私の好きな兄と嫌いな兄

PKT

ファミレス

 私の兄は、基本的に寡黙な高校二年生です。妹の私は高校一年生。

 血は繋がっていません。


 父親は単身赴任で、母親は既に他界。なので、実質二人暮らしです。


 料理は当番制ですが、朝はパン、昼は学生食堂を利用するので、食事の用意が必要なのは夕食のみ。奇数日が私の受け持ちで、偶数日が兄の受け持ちです。


 そして、今日は兄が夕食を受け持つ日でした。ところが、いつもなら学校帰りにぶら下げてくる買い物袋は、今日は兄の手元にはありませんでした。

「あれ?夕食の買い物は?」

 半ば答えを予想しながらそう訊ねると、兄は一瞬硬直して瞬きを数回。そして、表情を変えないままに予想通りの答えを返しました。


「すまん、忘れた」


 兄のこういうところが嫌いです。当番を忘れただけならまだしも、謝るのなら表情や態度に少しは申し訳なさを出して欲しいです。

「今から買いに行くのも億劫だしなぁ。今日は外食ということで」

 そして、自分の都合で出した結論を、私の意思を問うことなく押し付けてくるのも嫌いです。別に嫌だというつもりはありませんが、せめて伺いを立てるくらいはしてくれてもいいんじゃないかと思います。


「別にいいけど・・・」

 表情と声色で不満を表明してみますが、

「悪いな」

 返ってきたのは、短い一言のみでした。そういうところも嫌いです。




 夕食は、自宅から徒歩で通える範囲にあるファミレスでした。

 兄が店員に二名だと伝え、店員が席へと案内します。でも、兄は誘導とは反対の方向へと何故か歩き出します。

 何をしてるのかと疑問に思って見ていたら、兄はドリンクバーでグラスを取っていました。

 そして、先に席に着いた私の前に、無言でお冷を置いてくれました。

 こういう何気ない気配りをしてくれる兄は、ちょっと好きです。

 水で唇を湿らせて、テーブルの上においてあるフェアメニューを眺めていると。

「メニュー、決まったら押してくれ。俺はもう決まってるから」

 兄はいつもの台詞を言って、スマホの画面に目を落としました。

 そういう兄は嫌いです。私としては、メニューを眺めながら、これ美味しそうとか、こっちのは彩りが綺麗とか、そういった話をしたいのです。

 でも兄は、行きつけの店で注文するメニューが決まっているので、そういう話には一切乗ってきません。私としては不満を表明したいところです。


 仕方ないので、私も無言のままにフェアメニューへと目を落とし、その中の一つに目を止めました。

 ”七種野菜と鶏肉の黒酢あんかけ定食”

 メニューに描かれたサンプルの写真は、見た目が綺麗でとても美味しそうに見えました。家ではなかなか黒酢を食べる機会もないので、それを頼みたいと思ったのですが、一つ気がかりがありました。七種の野菜の中に、私の苦手なものが入っていたのです。

 まあ、それくらいならよけて食べればいいかと思い、ベルスターを鳴らしました。


「どれにしたんだ?」

 兄が、私の分も注文を伝えるために、画面から目を話してそう訊いてきます。

「この、野菜と鶏肉のあんかけ定食」

 私がメニューを指さすと、兄はそれを眺めながら言いました。

「あれ?お前って、パプリカは苦手じゃなかったか?」

「そうだけど、脇によけて食べるからいい」

「あっ、そう」

 兄がそんな気のない返事をしたところで、ウェイターさんが注文を取りにやってきました。私と自分の分の注文を告げ、ウェイターさんが復唱します。


「以上でよろしいですか?」

 定番の接客用語。いつもならそれに頷くだけの兄でしたが、今夜は珍しく口を開きました。

「ちなみに、この黒酢あんかけって、パプリカを抜いてもらうことできますか?」

 ドキッとしました。余計なことを言わないでよと思いました。私は、兄ほど神経が図太くできてはいないのですよ?苦手なので抜いてくださいなんて言うのは子供っぽいから嫌で、だからよけて食べると言ったのに。

 心の中で兄に呪詛の言葉を送ろうかと思ったその時でした。

「はい、できますよ?」

「ならお願いします。恥ずかしながら、俺はパプリカってどうも苦手なもので」

「よくいらっしゃいますよ、そういう方」

「そうですか、すみませんがお願いします」

「かしこまりました」


 そう言って、ウェイターさんは去っていきました。兄も、何事もなかったかのようにスマホの画面へと目を戻します。そこでようやく、愚鈍な私は気づきました。


 ・・・あれ?もしかして私を庇ってくれた?


 自分が泥を被ったのに、兄はいつも通り何食わぬ顔です。

「別によかったのに・・・」

 口を突いて出たのは、言いたかったお礼ではなく不満。素直にお礼一つ言えず、ちょっぴり自己嫌悪な私に兄は、

「あっ、そう」

 と短く答えるのみでした。私なら「せっかくの善意を~」とか、「お礼の一つくらいは~」とか言っていてもおかしくない場面ですが、兄はそっけなく返事をするのみでした。


 時折、そんな風に私を甘やかしてくれる兄が、私は大好きです。

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