第18話 迷走する同盟会議
「近々メルカット城へ行く予定はないか?」
ハンスには驚かされっぱなしなので、自称木こりが外交日程を云い当てたからといってあきれることはない。
「ええ、もう明後日ですね。ランサロードの氷がとける三月八日。ハイディは元気にしてるかしら」
「大事なのはパラス王だ。メルカット東岸に船を集結している港がないか聞き出せないか? 今のところ南岸には何もない」
「見てきたのですか?」
「ああ、霧と潮を利用して船を出してみた。石垣が海からどう見えるかも気になったから。壁のメルカット側はつたを這わせてあるし、霧が晴れるか、至近距離まで近づかない限り石垣とは思えないできばえだ。ルーサー王の前では昔、フランキ軍に上陸され北山に潜まれた経験があるとでも云っておくんだな」
「あなたが覆面をして聖燭台会議に出たらどうです?」
「姫さん、それはあんたが始めたことで、わしの仕事じゃあない」
「わかっていますけど」
半年ぶりの会議は共通の話題が見つからず、ギクシャクと進行した。
ルーサーは「春になりまたフランキが攻めてくるかもしれない」と云い、サリウは「そんな気配はない」と否定する。
ジャレッドは大人っぽくなり、北をランサロード、東をパラスの国パラシーボ、南をサリクトラに阻まれた狭い自国領土では飽き足らなくなったようだ。
西の海に浮かぶ大島、エール島を攻略したがっている。海軍を出してくれた国と獲得した領土を二分するというのだ。地理的にも近いサリウは興味がないわけではないが、エール島にどんな魅力があるのか調べたいと返事をのばした。サリクトラはヒースの生い茂るやせた土地が多いのでエールが地味豊かな島であれば前向きに検討する由。
ジャレッドは今にも攻めこみたい勢いで、
「うちの軍隊をエールの港まで乗せていくだけでいいんだぞ」
と、小国同士、レーニアの覆面の騎士を凝視した。ジーニアンは
「今は船を動かせない」
と、ぼそりと云った。ルーサーが顔をジーニアンに振り向けた気がした。
「小型船は漁民が生活に使っている。唯一の大型船が国を離れるとフランキが怖い」
「ルーサーと覆面殿はフランキ、フランキとおっしゃるが他に怖いものがあるのではないか?」
「なんだと?」
ルーサーとジーニアンは同時に立ち上がってサリウを睨みつけた。
「おいおい、今日はなんだか変だぜ」とパラスが割って入る。「ハイディ、ラドローの消息はつかめたのか?」
「いっこうに。八月二十日にノルディカ国を出たのは確かなのですが、どうして城に戻らなかったのか皆目見当がつきません」
「俺もランサロードからの入国者をチェックしてみたが、騎士はいなかった。羊飼いだの狩人だの流れ者ばかりだ」
「来月には私が立太子することになりました」
ハイディは嬉しくないのか顔をくもらせている。
「ランサロードには貴殿のようなできた弟御がいてよかったとラドローも思っていることだろう」
ルーサーが話をまとめようとした。
「流れ者といえばピオニア姫には、寝所のお気に入りができたそうだな」
「姫を愚弄する気か」
ジーニアンが気色ばった。
「いやいや、魚市場での貴国の民たちのうわさ話だ。病痕のある木こりが城に寝泊りして木材業を仕切っている。先代の王様のときより即断即決、助かっているそうだ。それが覆面殿の本来の姿なのかもしれんが」
「剣を抜け、サリウ!」
ジーニアンが立ちあがる。
パラスがのんびり云った。
「サリウ、なぜ覆面殿にそんなにつっかかるんだ。今のはどうみても君が悪いよ」
サリウは肩をすくめて云った。
「どうも気になることがありましてな、覆面殿、貴殿個人に恨みがあるわけではない。失礼つかまつった」
「私のことなどどうでもよい。ピオニア姫のそしりは許しがたい」
「重ねてお詫びいたす」
ジーニアンは怒りながらもサリウがルーサーの顔色をみているのに気づいていた。この茶番の間ルーサーは、終始目をギョロリとさせて聖燭台をみつめていたのだ。
「パラス殿、先ほどは仲裁かたじけない」
「いやあ、あれはサリウがけんかをふっかけているようにしか見えなかったのでな」
「本当に助かった。助かりついでにひとつ教えて欲しい、メルカットの東岸には船が何隻くらい繋がれているのかご存知ないか?」
「不思議だな、さっきサリウも似たようなことを訊いてきたよ。六十艘ばかり。すぐに戦えるようになっている。ほんとにフランキがまたやってくるのか?」
「いや、フランキではなさそうだ。メルカット船六十隻でとり囲めるくらいのところだ」
「そんな小さなところと戦っても意味ないと思うが」
「パラス殿、ラドロー殿がいなくなって貴殿が聖燭台のまとめ役ですな」
「ラドローがいるほうがいいんだが、そうなってしまったかな。では失礼」
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