第2話◆異世界に行けるクルマ

◆異世界に行けるクルマ


親父がキャンプへ行くのに使っていた軽ワゴン車は、俺自身あまり乗る機会がなくガレージで埃りを被っていた。


ガレージと言ってもビニールトタンの屋根があるだけなので、風が吹いて砂ぼこりがたかり、雨が吹き込めばそれなりに汚れる。


フロントガラスもウォッシャー液で誤魔化せないほど汚くなってしまったので、俺は仕方なく久しぶりに洗車することにした。



洗車は近くにあるコイン洗車場を使うのだが、あの短い時間で洗車を終わらすことができる人はすごいと思う。


なにしろ水の一時停止ボタンを押してもカウントダウンが進むのだから、ほんとうに質

たち

が悪い。



「水が出ます」  この言葉を合図に、洗車マシンと俺の時間勝負が始まる。


シュバーーーッ  ノズルから水が勢いよく噴き出る。


ノズルを持って水をかけながら車の周りをグルリと一周する。


すぐさまシャンプー液に切り替えのアナウンスが流れ、ノズルからは泡がビュルビュル出て来る。


泡が出終わると一時停止。


この間にマッハのスピードで、クルマを洗って行く。


ワゴン車は背が高いため、脚立を出してルーフから洗っていく。


もう死に物狂いという表現がピッタリの形相で、クルマ全体をゴシゴシ洗って行く。


ピッ ピッ ピッ ピーーン


「すすぎです。 水が出ます。 ノズルを持ってください」


えええーーーーっ!  はえーーよ!  バカヤロー!


ブツブツ言っているうちにも、すすぎ洗いのカウントダウンが無情に進む。


ピッ ピッ ピッ ピーーン


「水が止まります。 ご利用ありがとうございました。 ノズルとホースをかたずけてクルマを移動してください」


ちくしょーー。  こんなに早く洗車できるかってーの!


もう汗だくになって、クルマを空きスペースに移動させる。



でもここからは吹き上げ作業なので、もう時間に追われることはない。


作業が終わってひさしぶりにきれいになったクルマを見ていると、なんだか運転席から親父が笑いながら降りてくるような気がした。



***


洗車場からの帰り道、昼ごはんを買いにスーパーに立ち寄る。


なにしろ一生懸命に洗車したので腹ペコだ。


うまそうなものがないか、食料品売り場を端から順に見ていく。


今日はなんだか肉が食いたい。 これは、ひさしぶりに体を動かしたからだろうか。


肉のコーナーを見ているとバーベキューセットなるものを発見。


肉やネギや野菜が竹串に刺さってパックになっている。


そういえば、たしかクルマにバーベキューコンロみたいなのがあったような・・・


そうだ。 ここから近くの河原まではクルマで30分くらいだったな。 せっかくだから、ひとりバーベキューでもやってみるか。


バーベキューセットをカゴに入れ、ついでに焼肉用カルビとウインナーも放り込んでから炭も買った。



スーパーを出て県道を走り、近くの川の河原を目指す。


橋の上を通ったとき、河原で親子連れが楽しそうにバーベキューをやっているのを見たことがあったのだ。


モテない俺は、自分の子どもとバーベキューをする日が来ることはないかも知れないけど、今は肉が食べたい。



オニク食べよう オニク食べよ オニク食べよう おニク ニク ニク ニク 肉食べたい!


気が付けば運転しながら、お肉の歌を口ずさんでいた。


前方に大きな橋が見えてくる。


この橋の手前を左折すると、すぐに河原へ下りる道があるのだ。


ふふふっ


俺はもうすぐ肉が食べられる嬉しさで、思わず笑みがこぼれていた。


ワゴン車は、河原へ続く道を下って行く。



あれっ?  おかしいな。


河原は目の前に広がって見えているのに、クルマはいつまで経っても坂道を下り続けている。


おいおい。 俺は早く肉が食べたいんだ!  いったいどうしたんだよ!  夢でも見てるのか?



そうこうしているうちに、クルマはあたりに急に湧き出た霧に、すっぽりと包まれていったのだった。



第3話「しまった火がない、タレがない」に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る