母が尋ねる。

「遠いですし、骨折や打撲はあまり軽視出来ないんですよ。治療をきちんとしないと骨が変な形でくっついてしまいますから」

はぁ…。

「ではどれくらい入院になりますか?」と、父が尋ねる。

「恐らく1ヶ月半程で退院出来ますよ」と先生。

結局、1ヶ月~1ヶ月半を目処に入院になってしまった。

私は両親に、

「本当最悪なんだけど…まさか飲み会の後に骨折するなんて…しかも入院なんて私した事ないし」と不安を漏らすと、

「行ける日はお見舞いに行くから。仕事も丁度休みになったから良かったんじゃない」と呑気な母。

父も、「意外とゆっくりくつろげるかもしれないぞ。本当に仕事が休みになって良かったじゃないか。お父さんもお母さんも仕事が休みの日は行くから。」

と言ってもらったが、

「大晦日、元旦ってどうなるの?」と問うと、

「恐らく病院だろうな」こちらも呑気な父が応える。

両親は共働きだし、そこまで遠くないにしても家から車で30分。

母は免許を持っていないし、そんなに頻繁には来て貰えないだろう。

「まぁもう美希は28歳なんだから、大丈夫大丈夫」

「とりあえずまた明日来るからね、おやすみ」

と両親は言い残し、病室を出て行った。

「はぁ…」美希はグルグルに巻かれた包帯を見て大きな溜息をつく。

色々最悪だ。

今日から仕事休みになる事店員さんに伝えようと思ってたのに。

個室だからゆっくり出来るけど、長いよ、1ヶ月半って。

暫く会えない。

それに私が急に行かなくなったら何か思うかな?

いや、何も思わないかも…辞めてしまってたらどうしよう。

とりあえずもう3時だし、寝なきゃ。

美希はとにかく目を閉じて眠った。


次の日、朝に食事を持ってきてくれた担当看護師さんの秋原さんに会った。

「今日から青木さんの担当看護師になりました、秋原です。不安な事があったりお手洗いに行きたくなったらいつでもナースコールを押してね。宜しくね。」

秋原さんは40代前半程だろうか、穏やかな女性だ。

担当医は昨日診てくれた、こちらも40代であろうか。

早坂先生だ。

朝食を食べ、美希は横になり携帯を取り出した。

一応、入院した事を友達や津田さんや店長に伝えた。

「お見舞い行けたら行くね!」

と言って貰えたが、何せ皆忙しい。

わざわざ時間を割いて来てくれるのは有難いけど、こんな惨めな姿見てもらいたくないなぁ。

というか、店員さんどうしよう。

まだ名前も知らないし。

Facebookで検索も出来ないし。

ネットで一応地元名やコンビニ名を入力し、載ってるか調べるが載っていない。

あぁ、終わった。

私の癒しの時間が…入院した事を伝えられない。

本当に相手も辞めてしまってたらどうしよう。

美希は急に不安になったが、どうしようもない。

辞めてしまってたらその時だよね…なんだか久しぶりにめちゃくちゃ落ち込む。

会いたい。

そう美希は思ったが、もちろん会えるはずがない。

そこから美希のもう店員さんに会えないかもという絶望的な1ヶ月半の入院生活に、リハビリが始まったのだった。


一方、その男性店員は…

「こんばんは~」

と、いつもの様に話し掛けてくれる女の子。

名前も知らないし年齢も彼氏がいるのかも知らない。

なんで俺に話し掛けてくれるんだろう?

と、男性店員である伊藤は思っていた。

他の店員と話してる感じは一切無い。

俺の時に一言二言だが、話す。

ただ踏み入った話はせず、他愛ない話。

前に彼女は「良かったら食べに来てくださいね」と言っていて、店の名前まで教えてくれて、携帯を取り出し店を調べてみた。

店は分かったけれど、肝心のいつ出勤なのか分からない…俺が行った日に彼女が出勤では無かったらなんだか行くのが躊躇われた。

次来た時に聞いてみよう、と思っていたが年末というのもあり、少しシフトが変更になったりあまり頻繁には会わなかったが、何日かは会っていた。

だが、伊藤はいつ彼女が出勤なのか聞き出せないでいた。

彼女は食べに来てと言っていたが、ただの社交辞令かもしれない。

そこでいつ出勤なのか聞いたら気があるのが見え見えではないか?


伊藤は30歳の一人暮らしで、彼女はいなかった。

最初に彼女から「こんばんは~」と声を掛けてくれてから、少しずつ他愛ない話をしていき、今日は来るのかな?と思っている自分がいた。

いやいや、客だぞ。と伊藤は首を振るが、伊藤もまた、美希の事を意識していたのだった。

彼女の事は何も知らないが、来てくれる度に少しでも話をしていくにつれて、もっと彼女を知りたいと思っていた。

だが、自身は仕事中だし他にお客さんもいる。

他のスタッフもいるし、なかなか話し込む事が出来ないでいた。

それにお疲れ様です、だとか今日仕事だったんですーくらいだった。

彼は思い切って彼女のシフトを次に来てくれた時に聞いてみようと思っていた。

その次が美希が骨折した12月28日の夜勤だったのだ。

「今日は来なかったな…」夜勤を終え、美希が来なかった事を考える。

今日は休みだったから店に来なかったのかもしれない。

明日は俺は休みだから、明後日、聞いてみよう。

ところが、明後日の30日にも美希は来なかった。

あれ、おかしいな。

伊藤は不安になった。

彼女が来ない。

偶然なのか?

