今宵、月下は野良OL(こよい、げっかはのらOL)

さとうさな

第1話



昨今、巷では野良OLという言葉が流行っている。それは野良猫を由来とし、その特徴としては単独行動を好み、興味を持つものにはとことん行動を起こす。そう思えば、飽きた途端それをいとも容易く捨ててしまうとか。つまるところ飽き性で恋愛が長続きしない女性のことを指すらしい。


———————————————————



私、月下紫乃は今、高校の同窓会真っ只中にいる。私自身、高校の頃はさほど人付き合いが得意な方では無かったが、この田舎から上京して、都市部の大学に通っていた。そのせいか周囲から変わった変わったと言われ続け、今やっと女性陣のテーブルに逃げ帰って来たところ、旧友に声をかけられ、こうして飲んでいるのだ。


「それで、都会から戻ってきて久し振りの田舎はどうですかい?」


「やっっっと仕事が見つかって、働けるよーー!!」


「あら、それは良かったわね!じゃあ就職祝いに乾杯しましょう!」


そう言って私たちはグラスを鳴らしお酒を飲む。彼女は四季優子。高校で一緒にいた美人のアパレル店員だ。高校時代はバレー部に所属していて、卒業後は地方の公立大学に進んでいたはずだ。


「それにしても7年も経つと人は変わるものね」


「そう?優子はあまり変わってないじゃない?」


「あら、ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ。でも周りを見なさい。大分変わったわよ。特に男はかっこよくなったと思わない?」


周りを見渡すと確かに、一見誰だったか分からない人もちらほらいる。


「確かにそうね。分からない人もいるかな。」


「どこかに良い男が転がって来ないかしら。」


「優子ならすぐに見つかるよ!こんなに美人だし!」


「ありがとー!そんなこと言ってくれるのは紫乃だけよ〜!仕事の後輩も『先輩って彼氏いるんですか?』とか『結婚とかはいつされるんですか?』とか、ストレスが溜まる一方よ」


そう言って優子はお酒を飲み干した。ビールのジョッキが既に空になっている。


「良い飲みっぷりだね」


「女ばかりの職場なんて酒がないとやってられないわ。紫乃の職場大丈夫でしょうね?」


「あはは。一応男性はいる職場だから大丈夫だよ。」


「良い男がいたら紹介してね!」


「がっつく女は嫌われるよ〜」


こんな冗談を交わしていると聞き覚えのある男の声が聞こえた。


「わりぃわりぃ。遅れたわ。すまんな。」


「この野郎遅れやがって笑」


男性陣の中によく知った顔が現れた。一色蓮、私が高校の時に付き合っていた初めての彼氏。あの頃と比べて少し垢抜けた感じがする。そんな彼をぼーっと見ていると、優子も気づいたようだ。


「あれ蓮くんよね?紫乃の付き合ってた。」


「多分そう...」


「かっこよくなっちゃって。確か今は大学だったはず」


「へぇ、」


気の抜けた返事をしていると、蓮がこっちに気づいてやって来たので、慌ててメニューで顔を隠す。


「何も顔を隠さなくてもいいじゃんか。紫乃。久し振り。」


「や、やぁ奇遇だね。」


混乱して返答がおかしい。蓮はそんな私を笑って話を続ける。


「奇遇ってなんだ?ここは同窓会じゃないか。相変わらず面白い奴だな。」


「そ、そうよね。最近どう?」


「ぼちぼちかな。大学では研究も上手くやってるし、友達も沢山いるから、まあ楽しくやってるよ。」


それは良かった。蓮とは高校2年の冬から付き合い始めて、私が都心の大学に通うことになったので卒業と同時に別れを告げたのだ。久し振りの再会に心が震えている。


「そっちはどうなの?」


「私は最近出戻りして来たところ。しばらくはこっちで過ごす予定だよ。」


「それじゃあまた会う機会も増えるかもな」


「そうね。暇があったら是非。」


そんな会話をしていると優子が私達を見てニヤニヤしてる。気恥ずかしさと気まずさを感じていると、男性陣から呼ばれた蓮は去って行った。


「めっちゃかっこよくなってたね。あんたも惜しいことしたよね。...紫乃?」


久し振りに会った蓮はとても落ち着いていて、かっこいい男性になっていた。遠距離になっていなければ、今どんな関係になっていたんだろう。そう考えていると、額に痛みを感じた。


「痛っ!なにするの?」


「なにぼーっとしてるのよ。まさか久し振りに会った元彼に一目惚れしたの?」


「ま、まさか、そんなことないじゃない?」


自分でもわかるほど目が泳いでいる。それに気づいてか、気付かずか優子は私に質問する。


「実際、今蓮くんから告白されたりしたらどうするの?」


「えっ?」


少し想像するとまた優子は笑って、


「満更でもなさそうね。紫乃は正直で可愛い顔してるわ」


「もう!」


そう言って私はお酒を一口飲みまた少し考えてみる。蓮自体に別れる理由は無かった。ただあのまま遠距離で付き合っててもお互い幸せにはなれなかっただろうし、私自身この土地で過ごすのは少し飽きていた。だから蓮が地元の大学に進学すると決めた時、別れようと思った。そんな気持ちだった気がする。


「結局、私のわがままだったんだよなぁ。」


私の独り言を聞いて優子は優しく答える。


「まぁ、学生の恋愛なんて長続きする方が珍しいから、いずれそうなる運命だったのよ。あまり深く考えるのはよしなさい。」


「そうかなぁ、、、そうだよね...」


そう言いながら、私はまたお酒に手をかける。それから他の同級生と酒を飲み交わし、時計の針が私達にかかった魔法を解くように鐘を鳴らし、同窓会はお開きになったのだった。


「...乃...紫乃!」


ハッと気づくと、皆帰る準備をしていた(厳密には帰れそうにない人もいるが)。


「やっと起きたわね!あんた蓮くんに送ってもらうことになってるから、感謝しなさいよ」


「え、うん、ありがと?」


あまり頭が働いてない。何がどうだか理解が出来ないが、早くここから出ないといけないことは分かった。


ハイヒールを履き居酒屋を出るとドアの段差に躓き誰かの胸に倒れこむ。目が開かないから誰か分からない。だけど、なんだが以前にも感じた温かさが体を包む。


「大丈夫か?紫乃」


「...えっ!」


その声を聞いた途端、意識が一気に覚醒し出した。この体格、この服の色、この声。


「なんで蓮がここに!?」


「俺が紫乃を送って行くから。とりあえず意識が戻って良かった。紫乃の家の住所教えてくれ。タクシーは呼んであるから」


「え、あっ、うん。」


そういえばさっき蓮が送ってくれるとかなんとか言ってたな。


タクシーに乗り込み私の家に向かう途中、私の胸の鼓動は止まらなかった。


(もしかしたら、今日。...あるのかな)


久し振りの元彼の登場。そして家に送ってくれるという。期待しないのもおかしいよね。


「なぁ、紫乃。聞いてくれるか?」


「え?は、はい!」


なんだろうか。寄りを戻すとかそんな話が来るのか。いや待って、そんなうまい話がある訳がない。多分誰か良い子を紹介してくれとかそんな話だろう。うん。そうに違いない。そう結論づけ、勇気を振り絞り、私は蓮の顔を見て答える。


「な、何?」


「俺、結婚するんだ。」


今宵は満月。なるほど、元彼はどうやら幸せで満ち溢れているようだ。


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今宵、月下は野良OL(こよい、げっかはのらOL) さとうさな @sana024

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