「ヤマシイ」ことは何もない

ヤギサンダヨ

「ヤマシイ」ことは何もない

 昼休みに二人が向かったのは、人気のない校舎の5階だった。

「ね、ここなら誰にもみつからないよ。」

「せ、先生、ここ茶室じゃないですか。鍵がかかってるはずですよ。」

「大丈夫、このマスターキーで、ほら、開いた。」

「誰もいませんよね。」

「誰もいないし、誰も見てないよ、さ、入って。中から鍵をかけとくんだよ。」

「見つかったら、退学になるわ。先生だって、立場上・・・」

「おおげさだな。夏期講習中はお茶の先生も来ないから。さ、奥へ入ろう。」

「確かに、ここなら安心ですね。」

「だろ。ちょうど昨日梅雨が明けたところだし。じゃ、声を出しちゃだめだよ。」

「はい、分かってます。こっそり。」

「こっそり、静かに。あ、だめだよ。そんなに乱暴にしては皮が破けてしまう。」

「ごめんなさい。私、初めてだから。」

「しっ、声が大きいって。」

「先生、これでいいんでしょうか。」

「ああ、これでいい。完璧だ。」


 次の日も、二人は昼休みに二人だけで五階に向かった。

「今日も誰もいませんように。」

「いるワケないじゃないか。ここは僕たちだけの秘密の場所だよ。さ、中へ入ろう。」

「なんだか酸っぱい匂いがするわ。」

「今日は少し窓を開けておこうか。あまり匂いが残ってるとまずいから。」

「先生、今日は何をするの?」

「昨日と反対にするんだよ。上を下にして、下を上に。」

「先生、もうこんなに赤くなっちゃってますわ。」

「ほんとだ。いい色だね。」

「それに大きいんですね。見てください、こんなに。ちょっと嘗めてみてもいいですか。」

「そ、それは、まだ、ちょっと早いと思うけど。」

「だから、ちょっとだけ。あ、しょっぱい・・・。」

「無理しない方がいいよ。こういうのは時間をかけないと。」


 また次の日も、二人は昼休みに茶室に向かった。

「先生は、いつからこんなことをしているんですか?」

「今回がはじめてだよ。君がいなければこんなことはしなかったさ。」

「じゃ、私が悪いのね。」

「半分はね。でも、ありがとう。君には感謝してるよ。」

「私も、先生に会えなかったら、こういう幸せな気分にもなれなかったに違いないし。」

 と、その時だった。誰もいないと思った茶室の、押し入れの襖が開いて、二人の男が飛び出してきた。頭が少し薄い方の男が、先生に向かって大声でさけんだ。

「君、ここで何をしとるんじゃっ。」

「あっ、校長先生。」

もう一人の頭の薄くない方が生徒の右腕をとらえた。

「こりゃこりゃ、逃げようとしても無駄ですぞ。君たちが毎日ここへ来ていることは、他の生徒の情報から分かっとったですからのう。」

「やだ、教頭先生、触らないでください。私たち別にヤマシイことはしてませんっ。」

頭の薄いほうが再び怒鳴った。

「ヤマシイことはしてないじゃと?神聖な茶室でこんなことをするのが、ヤマシくないとでも言うのかっ。先生も先生ですぞ、こんな小娘にたぶらかされて。」

「いえ、提案したのは私なんです。最初はこの子の母親が、庭の梅の実が今年はいっぱいとれたから梅酒にでもどうぞって沢山くれたんですけどね、私はお酒は一滴も飲みませんから。じゃ、梅干しにしようって、二人で漬けたんですよ。6月のはじめごろでした。で、いよいよ梅雨が明けたんで、どこか日当たりが良くてほこりも立たないところで、しかも他の生徒の目につかないところがいいだろうって話になって、茶室に干すことを思いついたんです。悪いのは全部私です。すみませんでした。お詫びにどうぞ、好きなだけお持ちになってください。」

 茶室の窓際には、大きなザルが五つ、どれも数十個の梅干しを載せて陽にさらされていたのだった。


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