年末だからか?

くそ、シフトを聞こうと思ってたら来ないじゃないか…。

伊藤は年末のシフトの変更はあったものの、固定休だった。

週5日勤務で、基本は夜勤だ。

せめて後1回来てくれれば…もう一度、伊藤はネットで店を調べる。

彼女の写真や名前は載っていない。

個人店だからか、実は改装の件もネットに載っていなかったのだ。

出てきたのは「営業時間外」の文字。

いつ来ているのかきちんと覚えているべきだったか…しかし来ていたのはバラバラの日だった気がする。

「良い人でも出来たか…?」

もしかすると、あれは社交辞令で既に付き合っていた人がいたのか、もしくは恋人が出来たのかもしれない。

もちろん、伊藤は美希が骨折した事を知らない。

入院している事など考えもしなかった。

「でも」

彼女は必ず来る。

伊藤は美希がまた来る事を信じ、辞めようかと思っていたコンビニの仕事を辞めずに1ヶ月半、美希が来るのを待っていたのだった。


「ありがとうございました、お世話になりました」

美希と両親は先生や看護師にお礼を言い、1ヶ月半の入院生活を終えた。

「美希、よく頑張ったね」父と母はお疲れ様、と言ってくれた。

「本当、暇だったよ。もう入院はごめんだよ」

美希は友人やバイトメンバーが数日来てくれたものの、暇で仕方が無かったし、男性店員、所謂伊藤が気になって仕方なかった。

その時に美希は伊藤の事が好きなんだと気付いた。

なんとなーくで生きてきた人生だったが、伊藤への恋は自分の為に納得が行くまで頑張ってみようと思った。

次の日の夜、早速美希は店に行ったのだ。


「いるかな…」緊張しながら店に入る。

買う物は無かったが行ってみると…

…いた!!

高ぶる気持ちを抑え、「こ、こんばんは~」と話し掛ける。

「いらっしゃいませ、お久しぶりですね」伊藤は応える。

伊藤もまた、嬉しく、久しぶりに見る美希は少し痩せている様だった。

何かあったのか聞きたかった。

すると美希の方から、

「実は店が改装の為に休みになっていたんですが、骨折してしまって…」と事の経緯を軽く説明した。

「大変だったんですね、でも元気そうで良かった」伊藤は安堵する。

彼氏の関係では無かったか。

「ありがとうございます。あの、また、来ます」美希は照れながら言ってみる。

「いつでも待っていますよ」

「ありがとうございました」

何だかこの店員さんの「ありがとうございました」って、凄く安心する。


次の日も、美希は店に行った。

もうなんとなーくで生きてきた人生を変えたかった。

いつ、人は何があるのか分からないからだ。

思いがけない事もあるし、いつ好きだと思う人に会えなくなるか分からない。

この骨折の件で美希は感じた。

自分のしたいようにするのだ。

自分から行動しなければ何も変わらない。

口に出さなければ人に気持ちは伝わらない。


店に入り、「こんばんは、今日も出勤なんですね」なんて、偶然を装い言ってみる。

「はい、実は火曜日と金曜日が休みで、土曜日が日勤なんですよ」伊藤も言ってみる。

「そうなんですね、また来ます、頑張ってくださいね」

「ありがとうございました」

少しずつではあるが、美希と伊藤の距離は縮まっていった。

名札を見た美希は、シフトも覚えておき、伊藤が出勤する時に1日おき程度に店に通った。


店の改装が終わり、夏になった。

美希はいつも通りに出勤している。

その時もコンビニに通っていた。

美希は決めていた。

伊藤を花火大会に誘おうと。

もうお互いの名前や店の改装が終わり、仕事を始めている事、彼氏がいない事も遠回しに言っていたし、伊藤も又、彼女がいない事を伝えていたし、ただ連絡先は交換していなかった。

少しずつ話をする内容が濃くなっていき、美希は休みの日に日勤である伊藤の店に行った。

「僕、今から休憩なんです。タバコ吸おうと思ってるんですよ」伊藤は思い切って言ってみる。

「じゃあ、外の喫煙所の所で待っています」

ドキドキしながら美希は連絡先を交換する事、花火大会に誘う事を決めた。

外の喫煙所で伊藤はタバコを吸いながら美希と話す。

お互い少しぎこちなかった。

美希も、なかなか連絡先を聞けなかった。

すると、伊藤の方から

「良かったら連絡先を教えて」と言ってもらった。

きゃー!!

美希はもちろんですとも言わんばかりに連絡先を教えた。

…もう1つ。

美希は骨折をした事から、伊藤に会えなくなり早く会いたい気持ちを持ち、リハビリも頑張り、もう完全に治った足で立ちながら伊藤を見る。

「良かったら、来週の花火大会…一緒に行きませんか?」

言った!言ったぞ私!

すると伊藤は、「もちろん」と微笑んだ。

約束をし、伊藤の休憩が終わったので、美希は走って帰った。

会う為に完全に治した2本の足で。


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