金銀輝く幼い双子は《壊し屋》などとにへらと嗤う

清泪(せいな)

第1話 月夜に輝く金と銀


 事の発端は、どっかのバカだ。


 


 十二月に入り、冬へと季節が深まっていく。


 空に神々しく輝く満月が見える夜は、手袋無しでは手がかじかむほど気温が下がっていた。


 息を吐けば白く濁る月明かりだけの冷たい闇の中、男は満月に向かって手を伸ばしていた。


 まるで、満月を手にしようとするように。


 まるで、満月への帰還を懇願するように。


 見上げた満月に、黒点が二つ。疑問に思った男が首を傾げ、それを凝視すると、黒点は徐々に大きくなってきた。


 それが何なのかを理解した男は、慌ててその場を去ろうとした。振り返り、全速力で走る。


 走ることに慣れていないのか、何度も何度も足がもつれ転びそうになるが、手を空でばたつかせそのバランスを取った。


 度々、満月に向けて首だけを向ける。黒点が大きくなり、満月を覆い隠した。


 その正体は、子供。


 二人の、子供。


「やぁやぁやぁ、左に在るのが、ドント・ストップ・デストロイ! 壊し屋だ!」


 男からすれば、左に着地する金髪の子供が言う。


「やぁやぁやぁ、右に在るのが、キャント・ストップ・デストロイ! 殺し屋だ!」


 男からすれば、右に着地する銀髪の子供が言う。


「只今、参上!」


 ドントと呼ばれた少女のような顔をした銀髪のおかっぱ頭の少年は、肌寒い夜には場違いな浴衣姿で、右手を突きだし人差し指と中指の二本だけを立てる。


 つまり、ピースサイン。


「只今、勘定!」


 キャントと呼ばれた少年のような顔をした金髪のおかっぱ頭の少女は、ドントと同じポーズを取ってるがこちらは右手にライオンのぬいぐるみを構えていた。


 手のひらより僅かに大きなライオンは、百獣の王とはとても思えない穏やかな、いや、間抜けな顔をして、がぉぉぉ、と可愛らしい声で吠えた。もちろん、その声の主はキャントである。


 ドントは左手に持つ日本刀に右手を添えた。小柄な少年の身の丈半分程ある、鞘に納まった長い刀。


 キャントは左手に持つ鎌で自身の肩を、とんとん、と叩いて上を見上げた。ドントの日本刀と同じ程長い刃を持つ鎌が、月光に輝く。


 男は少年少女を訝しげな目で睨むとある噂を思い出した。


 男は、立ち止まってしまった事を後悔し、再び振り返り走り出した。


「あ、待て。仕方ない、始めるぞ、キャント」

「仕方ない、始めよう、ドント」


 お互いに呼び合うも、お互いの顔は見ず頷くかわりに、二人共に武器を構えた。


「悪魔退治だ!」

「マグマ大使だ!」


 気合いを入れるように大声でそう言い、踏み込み前へと跳ねるドント。よくわからない事を宣言して、ドントの後を低い姿勢で追うキャント。


 前を逃げる男の皮膚が風に吹かれ剥がれてゆく。人膚の下から見えるのは、赤い剥き出しの肉ではなく、深緑の硬質な皮膚。まるで、爬虫類かのような滑りを帯びた皮膚。


 次々と肌は剥がれて、その本性が剥き出しになり、男は次第に前へと身体を倒していく。


 両手を地面につけ、足の様に地面を蹴る。腹部からは、両腕と同じ長さの腕とも脚とも言える物が皮膚を突き破り生え、計六本の足で地面を蹴り始めた。


 その速さは、二足歩行だった今さっきまでの速さとは段違いであった。


 しかし、追うドントはまるで弾丸の様に迅速に、地面を蹴り前へ前へと跳ねる。六足歩行になった男――爬虫類の形をした化物を直ぐ様に捉えた。


「お命頂戴!」

「お、猪木兄弟!?」


 跳ねるドントが、幾度目かの地面蹴りを行う。今度はそれまでのそれとは違い、僅かに前傾姿勢。


 日本刀に添えた右手が、瞬時に刀を抜く。左から右へと横に、一閃。空気を斬る鈍い音。


 追いつかれた諦めに身体を振り向かせた化物は、寸でのところで地面を蹴り、後方へと跳ぶ。刀先が、人の姿をしていた頃で言えば胸の当たりを掠める。


 それを追う、今度はキャント。


 届かないと判断したドントがその場で上へと跳ね、その下を潜る様にキャントが低い姿勢で前に出る。


 空で身動きの出来ない化物の後ろ足に該当する足をドントに続いて、横一閃。今度は右から左へと。鎌が見事に化物の下半身を刈り取る。


 その鎌の勢いを殺さず、キャントは自身の身体ごと回すように鎌を振り、その刃にドントが着地する。遠心力を利用する、弾丸。


 タイミングを見計らいドントは跳ぶと、今度は縦一閃。空に喘ぐ化物の上半身を真っ二つに叩き斬った。


 右手に持ったライオンのぬいぐるみを、屋台の水風船のように、ゴムヒモで人差し指と繋ぎ、バインバイン、と音を鳴らし遊ぶキャント。


 ヨーヨーみたいに遊ばれる百獣の王の間抜けな顔が、その凄惨な状況には相変わらずそぐわない。


 刀の鞘の先を切り刻んだ化物の死骸に押し当て、ドントは何やら人の言葉とは思えないような音を口から発した。


 一瞬、時が止まったかのように辺りが静まりかえったが、それも一瞬の出来事で、次の瞬間には死骸が光に包まれ次々と燃えていった。


「お仕事、完了。帰るぞ、キャント」

「お仕事、完了。帰ろう、ドント」


「はぁはぁはぁはぁ、いやいや待て待て、オレを置いてくな」


「遅いぞ、ワナビー。もう終わったぞ」

「遅いぞ、アワビー。もうやっちゃったぞ」


 少年少女──双子を呼び止める荒い呼吸の怪しい男。そう、それがオレ。


「わ・な・り! 輪成圭護わなり けいご、警備保障イージス所属の二十六才。五度目の挨拶だがどうぞよろしく」


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