第10話 狐憑(1)
夕方7時過ぎ。
外はもう日が暮れていた。
校舎には、人影もまばらになり、しん…と静まりかえっていた。
残っている生徒も体育館で練習している合唱部くらいだった。
アニスに準備室での留守番を言いつけ、バーンと臣人は第1音楽室に向かった。
彼女は不満そうにしてはいたものの、バーンの言うことには逆らわなかった。
真っ直ぐな廊下を歩いていく。
彼らがいた調理準備室とは反対の方角に第1音楽室がある。
「ここや」
「………」
バーンは無言で扉を凝視した。
「別に何も感じへんが」
そう言いながら、臣人は扉を開けた。
防音になっている厚い扉が重たい音をたてて開け放たれた。
部屋の中には大きな黒いグランドピアノが黒板のそのすぐそばにあり、すぐ弾ける状態になっていた。
壁には数々の大会に出場し、獲得した賞状の数々。
そして、お決まりの過去の偉大な作曲家達の肖像画。
「これが、例の鏡か」
黒板の横にある姿見の鏡を臣人は覗き込んだ。
鏡の表面には覗く臣人の姿とその後ろに立つバーンの姿が映っていた。
「わいには何も引っかからんが。
「この中には何もいない」
自分の頭の上をぐるりと見回した。
「むしろ、この音楽室にその噂をもとにしたよくない『気』が…残り過ぎてる」
「そうやなぁ。怖い怖いと思う『気』が残っとる」
臣人も同じように、天井を見た。
「散らしてまうか?」
「ああ。」
「ほな、失礼して」
臣人がポケットから数珠を出して手に掛けた。
数回数珠を鳴らし手を合わせた。
低い声の真言が音楽室に響いた。
「マカシャロダ・ケン・ギャキギャキ・サラバビギナン・ウン・タラタ・カンマン…破っ!」
臣人を中心にして何かが広がっていった。
何かが音楽室の空気を振動させていった。
「………」
「どや?」
バーンは臣人の方を見てうなずいた。
もう大丈夫だと。
臣人は数珠を再びしまうと戸口の方へと歩いていった。
「ほな、メインイベントの方へ行きまっか」
昨夜より遅い時間。
昨夜と同じ場所にバーンと臣人は立っていた。
榊のような邪魔が入らないよう配慮してのことだった。
合唱部も体育館から帰ってしまい、職員室の明かりもとうに消えている。
学校にはもう誰もいない。
それを確認してからこの場所にやって来た。
あの
「よかったぁ、誰も悪さしてへんかったな」
周囲の状況を見ながら臣人がつぶやいた。
「………」
肌寒い風が校庭から吹き抜けていく。
思わず身震いしそうなほどだ。
「バーン」
どうする?という顔でバーンを見ていた。
「…俺が説得しても…いいか?」
「ほな、いつも通りつうことで」
そう言うと臣人はバーンから離れ、2Mほど後ろに下がった。
『力』の総量はバーンの方が臣人よりはるかに上であった。
そして、術の正確さも。
そういう意味でバーンがオフェンスを務め、臣人がディフェンスを務める場合が多かった。
バーンは臣人に眼で合図を送った。
それを見て臣人もうなずいた。
両手を合わせ、息吹を繰り返している。
バーンは眼を閉じた。
呼吸を意図的に遅くする。
そして、
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