君の肝臓を食べたい

ヤギサンダヨ

君の肝臓を食べたい

母「さ、寝る前にお父さんにお酒をお供えしましょうね。」

息子「ねぇママ、、死んだはずのお父さんが毎晩お酒を飲むわけないよ。」

母「そんなことありませんよ。あんなにお酒が好きだったんですもの。あの世でも晩酌が楽しみでしかたないはずよ。今日はワイルドターキーの8年を開けてあげてちょうだい。」

息子「あのさ、これ高いよ。こうしてグラスについでお供えしておくと、夜の間に少しずつ減って、確かに朝にはなくなっちゃうけど、それはアルコール度数が高いのと、この部屋が乾燥してるからだよ。」

母「お酒がお好きなのよ、お父様は。さ、手を合わせて、お休みを言いましょう。」

息子「でもさ、お父さんが死んじゃったのはお酒のせいでしょ?それなのに毎晩お仏壇にお酒をお供えするのはどうかと思うな。」

母「いいえ、お父さんが死んだのはお酒のせいじゃなくて、豚さんの祟りなの。」

息子「でも、おばあちゃんが言ってたよ、お父さんは若いうちからバーボンが大好きで毎晩毎晩グラスに4、5杯も飲んで、2、3日でボトルを空けちゃうほどだったって。それで肝硬変という病気になって死んだんだって。」

母「確かにそうなんだけど、肝硬変になったのはバーボンのせいだけじゃないのよ。豚さんの肝臓を食べすぎたせいなの。」

息子「それもおかしいな、豚のレバーは肝臓にはとても良いって聞いたけど。何でそれを食べ過ぎて肝硬変になるのさ。」

母「お父さんの死んだことを聞かせるのはあなたにとっても辛いことだと思って、今まで言わなかったけど、あなたももう小学6年生だものね、ちゃんと知っておくほうがいいかもしれないわね。さ、お布団にお入りなさい。話して聞かせてあげる。」


 お父さんは高校の先生をしていたの。それは知ってるわね、そう、国語の先生。受験指導のエキスパートではなかったけど、それなりに生徒には人気があったみたいで、今でも卒業生がたまにお仏壇に手を合わせに来てくれるのがその証拠。先週の日曜日も、ほら、4人ほど男の人たちが来て仏間で楽しそうにお酒を飲んでったでしょ。あの人たちもお父さんの教え子だったのよ。もう皆大人だから、お父さんに手を合わせたいという口実で、飲み会をしにくるのよ。大好きなバーボンを一本持ち込んでくれば、私の手料理も食べられるしね。そのおかげで私たちも寂しい思いをしなくてすむから、ときどきああやって遊びに来てくれるのは大歓迎よ。お父さんの学校での様子もいろいろとうかがったりして、まるで今でもひょいと帰って来そうな気持ちになることもあるわ。

 その、昔の生徒さんたちから聞いた話なんだけどね、お父さんはニラレバ炒めが大好きだったらしいのよ。ウチではそんな下準備の面倒な料理は作りませんからね、お父さんがそんなものが好きだったなんて、ぜんぜん知らなかったの。なんでも、土曜日とか日曜日とか、学食が休みの日は、ランチに必ずといっていいほどニラレバ炒めを食べに行っていたらしいの。それもお店が決まっていて、学校のそばの交差点の横の福龍というラーメン屋さんだったそうよ。福龍のニラレバ炒めは、それはそれはおいしいと評判の看板メニューだったって。お父さんは福龍の入り口近くのいつも決まったテーブルで、いつもニラレバ炒め定食を食べていたそうよ。あなたがさっき言ったとおり、レバーは肝臓にとても良いの。お父さんがそれを承知していたかどうかは分からないけど、大酒飲みのお父さんにとって、この福龍のニラレバ炒め定食は、きっととても良いお薬になっていたのね。

 ところが、お父さんが亡くなるちょうど1年前のこと、福龍が突然店じまいしてしまったの。定休日は月曜日のはずなのに、土曜日も日曜日も「本日休業」という看板が出たままで、生徒さんたちもおかしいと思ったそうよ。実はこの親父さんには娘が一人いて、その子もお父さんの学校の卒業生だったものだから、生徒たちもすぐに情報をつかんできて、どうやら親父さんが突然倒れて、そのまま亡くなったらしいということで、お父さんはもちろん、生徒さんたちも驚いたそうよ。だってまだ50代だったんですもの。

 それはそれで残念なことだけれど、困ったのはお父さんね。毎週食べていたニラレバ定食が食べられなくなったんですから。まもなく、身体がだるいとか、階段がつらいとか言いだして、その時早く病院に行けば良かったのに。しかも、そんな体調不良の状態でも、晩酌は欠かさなかったわね。少し量が減ってたような気もしたけど。それよりお腹がボンと出てきて、痩せてるのにおかしいわねって笑ってたっけ、笑いごとではないのに。お腹が出るのは肝硬変がかなり進行していた証拠で、腹水が溜まるからそうなるの。その時はそんなことちっとも知らずに・・・。

 1年近く我慢して、いよいよ息苦しさを感じたり、まったく身体を動かすこともできなくなって、病院へ連れて行ったらそのまま入院ということになったんだけど、入院して三日目でお父さんはあっけなく死んじゃったの。

 あとで聞いた話なんだけど、どうやら福龍の親父さんも、肝硬変で亡くなったらしいの。その親父さんはお酒なんて一滴も飲まない人だったそうよ。奥さんは、何百頭もの豚をニラレバ炒めにしてきた祟りだと言ってたって。


息子「で、お父さんはそのニラレバ炒めを何頭分も食べた祟り・・・か。」

母「そういうことなるでしょ。」

息子「おかあさんがそういうなら、僕が仇を討ってやるよ。」

母「どうやって敵討ちをするというのです?」

息子「僕もラーメン屋さんになって、日本一おいしいニラレバ炒めを作って、毎日何百人ものお客さんに食べてもらうのさ。そうだ、最初の一皿は、お父さんにお供えしよう!」


 息子がふと仏壇を見ると、供えたグラスのバーボンが、すうっと減ってなくなった。

 

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