パティシエ椿の異世界放浪記
ユメノ
第1話 パティシエ椿、異世界に行く
それは、親父が商店街の福引きで高級ホテルの宿泊券をゲットしたことから始まった。
実際に行ったホテルは、とても広く輝いていたのを幼いながらに覚えていた。
そこで迷子になった俺はあるモノに出会った。
『第16回 洋菓子コンテスト』
偶然迷い込んだ会場で目撃した一流パティシエたちによる技巧の数々。
そして、それにより生み出されたお菓子たち。
「凄い……!!」
宝石箱の様で綺麗。そして、美味しそう。
そう感じた事は、今でもしっかりと覚えている。この光景は、一生忘れることはないだろう。
そして、月日は流れ俺は大人になった。
現在フランス最大規模の空港。シャルルドゴール国際空港の出国ゲートの前に立っている。
「椿。今日でお別れだな。君の事を守ってあげられなく済まない」
「いいえ、師匠せいでは有りません。本当に長い間お世話になりました」
俺は、尊敬する師であるダニエル先生の手を握り長い握手を交わすと熱い抱擁をした。
多分、これからこの人会うことは殆ど無くなるのだろう。
そう思うとパリへ修行に来た時からの思い出が湯水の如く溢れてくる。全てが幸せで良き経験………な訳もなく嫌な経験の方がかなり有る。
特に最初の頃は酷いものだった。フランス語が拙かった事も有り、無視や妨害は日に日に増していった。
それを助けたのが隠しカメラにボイスレコーダー。コレがマジで優秀だったわ。
でも、肝心な場面では役に立たなかった。
クビになった奴とのイザコザで修行途中にも関わらず、俺は帰国の徒に着くことになったのだ。
人の来る名店とはいえ客商売。事件を起こした者など置いてはおけないのだ。
「どうしたんだい、椿?」
「いえ、なんでもないです。ダニエル先生」
嫌な事はさっさと忘れよう。
アイツらのお陰で見えない喧嘩が上手くなったことは良い事じゃないか。
それに俺には救いが有った。
「それで、日本に帰ったら予定通り店を出すのかい?」
実は師匠が俺の実力を認めてくれていて、本国で店を出す事を許可してくれたのだ。
「はい。自分のいた街に開こうと思います。元々、洋菓子店などのお菓子屋が少ない地域でしからね。そこでお菓子を使って皆を笑顔にしたいと思ってたんです」
他にも小さい頃に見たパティシエたちの様に、子供が憧れる様な存在に成りたいと思ったりする。
でも、これを言うには、まだ経験も浅いので少し恥ずかしいから秘密にしておこう。
「お菓子を使って皆を笑顔ねぇ……」
少し寂しそうに遠くを見つめるダニエル先生。
「ダニエル先生?」
「いや、ちょっと思ったのさ。沢山の材料を使いどんなに技巧を凝らしても、ちょっとした材料で作った物が良い時もある。結局は、どんなお菓子が良いのだろうかと私は常々思っている」
「それは、私たちの永遠の課題ですね」
確かに先生の言う事は正しい。現に、派手なケーキなんかよりクッキーやビスケットの方が良いが売れるたりする。
「……自分の勝手な思いですが、一口また一口と食べたくなるお菓子こそが、皆を笑顔にするお菓子なのかもしれませんね」
「ふふっ、そうかもね」
そう言って朗らかに笑う先生だった。
「では、そろそろ時間なので失礼します。お元気で」
「ああ、君の活躍には期待しているよ。頑張りたまえ」
こうして、俺はダニエル先生の前から旅立ち、祖国へ向う飛行機へと乗り込んだ。
後は、着いてから邁進するだけだ。
俺は、今後の事を考えながら、時差ボケを緩和する為眠りについた。
「………筈だったんだけどなぁ」
目に映るのは点滅したサイン、周囲から聞こえるのは怒声と悲鳴。
そして、窓から見える翼の黒煙。たまに火が見える事もあった。
これが、飛び立ってから数十分後に起きた出来事だった。
あまりの出来事に俺の眠気は吹き飛んでしまったよ。
「墜落しかけてるやん!?」
だが、まだ安心していい筈。機体は揺れるものの水平をなんとか保っている。グライダーの要領で降ろすつもりなのだろう。
「落ち着け。衝撃に備えて頭部とかを守ーーっ!?」
突如、機体が急激に傾いた。
