「魚は暗闇の中で踊る」

…夕陽の射しこむ車内。


黒い魚は半身をのぞかせ、

片手にスマホを、もう片方にキューブを持つ、

僕のほうを見つめている。


おたがい間合いを取っているが、

明らかに僕の方が不利なのはわかりきっている。


うかつに目を離せば、

飛びかかられるのは必至。


でも、相手の体にふれなければスタンプできない以上、

どうすることもできない。


運がいいのはこの電車が元から

自動運転だったということぐらい。


車掌がいなくても定刻通りに動く電車なので、

車内灯はついていなくともメインの電気系統は

壊れていないことがわかる。


そんな時、電車が坂道に入ったのか、

体がほんの前にすこし傾き、

僕はととっと前にツンのめりそうになる。


でも、目線は外していないので、

どうやら相手はまだ動かないつもりらしい。


そこで、僕はこの電車の進行方向に気がつく。


そうか、確かこの先は…


「やっちん、ユウリ。メールを送るから、

 僕の指示にしたがって!」


魚からは目を離さず、

僕はスマホを片手で素早くタッチし、

二人にメールを送る。


すると、左右の座席から声が上がった。


「え、マジかよ。」


「ちょっと、勝算はあるの?」


…ぶっちゃけ言うと五分五分。

でも、これにかけるほかない。


そこに、ユウリの悲鳴のような声が重なる。


「え、ちょっと。なんか足が沈んでる。

 もしかして、時間が経つと自重で沈んでいくの?」


「お、俺も。やべえ、

 このままじゃあ埋もれちまう。」


見ることはできないが、

どうやら残された二人の時間も

もう、あまりないようだ。


でも、もう少しで勝機が…


その瞬間、傾斜がさらに大きくなり、

…車内が真っ暗になった。


暗いのは電車がトンネルに入ったため。


車内灯は電気系統の故障のため灯らず、

何もかもが暗闇の中に包みこまれる。


その時、小さな明かりが一つ、

車内の空中を飛んでいく。


魚はそれを人の動きと認識し、

見えた光をめがけ反射的に噛みついた。


ガチッ


だが、魚はそれを噛み切ることができない。


なぜなら、それは画面を光らせるスマートフォンであり、

僕のねらいはその飛び出た魚の身体、

腹ビレ近くに淡く浮かび上がるスタンプの箇所であり…


暗闇にまぎれ、キューブを服の中に隠していた僕は、

取り出したキューブを一気に魚の腹に叩き込んだ。

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