繋がらない空の下で
侘助ヒマリ
01.シャッターの下りたケーキ屋さん
今月の新刊タイトル。
『最弱勇者ですがメシウマスキルで成り上がります!』
『転生勇者の酒場放浪記』
『異世界でドラゴンブリーダーやってます』
etc. etc...
ラノベコーナーに平積みされた書籍から、あたしは気になったものを手に取り、あらすじを確かめる。
主人公もしくは主要キャラが二十代男性の転生or転移者であること。
そのキャラクターが異世界で楽しく生きていること(多少の苦難や試練はあっても可)
そのキャラクターにとって、必ずハッピーエンドであること。
その基準に合うかどうかで、手にした新刊をレジに持っていくかが決まる。
今日の収穫は五冊。
「ブックカバーはおかけしますか?」
「お願いします。……っあ! やっぱりこの一冊だけはかけなくていいです!」
五冊をビニール袋に包んでもらうと、あたしは駅前の書店を出て自宅へと向かった。
昭和感の残る寂れた駅前商店街も、この時期だけはイルミネーションを施してちょっぴり華やかになる。
あたしが子どもの頃は人通りの多かった商店街も、郊外に大型のショッピングモールができてから、シャッターが下りたままの店舗が増えだした。
『シャッター通り』とも揶揄される商店街の中程に、『パティスリー・エトワール』がある。
両隣の店舗と同じく、シャッターが下りたままのケーキ屋さん。
昨年まで、毎年この時期にはどの店よりも大きなクリスマスツリーが店頭に飾られて、『クリスマスケーキご予約承り中』のポスターが貼られていた。
我が家のクリスマスケーキも、毎年この『パティスリー・エトワール』で注文するのが恒例だった。
“あの事故” があった後も、おじさんは変わらずあたしを可愛がってくれたし、我が家はここでケーキを買い続けてきた。
昨年、オーナー兼パティシエのおじさんが高齢を理由に店を閉めて以来、シャッターの下りたこの店の前を通るたびに胸がずきりと痛くなる。
おじさんが『パティスリー・エトワール』を閉めたのは、後を継ぐはずの “お兄さん” がいなくなったからだ。
そして、そのお兄さんがいなくなったのは、半分はあたしのせいだから────
お店の前を足早に通り過ぎようとして、あたしはふと歩みを止めた。
ビニール袋からさっき買ったばかりの一冊を取り出し、表紙のイラストをじっと見つめる。
一冊だけカバーをお願いしなかったのは、主人公のイラストが “お兄さん” に似ていたからだ。
二十年前のあの日、お兄さんがあたしを助けたりなんかしなければ、このお店の前には今年も大きなクリスマスツリーが飾られていて、楽しげなクリスマスソングや焼き菓子の甘い匂いがお店の外にも漏れてきていたことだろう。
お兄さんに、また会いたい────
『パティスリー・エトワール』の前で、ラノベの表紙を見つめてそう願ったときだった。
「何でシャッターが下りてるんだ……」
あたしのすぐ傍で、呆然と呟く声が聞こえた。
ふと顔を上げた瞬間、あたしの口から心臓が飛び出そうになった。
目の前に立っていたのは、二十年前、あたしをダンプカーの衝突事故から救ってくれた、あの “お兄さん” だったのだ。
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