そして、ジェットコースターの様に身体へかかる強烈な重力。
それは、意識を刈り取るには十分過ぎる程の負荷だった。
ふわっと吹く優しい風が俺の頬をそっと撫でる。一緒に感じた上品な花の匂いが、鼻孔をくすぐる。
助かったのかと思い、俺はゆっくりと目を見開いた。
そして、目に映るものとは。
「何処だここ………?」
視界に入ったのは、一面に広がる花畑。白くて小さな花が地平線の彼方まで続いている。
周囲は少し暗く、見上げた空には満点の星空と月が2つ登っていた。だから明るいのだろう。
「うん、夢ですね。よし、寝直そう」
月が2つって何処の異世界ですか?とか。
この花でシロップ作ったら良いのが出来そうとか。
飛行事故の途中で見る夢にしてはリアルだなとかを思った結果。
俺は、再び寝そべって居眠りを決め込んだ。
「これ、寝るでない。椿よ」
「うっ、眩しい!?」
目を瞑っても感じる程の眩しいさに飛び起きて、薄目で発光体と正面から向き合う事にした。
何故なら、光の中に人影が見えたからだ。
しかし、後光のせいで容姿を把握する事が出来ない。
「あっ、貴方一体……?」
「私は、神だ」
「やっぱり!!」
俺は、薄々気が付いていた。
何故ならこのシチュエーションは、俺の好きなネット小説では定番だからな。
「かっ、神! 俺に何か御用でしょうか!!」
このまま、異世界転移とか召喚とか。はたまた転生とか有るのかなと期待に胸を膨らませつつ、俺は次の言葉を待った。
「実はーー」
「待たれよ!」
「うっ、また、眩しい光が!?」
今度は、右から発光するものが現れた。
「だっ、誰なんですか?」
右に目を向けると同じ様に後光に照らされた人影があった。
「私は神だ」
「ふっ、2人目っ!?」
なんと2人目の神が現れたのだ。
容姿に関しては、一人目と同様に後光が挿して認識する事が出来ない。
「椿よ。貴殿に頼みがある」
「待つが良い。この者は、私が最初に見つけたのだぞ」
「お主がさっさと始めないのが悪い」
「何を申すか! そもそもだなーー!!」
「何か、喧嘩始めたんですけど!?」
俺を放置して2人は言い争いを始めてしまった。
とりあえず、俺は終わるのを待つしかなさそうだ。
でも、アホとかバカとかカスとか、神様なのにその語彙力はどうなんだろうって聞きながらに思ってしまった。
「椿はん。ワテは、神様やねん。アンタの力を貸してくれへん。あっ、後光を忘れてた」
「なんか唐突に3人目が出てきたよ!? しかも、エセ関西弁感がヤバいな!? ってか、後光って自在なの!?」
今度は左から神を名乗る3人目が姿を現した。
「椿はん。世の中、なんでも気にしてたらやってられへんよ? もっと気を長う持たなん。それよりお茶でも飲まへん?」
「なんか、凄くフレンドリーだな!? でも、他より共感持てたわ!貰うよ!」
とりあえず、渡されたお茶を啜って一息ついた。
ふ〜っ、やはり緑茶は良いものだ。凄く落ち着く。
しかも、これを飲むと日本人だと再認識させられるよ。
「それで、話なんやけどーー」
「「貴殿は何をしてるか!?」」
「そりゃあ、椿はんの勧誘やけど?」
「「お前もかい!!」」
いやいや、やった人が言う台詞じゃないと思いますよ、2人目さん。
そう思ったが、火に油を注ぐだけになりそうなので黙っておこう。
ああ、お茶が美味い。良い茶葉を使っているな。さすがは、神の飲む緑茶という所か。
「大体、貴殿はーーギャフ!?」
「いつもいつも邪魔をーーカハッ!?」
「ええや無いですーーカヒッ!?」
「お前らまともに進行出来んのかい!!」
なんか、ハリセンを持った青年が現れたと思ったら神様たちの頭にツッコミを入れていった。
その影響なのか、後光は消えて神が姿を現した。
容姿は、陶磁器の様に美しい白い肌。それから順番に赤、青、黄をしたカラフルな髪。整った顔立ちをした少年たちだった。
「(信号機……?)」
さすがは神。インパクトが強過ぎる。
「貴殿らは神見習いで、神で無かろうが!!」
「ええぇーーーっ!?」
何という事だ。アレだけ神アピールしておいて、神様ではないとの事だった
あっ、でも、神見習いでも神では?
