第23話◆人魚姫(その3)

◆人魚姫(その3)


俺が25mを泳ぎ切ってプールの壁に手が触れたのと同時に、誰かがプールに飛び込んだ。


そして、飛び込んで水飛沫が上がっている方を目で追えば、そこには大きな魚の尾ひれが今まさに水中に消えようとしていた。


あれは・・  うそっ!  もしかして人魚なのか?


尾ひれは、すぐに水中に消えてしまったので、見間違えたのかとも思ったが、プールの中ほどに波が立っている。


俺は、直ぐにプールから上がり、水中の影を追ってプールサイドを走った。


水中の黒い影は、プールの中を右に左にと魚のように泳ぐ。  仕舞いにはグルグル回り始めて、プールに渦潮のようなものまで出来る。


これは・・  目の前の出来事があまりにも非現実的なので、俺はただそれを呆然と眺めていた。



すると、今度は俺をめがけて一直線に泳いで来るではないか。


うわわっ


ザッパーン  ビシャッ  ビチッ ビチッ


なんと、そのまま勢いよく水から飛び出して来て、まるでイルカショーのイルカようにプールサイドに乗り上げた。



「こんにちわ!  お兄さん、もう泳がないの?」


目に入った水飛沫をぬぐいながら声の主の人魚を見れば、それはかわいらしいトップレスの女性だった。



ゴクリッ


「あのー  貝の水着とか着てないんですか?」   第一声がこれである。  全くバカな質問をしてしまった。


「えっ?」  女性は俺の言葉に、自分の胸をゆっくり見下ろす・・・



「きゃーー  やだ、そういえば人魚のままだったわ!」


その女性は、そう言うと直ぐにザブンと飛び込んで、プールの反対側に猛スピードで泳ぎ去った。



プールサイドに這い上がった女性は片手で胸を隠して、一応こっちに手を振ってくれたが、俺はなんだか自分の方が恥ずかしくなって、早々にプールを後にしたのだった。




***


芸能人水泳大会のポロリではないが、生のおっぱいが見れてしまうという、本日のラッキーイベントに歓喜しながら受付を出る。


まだまだ、照り足りない太陽がまぶしくて、手をかざしたところでプールに来る前に、掌に書いた文字を発見。


そうだ!  薪を買ってかなくっちゃいけなかった。 


あっぶねー  危うく忘れるところだったじゃん。


でも掌をよくみれば、忘れないように「マキ」と書いたつもりが、そこには「サキ」と書かれていた。


うううっ   悲しいぃ・・   ←まだ引きずっている




ふたたび受付に戻って薪を二束買い、両手に下げてテントサイトまで戻る。


これで、焚火をしながら海鮮バーベキューだ。


米の方は手っ取り早くカセットコンロで炊いておく。


今日はプールに入った後、シャワーを浴びたので、風呂に入る必要はない。


なので、後は食って飲んで寝るだけだ。



寝ると言って思い出した。  今夜は、いよいよルーフテント初デビューである。


テントを広げると結構広い。  大人二人までなら十分寝れる。  ただし寝相が悪い俺には、少々不安がある。


そう、当然ながらこのテントはクルマの屋根の上にある。  しかもワゴン車の屋根は1m70cmととても高い。


ありえないとは思うが、この高さから地面に落ちたら大怪我だ。


やっぱり酒は飲まない方がいいかな・・




***


なんだかんだしているうちに、徐々に日も暮れ始めたので、待ちに待ったバーベキューの開始である。


先ほど買って来た薪を焚火台に交互に組んで、着火剤に火をつけた。


火はパチパチとよく燃え、赤い炎がキャンプの雰囲気を華やかにしていく。



よしっ、そろそろいいだろう。  俺は、網を焚火台の上に乗せ、まずはハマグリとホタテを焼くことにした。 


トングを使って、貝を網に並べる。  しばらくして貝が開いたら、銚子で買って来た醤油を垂らす。


ジューっという音と同時に、醤油と貝から出たうま味汁の匂いが、辺りいっぱいに漂う。


蒸らしておいた白米を器によそって、スタンバイ完了。


「さあ、食うぞーー!  いっただっきまーす」



「あーーーっ  さっきのお兄さんだーー!   それ、すっごく美味しそうですねー」


気づけば、後ろに人が立っていて、馴れ馴れしく話しかけて来るではないか。


そして、どこかで見たような顔をしげしげと見てみれば・・・



「あ゛ーー  君は・・  ひょっとして、さっきの人魚姫ーー?」



第24話「家出していたサキさん」に続く

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