第6話 散りゆく者へ
青黒く揺れる湿原を進む勇者の目に
草の中に埋もれるようにうつぶせに倒れている男の姿が現れた。
すぐに駆け寄り、声をかけたが
男の腹部からは贓物が滴り
裂けた藍色の服から露出した肢体は
すでに人間の肌の色から変容を始めていた。
傍らには血痕がこびり付いた剣と
穴の開いた鉄製の盾が落ちていたが
どちらも酷くさび付き、とても使い物には
ならない状態になっている。
男は恐らく戦士なのだろう
勇敢な戦士は、ここで魔物に襲われ、負傷したのだろう。
かすかに呻く声がした
勇者ははっとして、もう一度声をかけた。
まだかすかに息があるようだった
勇者の真っ白な心が 少し染まった。
だが まだ近くに 彼を 誰しもが辿りつく事を恐れる場所へ
誘う一撃を与えた者がいる。
勇者は見える物全てに全神経を集中させた。
すでに凪いだ風が運んできた小さな葉屑にさえ、
勇者は強い警戒の念を抱いた。
同時に、男の呻く声は次第に弱くなっていった。
しかし、眼光は、まだ自分の存在を
知らしめるかのように輝いていた。
そしてその光は、眼前の勇者にひたと注がれていく
何かを訴えるかのような 強く しかし脆さを感じさせる眩さ。
今の勇者には、
目の前の散りゆく戦士を救う事ができなかった。
彼には人の傷を癒す術がまだなかった。
男の切なく燃えるような瞳を、ひたすらに
受け入れ続ける事しかできなかった
辛かった
戦士の痛みや憤り 無念さが
まるで我が事のように体に張り付き、
気が付けば自分が倒れている者であるかの様な錯覚を覚えていた
刹那、勇者の背中をイナズマが通り抜けた。
何もしてあげられない そう思っていた今の彼が
散り逝く者に奉げる物が見つかったのだ
どうか事が終るまで生きていてくださいね。
そう瞳で戦士に訴え終わると、
勇者は着実に大地と一体化してゆく男の体に背を向け、
そして勢いよく左手で剣を抜いた
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