「厳密には、修行が完了してこその神であって、それまではドングリの背比べと同じ様なものだよ」
心を読んだのか、聞きたかった質問の答えを青年が教えてくれたよ。
「という事は、まさか貴方こそがーー!!」
「神です」
青年の後ろから突如後光が差し始めた。
「いや、いちいち後光を出さなくて良いですからね!?」
「でも、姿が認識出来る程度に加減するの難しいんですよ?」
「言われて気付いたよ!凄いな!!」
後光の明るさは変わらないものの、こちらの神は姿をハッキリと見る事が出来た。
俺は、改めて周囲を見渡した。美青年が1人、美少年が3人。
………何、このイケメン率。俺がかなり浮いてるんですけど!?
まぁ、俺は人間だから仕方ないのかな?
これくらいじゃ動じないさ。なんせ、日本で言うイケメンなんて周囲にゴロゴロいたからね。アイツら死ねば良いのに。
「殺意がだだ漏れですよ」
神に諭されてしまった。
「所で、皆さんの御用とは? 俺は、確か飛行事故の最中なのですが?」
「そうですね。まずは、残念なお知らせが有ります」
「残念とは?」
「こちらをどうぞ」
神が一枚のパネルを空中に生み出すと見せられた。
「こっ、これは、グロっ!?」
そこには見るも無残なグロテスクな死体が映っていた。
でも、神の優しさなのか、一部にはモザイクが施されていた。
「これが今の貴方です」
「マジで!?」
これは確実に死んでいる。助かる見込みは一切見えない。
「椿よ。死んでしまうとは情けない」
「いや、飛行が落ちたのだから死ぬでしょ!」
「まぁ、基本はそうでしょうね。生き残ることの方が稀ですから」
そう言ってパネルを消した。
「今、私たちは死んだ方を順番に現世へ転生させている所です」
「やっぱり、そうですか」
異世界への転生とか、そうそう起こら無いよね。
「ときに、椿さんの夢は洋菓子で皆を笑顔にする事で間違いは有りませんか?」
「えっ? はい、そうですけど」
「でしたら、私たちに協力して頂けませんか?」
「協力? そういえば、神見習いの方々も言ってましたね」
「ええ、椿さんの経験を貸して欲しいと思いましてね。彼らに頼んでいたのですが、一向に進まなくて……」
俺が信号機トリオを見ると彼らは目を泳がせていた。
「それで内容は?」
「実は、椿さんに異世界で甘味を広げて頂けないかと? 今のまま転生されますと経験も記憶もゼロから始める事になりますからね。転移の様な形になりますがどうです? 今ならサポートもお付けしますよ」
「本当ですか!?」
またとない話だった。このまま転生し、記憶もない状態からスタートするのは自分でない。他人なのと同じだ。
「本当です。身体は……もう無いので、異世界用に新しいのを創りましょう。それに色々付与する形ですね。受け入れて頂けますか?」
「はい! お願いします!」
「それでは、肉体とか色々用意しますね。その間は、3人から何かしらの力を貰って下さい。魂の状態なので、すんなり受け取れるでしょう」
そう言うと神は去っていった。
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