「しまっちゃうおばさん」

「ふーん、スタンプラリーね。」


そう言うと、僕らの話を聞き終えたキヨミさんは、

ミルクとハチミツをたっぷり入れたコーヒーをすする。


研究室には備え付けのソファが置かれ、

奥にある机の上にはパソコンと山積みになった書類と本が重なり、

壁際に並んだガラスの戸棚にはそれぞれ難しそうな外国語の本や、

キラキラと光る石や大小様々な鉱物や化石がところ狭しと並んでいた。


気持ちに余裕があれば、

僕も周りの状況を楽しめたかもしれないが、

何ぶんキヨミさんの無言の圧力に耐えられず、

手に持ったココアが冷めるくらいに動けない。


「…さっさと飲みゃいいのに、まずくなるよ。」


そんなごもっともな意見を言いつつ、

キヨミさんは一口飲んでため息をつく。


「あー、思った以上に面倒なことになってる感じだねえ。

 どーもうちのバカ甥っ子が先陣切った感じも否めないけど。」


その言葉に、やっちんがビクンと体をこわばらせる。

すると、ユウリがかばうように口を出した。


「いえ、いけないのは私なんです。私が二人を誘ったから。

 ラリーに参加しようと思わなければ、こんなことには…」


そう言って、うつむくユウリにキヨミさんは首を振る。


「まあね…でも、注意をうながしたユウリちゃんの

 意見を押しのけて参加したのはコイツらだからね。

 自業自得と言ったらそれまでだよ。」


…そう言われたら、ぐうの音も出ない。


その時、書類にまみれたパソコンから、

ピロンと軽快な音がなった。


「お、どうやら結果が出たみたいだねえ。

 んん?なんだいこりゃあ、成分がケイ酸塩じゃないか。

 輝石だとしたらタンザナイトの可能性もあるけど、

 成分にバナジウムがないし、ジルコンにしては色が…」


そうブツブツ言いながら腕を組むキヨミさんだったが、

「よし」というと、机の上に置かれた三つのキューブを

全てひっつかむ。


「もっと詳しい調査をした方が良いようだね、

 悪いけど、ちょっとこれ借りておくよ。

 人工物である可能性も捨てきれないからね。

 早ければ明後日にでも結果と一緒に送り届けるから。」


それを聞いたやっちんが、

とたんに立ち上がる。


「え、ちょっと待ってよ、キヨミさん。

 俺たちのキューブを持ってっちゃうの?」


すると、キヨミさんは

やっちんを素早く牽制する。


「何、なんか文句ある?

 そんなおかしな遊びに参加したから、

 みんな気分悪くしているんでしょう。

 しばらく禁止、おばさんが預かります。」


そう言って机の引き出しにしまおうとするのを

やっちんが必死に食い下がる。


「ゲームじゃねえよお、

 生き死にがかかってるんだよお。

 俺たちは真剣なんだよお。」


「ちょっとは頭を冷やすんだよ。」


そうしてキヨミさんは引き出しの鍵をガチャリと閉め、

鍵はポーチの中に収まってしまった。


…あーあ。なんかこうなることを、

僕はうすうす感じていた。


キヨミさんはリアリストな気がするし、僕らの話も荒唐無稽、

到底信じてもらえる可能性は低いように感じられた。


そして、キヨミさんは

席に着くと再びこう続ける。


「それで、ユウリちゃんに聞きたいんだけど、

 スタンプラリーは開始の時点から、

 ほぼ毎日行われているんで間違いないね?」


すると、沈んだ顔をしていたユウリが、

ハッとしたように驚いた顔で答える。


「ええ、そうですが。」


すると、キヨミさんは思案気な顔をし、

さらに僕らにこう言った。


「そうかい…じゃあ、もし今週のうちにラリー関連のことがあったら、

 すぐに私に電話をして連絡をとること。

 三連休のうちにできる限りの調査もしたいし…」


その言葉に、僕らは再び顔を見合わせる。


「え、キヨミさん…キューブっていうか、

 ラリーのこと信じてくれるの?」


おずおずと話しかけるやっちんに、

キヨミさんはうっとおしそうに手を振る。


「完全には信じちゃあいないけどね、

 鉱物の成分を採取するときのあの不可解な反応は、

 さすがに私にも説明がつかないし、調査の後で、

 何がわかるかは結果次第さ。」


そして、キヨミさんは僕らを見るとこう言った。


「まあ、石がない以上は何もないはずだけれど、

 昔からの勘で、なんか嫌な感じがするのさ、

 …でも、何かあったら自分の身を守ることを一番に考えな。

 命あっての物種だからね。」


そうしてコーヒーをぐいっと飲み干すと、

キヨミさんは僕たちを研究室から追い出した。

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