第17話 国土に創る巨大な積み木
翌朝ハンスは臆面もなく石壁工事の許可書をとりにきた。
北山は国土のうちメルカットに一番近い。また一番太い木々が育っているのも北山だ。重要なポイントではある。
しかし、雪や風の中、海から直接盛り上がったような足場の悪い山の周囲に土台を固め、石を積み上げる重労働だ。「強制労働をしいてはならない」と明文化し、ハンスにもよくよく云い聞かせた。
「身体を悪くする者がでた場合には、王室の権限で工事をさしとめることもできる」という条件もつけた。
国庫からのお金で足りない費用はハンスが寄付を募っていた。人口二百人程度しかいないのに、石壁材料五キロぶんのお金が集まった。皆少しずつ仕事を増やし、品物を市に売りに行って作ったお金だという。
ハンスの行動力、動員力には歯がたたない。ピオニアも何度か作業現場に様子を見に行った。つらい仕事だろうに、領民たちはおしゃべりしながら和気あいあいとしている。皆、自分の本業の合間に入れ替わり立ち替わり時間を割いており、いつ行ってもそこにいるのはハンスと石工と土建屋だ。子供たちまでいわれたサイズの石を探してくるなどの手伝いをしている。
「ハンス、子供たちまで働かせないで、現場は立ち入り禁止にしてちょうだい」
積み重ねられた石の隙間に小ぶりな石を詰めていく作業をしているハンスに遠くから声をかけた。ハンスは手を止めてじっとピオニアを見ているようだったが、何も云わずに作業に戻った。子供たちがピオニアを囲んだ。
「姫さま、仕事じゃないよ、僕たち遊んでるんだ。巨大な積み木みたいで楽しい」
「立体パズルだよ、オレの選んだ石はズレないってハンスが褒めてくれるんだ」
下は6歳くらいから、15、6歳まで入り混じっている。
「危ないでしょ? もし石垣が崩れたりしたら」
子供たちは爆笑した。
「ハンスが考えてうちの父ちゃんが監督してる石垣が倒れるわけないじゃん」
そう云ったのは土建屋のおしゃま娘だった。
たった二週間で船からの弓では届かない高さの石壁を十二キロにわたり築き上げてしまった。
完成の夜、領民をねぎらい、疲れ果てて眠りにつくところにまたハンスが現れた。
「姫さんがどんなに大切に思われているかわかったかい?」
「私じゃあない、あなたの手腕でしょ。私が頼んでもあんなものは造れない」
「わしのためって云ったら誰が動くんだ。あんたのためだからみんな力を出し合ったんだ」
「わかったことにしておきます。あなたをまだねぎらっていませんでした。何か希望するものは?」
「だからここにいる」
ハンスはいつもの薄汚い服のままでピオニアを抱きかかえベッドに倒れこんだ。
「少し寝かせてくれ。オレも働きづめだったんだ。灯りを消してくれ」
ピオニアを横抱きにしたまま、ハンスはすうっと眠り込んでいった。
「あなたの一人称はオレでしょう? オレって云うときのほうが素だと思う」
暗がりの中でピオニアは目の前の男のあごの線をなんとなく見ていた。
「ハンス、あなたを愛せたらいいのに……」
病で変形した頬の輪郭に触れてみた。ごつごつしている病痕部分は片手で隠れるほどしかない。
「弟と比べたら、こんなの何でもないわね。隠す必要がある?」
幼子のように深い寝息をたてる男の身体はもう恐くはなかった。温かみが嬉しくて、腕に寄り添って眠った。
その後、ピオニアとハンスの関係はたいして発展したわけではなかった。ハンスが何に忙しくしているのかピオニアは自分からは首をつっこもうとはしなかった。日中顔をあわせても何を話すでもない。思い出したようにハンスが寝室に現れる以外は相変わらず会話がはずむことはなかった。ただそれでも互いの信頼関係だけは成り立ったようだった。
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