「もどかしさ」

どうしよう。僕はひどくあせっていた。


口から出たのは叫び声というよりも咆哮ほうこうで、

ユウリもやっちんもとっさに耳をふさぐ。


「うわ。あのドラゴン、大声で鳴きやがった。」


「いったん引きましょう。

 ここにいても危ないわ!」


ユウリが先に走り、

二人とも僕から離れていく。


僕もこんな目立つ体である以上、

二人をおびえさせてはいけないと思い、

別の場所へと移動しようとすると、

ふいに自分の体が沈んでいくのが感じられた。


…いや、沈んでいるのは床だ。


美術館のロビーの床が、

四角く空間を切り取ったかのように、

下へ下へと沈んでいく。


どうやら、僕の足元にあるキャタピラのような部位が

床と接しているせいで、こうなっているらしい。


…さわったものをバラバラにして、

自分に組み込んだり動かしたりしてしまうロボット。


その意識は最後にバラバラにした人間、

つまり僕に依存する。


だからこそ、僕が二人から離れようと考えた瞬間、

触っている床面が動いたのだ。


床はまるでエレベーターのように

するすると下へと降りていき、

僕の頭が入ったところで天井がパタリと閉まる。


…まあ、これなら二人は僕の姿を見つけられないだろう。

僕も逆に二人の姿は見つけられないけれど。


そうして、真っ暗な空間の中で

どうしたものかと思案に暮れ、

僕は壁に頭をつける。


その時、カチャカチャと壁が動く感じがして、

気がつけば僕の頭は通路のような壁を通り抜け、

美術館の別の展示場の床へと飛び出していた。


どうも、僕が意識を持って美術館の壁や床を触れば、

接している部分を自分のものとして自由に動かせるらしい。


便利っちゃあ便利な体になったものだが、

これでは僕がどうしたら元の体に戻れるか

正直、見当もつかない。


展示場の数メートル先では、

ユウリとやっちんがなにやら相談をしているようで、

僕の姿が見つからないことを心配している様子がうかがえた。


すると、やっちんとしばらく話し合っていたユウリが、

突然、大声で叫びだす。


「…考えろって言われたって、

 何したらいいかなんてわからないわよ!」


そう言ってポロポロと泣き出すユウリ。


「いつも何か思いついて助けてくれるのはマサヒロくんだし、

 とっさに行動できるのはやっちんだし、

 なのに、何もできない私をチームの頭脳なんかにして、

 もう、どうしたらいいかわかんないよ…」


そう言われて、僕は驚く。


確かに、ユウリをチームの頭脳として

指名したのはやっちんだ。


でも、あまりにも突発的な出来事が多すぎて、

さすがのユウリもいっぱいいっぱいになってしまったらしい。


けれども、やっちんはそれに対して怒る様子もなく、

どっかと床に座り込むとポケットから出したグミの袋を開け、

ユウリに向かってひょいと差し出す。


「んじゃあ、ちょっと菓子でも食って休もうぜ。

 俺たちはチームなんだからさ、困った時はお互い様だ。

 小腹を満たせば何か思いつく…ま、俺は何にも考えつかないけど。」


そう言って、一個ユウリに放ってから、

自分の分をモッチモッチと食べだすやっちん。


ユウリはグミとやっちんを交互に見て、

やがて困ったような顔で微笑みながら

グミを口に含む。


「あのね、本当は美術館って飲食禁止なんだよ。」


それに、やっちんはごくんとグミを飲み込むと、

ユウリに向かってニカッと笑いかけた。


「ほら、ユウリにはそういう知識があるだろ?

 俺たちはそういう人間が必要なのさ。」


そうして、やっちんとユウリは

人気のない展示室でクスクスと笑い合う。


僕もそれを見て、

どうすれば僕の体が戻るのか、

あせらずに考えてみることにした。

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