第5話 流行り病
二週間も過ぎぬまに次の「聖なる燭台会議」が召集された。ピオニアは自分の急の要請をルーサーが受け入れてくれたものと思っていたが、会議を望んでいたのはピオニアだけではなかった。
通商を振興したいというジーニアンの次の提案は楽に容れられた。すでに関係諸国間で前例があったからだ。レーニア使節団が各国の市場を見て廻り、各市に一区画ずつ確保してもらえる目途がたった。収穫のない季節でも特産のジャムや手工芸品を売ったり、漁師は船で入港し水揚げをそのまま市に持ち込むこともできるようになる。
その日の会議により深刻な話題を抱えていたのはパラスだった。ある病人を隔離したいというのだ。
春先からぽつぽつと増え始めていた患者が暖かくなるにつれ、爆発的に増加したらしい。軍備増強もままならぬようだ。
その病というのは、感染すると皮膚が黒く硬化し、高熱を出し死に至る。熱が下がっても醜い痕が残り、どこの国でも痕のある者とは交際を避けていた。彼らは街を自由に往来することは許されず、見つかれば店は追い出され、子供には石を投げられる存在だ。病人がでればその家族全体が疎んじられる。隠すこともできず本人が助かってもその後は村祭りにも顔を出せない。思い詰めて国境を越え、ランサロードの山奥に向かう家族もある。
領内に山地も島ももたないパラスは「どこかの無人島を借り受けたい」と申し出た。村八分になる家族と迫害される本人にとっては、人々から離れ安住の地があったほうが、精神的にも楽だろうという考えだ。
また、「うつるのではないか」という人々の恐怖を抑えるには、原因は遠ざけるに限る。
「これ以上患者を増やさないために、痕の残る者全員を一箇所に集めたい」
と、パラスは話す。
現在、人口の多い城下町では、急増した病痕者が市街にあふれ、町全体が集団ヒステリー的恐怖に陥っている。健康な者たちが家に閉じこもり、街をうろつくのは痕のある者ばかりという状態らしい。
流行り病の少ない北に大きな領土を持ち、その大半が鬱蒼とした森林山岳地であるランサロード皇太子のラドローは、自国の山村が隣国の患者を受け入れている事実を認識していなかった。
他の騎士たちの国ではそれぞれ、「隠者の里」「霞の島」といった名前で同様の隔離施設を既に持っていた。サリウとルーサーはパラスのいう患者数と自国の無人島を考え合わせ始めた。
「愚かなことだ」ジーニアンは吐き捨てるように云った。
「大事な領民を厄介払いするのか」
パラスが大声を出す。
「全国民が病気になってみろ」
「なりはしない。わが国では痕のある者も普通に暮らしている。彼らを追い出さなかったからといって領民が全滅したという話はきかない」
「病人は増えていないのか?」
ラドローが口を挟んだ。
「患者には届け出るようにいってある。十一年前の大流行以来新しい患者は出ていない」
「隠しているのだろう?」
サリウが訝る。
「隠せるほどレーニアは広くない。」
「じゃあ、あの黒くかたまった手足を引き摺って病人たちが領内を闊歩しているのか?」
ジャレッドは信じられないという顔をしている。
「痕をわざわざ見せびらかしているわけではない。この病気がうつるのは、病人が熱を出して患部に体液がにじんでいるときだ。この汁が危ない。熱がひいて患部がかたまってしまえば触ってもどうということはない。関節が曲がって歩けない、物がつかめないといった後遺症が残った者はどうするのだ。愛情をもって接してやる介護者が必要だ。痕は神経痛を伴う。不自由な者ばかり集めて島に閉じ込めるなど愚の骨頂だ」
聖燭台の周りはしんとした。
レーニアという海に領土を限られた小国では病気から逃げることはできない。真っ向から立ち向かうしかないのだ。島国レーニアと患者を集めた無人島、地勢的には対して違わないだろう。元気な者も後遺症が残った者も、皆ができる限りをして懸命に生きているからレーニアは成り立っている。
「なぜそんなに詳しい?」
サリウの質問はいつも短く手厳しい。
ルーサーが代わって答えた。
「レーニアは十一年前皇太子をこの病気で亡くしている。母君もそうかもしれない」
ジーニアンは黙っていられなかった。
「母君は看病で倒れただけだ。皇太子が病床についてからは、熱が下がった後もずうっとつきっきりだった。体液は清潔な布で拭き、シーツもご自身の衣類も毎日焼き捨てる徹底ぶりだった。王妃は痛がる皇太子の体を優しく撫で続けていた。皇太子は高熱のせいで心臓が弱まっていたんだ。母君の腕の中で眠るように逝ってしまった。王妃は最愛の息子を亡くした落胆と自責の念で疲れが出て床へつくことが多くなった。一年後ピオニア姫に手縫いのウェディングドレスを残し、みまかられた」
ジーニアンは心を閉ざしてここまで一息に語った。覆面はしていても両の目が出ている。涙を流すわけにはいかない。
――母と弟を奪った病。患者に罪はない。やみくもに隔離すればいいというものではない。弟の熱が下がるまで二週間のあいだ母は私を遠ざけた。母にも弟にも会いたかった。
許されて病室に入ったとき弟の手と顔は変わり果てていた。ぎょっとした。姉でありながら怖かった。
母は優しく云った。
「弟にキスしてあげなさい」
おそるおそる唇を近づけた。頬が硬く冷たかった。でも弟は笑った。
きれいな瞳で「お姉ちゃんありがとう」と。
私は弟を抱きしめた。一緒に野山を駆け巡ったやんちゃな弟だ、何も変わってない。そのとき悟ることができた。
それから二ヶ月母と入れ代わり立ち代り弟の世話をした。硬くなった肌を温めたり、本を読み聞かせたり、食事を手伝ったり。
弟は「僕がこんなになってお姉ちゃんお嫁にいけるかなあ」と気にしていた。
王になるべきかわいい弟。生きていさえくれればあなたを支えてレーニアをもりたてたのに。病痕なんてなんでもないことを領民みんながわかってくれたと思う――
「パラス、レーニアより医師を二名派遣する。貴国の医師にわが国の治療法を伝えたい。大国の領民全体が患者を差別しなくなるには何年もかかることだろう。だが、安易な隔離だけは考えないで欲しい。家族は親兄弟が病人になったからといってうち捨てることはできない」
「レーニアは医療大国のようだな。パラスのとこが治まったらうちの病院施設を見にきて欲しい。それぞれの病気に患者を増やさない方法があるなら逐一教えを乞いたい」
ラドローの明るいはしばみ色の瞳が温かい。
パラスは考え込んでいたが顔を上げて云った。
「ひどい病気だがそう簡単にはうつらないんだな? その点を皆にわからせればいいわけだ。難しいことは医師団に任せるとして、見ても触ってもうつらないということをふれまわってみるよ。覆面殿、医師の手配のほう、よろしく頼む」
「承知した」
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