6-2

「ノーマン、なんだか顔が怖いよ」



 ウルリの声に、ノーマンは自分が手を止めてしまっていたことに気づく。



「いつものことだろう」


「そうだけど、普段よりも怖かった」


「そうか。悪かった」



 空いている方の手で自分の頬をつまんで、こわばった表情を改善しようとする。


 セオドアとのやりとりを思い出すと、どうしようもなく苛立ってしまう。


 自分は母の子だ。

 断じて王の子ではない。

 そう思っていても、それを他人に信用してもらうことはできない。


 いくらもう王族ではない、とノーマンが主張したところで客観的に見ればセオドアの評価のほうが正しいのだろう。


 一般市民としての暮らしに馴染むことができず、女たちを囲って豪華な暮らしをしている。

 路地裏にいた人々のように貧困に苦しむこともなく、貴族の援助を受けて不自由なく生活している。

 それが事実だ。


 証明しなくてはならない。


 自分はもう王族などではなく、セオドアがいくら反乱を起こしたところで意味はないのだと。


 そのために必要なのは、ノーマンが平民として生活している事実だ。


 少女たちを囲っているわけでもなければ、貴族の援助を受けてもいない。

 自分ひとりの力で生きている状態までたどり着かねばならない。


 ノーマンが本当の意味で平民として暮らしていれば、セオドアも王の資質はないと判断して諦めるだろう。

 絶対王政を引き継ぐに足る人物がいなければ反乱を起こす意味がなくなるからだ。



「みんなの行き先を早く決めないとな」



 目の前にいるウルリでも、なにも言わない人形のロザリンドでもなく、独り言としてノーマンはつぶやく。


 やるべきことはずっと前からわかりきっている。


 ノーマンが自由になるためにはまず、すべての少女たちがここを出て行かなければならない。

 ようするに彼女たちの働き先を用意すればいい。


 今までのやり方が手ぬるかったのだろう。


 ノーマンは反省と共にこれからの方策を練り直す。


 彼を突き動かすこの感情が怒りなのか、それとも焦りなのか。

 それはもうノーマン自身にもうまく判断することができなかった。


 しばらく考えた結果、ノーマンは次に就職させる少女をセティとデモナにした。


 料理を担当しているチタニアや、掃除を担当しているけだるげなシラクスは未だにやる気を見せない。

 子どものウルリや猫のマブ、人形のロザリンドは対応の仕方が根本的に変わってくる。


 消去法で考えると無口なセティと、不思議なことばかりを口にするデモナしか残っていなかった。

 それならば二人まとめて、行き先を決めてもらうほうが効率的だ。



「二人とも、どこか行き先に希望はあるか?」



 ロザリンドの髪をとかした後、ノーマンは川辺で洗濯をするセティの元へ向かった。


 ノーマンの質問にセティはぼんやりとした目で見つめてくる。

 もちろん言葉による返事を期待していたわけではないが、表情も読み取りづらい。



「わかります。やっぱり森より海ですよね! 第三惑星も緑よりも青の表面積が広いそうですよ」



 デモナはセティの表情だけで言いたいことがわかるのか、何度もうなずく。

 あるいは一人で適当にしゃべっているのかもしれない。



「海辺の町がいいっていうことでいいのか?」


「はい! 私も海が好きです。リアス式海岸でも、ダルマチア式海岸でも、なんでもこいです!」


「言ってることはよくわからないが、セティもそれでいいんだな?」



 確認するとセティはゆっくりとうなずいた。

 大まかにではあるが、行き先を決めることはできた。


 今回の活動がうまくいけば、二人も一度に屋敷から去ることになる。

 それはノーマンの目標に近づくために必要な一歩だった。



***



 翌日、ノーマンは外套を羽織って少女たちと出かける。


 今回は日帰りのできる距離が目的地であるため、アリエルの同行はなしだ。

 実際のところはどうしているのかわからないが、少なくとも表立ってついてきてはいない。


 道中の馬車でも、無口なセティとよくしゃべるデモナの様子は変わらなかった。

 彼女たちがどのような形で働くのか、ノーマンには想像ができない。


 それでも早いところ屋敷を出ていってもらわなければ困る。

 そうしなければノーマン自身も屋敷から旅立つことができないままだ。


 三人は乗り合い馬車を利用して港町へと向かった。


 こうして乗り合い馬車をよく利用するようになったが、揺れがひどい移動には慣れそうもない。



「着きましたー!」



 目的地へ到着するなり、デモナは両手をあげて飛び出す。



「わー、命のにおいがします! これが海! わーいっ、あいたっ!」



 バタバタと走り回った挙げ句、デモナは転んでしまった。あわててセティが助け起こしに行く。



「遊びに来たわけじゃ――」



 小言を言おうとしたノーマンの元にも、潮風のにおいが届いてくる。

 それが奥底に眠っていた記憶を刺激した。


 細部は異なるが、自分はこの町を知っている。

 そんな記憶がたしかにあった。


 幼い頃、母と暮らしていた村から歩いて来ることのできる場所だ。

 買い物をするために何度か連れてきてもらった。


 自然と頭がかつての家への帰路を思い浮かべようとする。

 詳細な道筋まで思い出せなかったが、かろうじて方向はわかりそうだった。



「どうかしましたか、ノーマンさん」



 さっきまで転んでいたデモナが平気そうな顔で声をかけてくる。

 後ろをついて歩いているセティは心配そうだ。



「はっ、もしやノーマンさんにも第三惑星の導きが!」


「それはない。少し考えごとをしていただけだ」



 もしもこの先に自分が幼少期を過ごした町があるのだとすれば、そこには生き別れになった母の手がかりがある。


 いや、もしかするとまだそこで暮らしているかもしれない。

 そう考えるとどうしても慎重になってしまう。


 母との再会を勢い任せにするつもりはなかった。

 心の準備もできていないため、ノーマンはよみがえってきた記憶にあえて蓋をした。



「わかりました。じゃあ波打ち際で走りましょう! だから追いかけてください!」


「なぜだ?」


「第三惑星にはそういう文化があるのです。ノーマンさんが私を追いかけてください。そのノーマンさんをセティさんが追いかけるんですよ。あと笑ってくださいね」


「思ったよりも注文が多いな」


「うふふ、あはは!」


「しかも笑いだすのが早い」



 デモナが走り出したので仕方なくノーマンは追いかける。


 砂浜を走ることのなにが楽しいのかノーマンにはわからなかったため、結局笑うことはできなかった。

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