No.05・06 「カンガ・ルール」

「過去話」

「え、俺の話?んーん、そんなの聞かれてもなあ。

 聞いたってそんなに面白いもんでもないぞ。」


アリーナの楽屋裏。


ガサゴソとコンビニの袋からタバコの箱を出しながら、

長いあごひげと長髪の黒メガネ男はこちらを向く。


「まあ、強いて言うならば、現実ってのは、

 ラブ&ピースを語るには程遠いものだってことだ。」


ギイっと椅子を引くと、

ライターをカチカチつけようとするも、

こちらの顔を見てそれを止める。


「あー、もしかしてタバコダメ?

 確かに君は優等生ちゃんって顔だものね。

 曲がっていることは許せないってタイプだよな。

 オーケー、オーケー、おじさんはその手の抗議には

 寛容かんようだから。」


そう言ってごそっとライターを戻すと、

口寂しいのか同じ袋に入れていたガムの袋を開け、

一枚をこちらに差し出してくる。


「これならいいだろう、いる?

 …あっそう。ちょっとおじさん、さびしいな。」


一人でガムを噛みしめる男はしょんぼりしているが、

とりあえず話すことは話してくれるようだ。

 

「まあ、人生っつーのはさ、

 目標を持っていても叶わない奴の方が多いわけ。

 成功者なんてほんの一握ひとにぎりってのが現実なんだよ。」


男はクッチャクッチャとガムを噛みながら、

手近にあるギターを引き寄せる。


「その日食うや食わず。音楽だけじゃ食ってけないから、

 したくもない仕事バイトして、いじめられて、体壊して、

 医者から休むようにと言われて、金なくなって、

 とうとう自分が生きて行くのすら、世間に対して

 申し訳なくないかって思っちまう…まあ、それが人生だ。」


ジャーンと鳴らしたギターは力が入っておらず、

どこか空虚くうきょな音に聞こえた。


「むろん、そうなっちまうと夢や希望や言ってられない。

 なけなしの曲を動画にするにも見られなければ意味がないし、

 路上で歌うも疲れて声が出ないから人は見むきもしない。

 それが長くも続けば自分が才能すら持っているかどうか、

 …自信だってなくすわけだ。」


黒メガネの奥の目もどこか空虚で、

男が嘘をついているようには思えなかった。


「どうしようも無い立ち位置で死んだように生きるしかない日々。

 でも金がないから無理に仕事して体を壊しているのがバレて、

 すぐに出て行くように言われて、スタート地点に戻る日々。」


辛いはずなのに、男は涙ひとつ落とさず、

自分の身の上を淡々と語る。


「そんな風に苦しみ続けていた時に…

 あいつらは、俺に接触してきたんだ。」


ジャーンと再び鳴らされるギター。


「今でも覚えているぜ、暑い夏のことだった。

 アスファルトから陽炎ののぼる道の真ん中で

 俺がボーゼンとしながら歩いていたら、

 ポツンと浮いていたソレを見つけたんだ。」


ジャッジャと軽快に鳴らされていくギターは

男の心理状態をあらわしているようだ。


「道をフラフラ歩いていた俺は近寄ってソレを手に取った。

 浮いていること自体ファンキーだし、

 青い燐光を浮かべるソレは最高にクールだった。」


ジャジャンッ


そして、男はこちらを見ると

皮肉な表情を浮かべつつニヤリと笑った。


「そしてな、それは俺が手に取った瞬間にこういったんだ。

 『あなたに願いはありますか?』と、」


ジャンッ


「…それが、俺とキューブの、

 いや、キューブを通したアイツらとの出会いだよ。」

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