「ロボットの中にいるということ」

今の僕は何も見ることができない。


でも、目を閉じても、

それは感じられた。


揺れている、

何もかもが揺れている。


展示室が…いや、美術館全体が

大きく揺れ動いている。


モニュメントのように壁や床にくっついていた

腕や足はボロボロと地面に落ちていき、

本来は床であった壁は元の形へと戻っていく。


それがわかるのは僕の体が建物全体と、

…いや、僕が組み込まれたロボットの体を中心として、

実は美術館のほぼ全体と繋がっていたからこそ見えたもの。


でも、本体であったロボットは今やスタンプが押され、

ピクリとも動けない状態で床の上に落ちていた。


展示場には、

ユウリもやっちんの姿もない。


おそらく、スタンプを押した時点でクリアになり、

元の場所へと帰って行ったのだろう。


日の沈んでしまった通学路に、

二人がぼうぜんとたたずむ様子が思い浮かび、

僕は少し悲しくなった。


…結局、僕は帰れないのだ。


スタンプは押すことができても、

体がバラバラになりロボットの一部になってしまった以上、

帰還することはできない。父さんにも母さんにも会えない。

…もう、二度と元の体に戻ることはできない。


そうして、僕が涙の出ない目で泣いていると、

ふいに頭の中に同い年くらいの少年の声が聞こえてきた。


『…ごめんね、僕のせいで。

 他の人たちは時間が経ちすぎて戻せないけれど、

 今、君だけでも戻せないかやってみるから、

 もうちょっと…待って。』


かちゃり、かちゃりと組みあがる音。

それはブロックを組み立てるような音。


それは僕の体が組みあがる音のようで…


「そこまでだ」


パシュン


眼が覚めると、

僕は展示場の床の上に倒れていた。


近くには床に落ちたスマホとキューブもある。


そして、目の前には先ほど見たロボットの着ぐるみ、

…今や黒焦げになりボロボロと体が崩れていく着ぐるみと、

黒い制服に身を包み精悍せいかんな顔立ちをした青年と目があった。


彼の持つ銃口から煙が出ていることからも、

目の前のロボットを彼が黒焦げにしたことは

容易に予想がつく。


「危ないところだったね…これ、忘れ物。

 今度はなくさないように。」


青年はさわやかな声で

僕に注意しながらも何かを握らせる。


それは、床に落ちていたキューブとスマホであり、

その二つを手に取った瞬間にスマホから

帰還を知らせるアナウンスが流れ出した。


「スタンプ後にこの両方を持っていないと帰還はできない。

 君の体が床からせり上がってくるのは見えたが、

 どうもこのロボットは初めてのタイプでね、

 どうやら少しずつ変化は起きているようだ。」


…何の?


僕はそうたずねようとするも、

声の代わりに落ちたのは一粒の涙。


…何で、何で僕は泣いている?


だが、その意味を考えようとした時、

体はすでに帰りの下校途中の道へと転移していて、

とたんにユウリとやっちんに左右から抱き起こされる。

 

「大丈夫?ケガとかない?」


「心配したんだぞ、急にいなくなったと思ったら

 キューブとスマホしか見あたらねえし、

 ロボットは自分で自分をスタンプしたみたいだし、

 …マサヒロ、なんか事情を知っているのか?」

 

しかし、僕はそれに答えず

涙をぬぐって首をふる。


そう、答えられるわけがない。

口にした時点でその言葉は確信に変わってしまう。

 

…そう、僕は気づいてしまった。


あのロボットに組み込まれた時点で、

感情を通わせてしまった時点で

僕は気づいてしまった。


今まで僕らが対峙たいじしていたキャラクター。


ナンバーずと呼ばれるキャラクターたちは、

実は着ぐるみなどではなく、元は僕らと同じ、

人間の子供であったという…その事実に。

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