KANO

砂樹あきら

第1話 噂(1)

「いま、あなたこそが自分の地図を創る者なのだ。」 ルーンの書



「ねえ、知ってる?」

聖メサ・ヴェルデ学院の第2音楽室は部活動で集まった部員達の憩いの場と化していた。

女子校なので、3人集まれば何とやらだ。

ここには20人近くの1,2年生が集まっていた。

「あっ、もしかしてあの話?」

興味津々という顔で周囲にいる部員の顔を見回した。

「そうそう。第1音楽室に幽霊が出るっていう噂。」

両手を前にだらりと力無く垂らして、幽霊のまねをした。

その話に、両耳を塞ぐ者、手を口にあてながら目だけは輝いている者と反応は様々だ。

「鏡の前に立つと見えるっていう…」

また違う誰かが口を挟んだ。

「自殺した女の霊でしょう!?」

次々と違う情報が集められる。

「えー、私が聞いたのとちょっと違うなあ。私が先輩から聞いた話だと…旧校舎に鬼火が見えるんだって。」

手を上に向けて、指をぱっと開いて鬼火を表現した。

「きゃあ!やだ、こわーい。」

数名から悲鳴が上がった。

そんな話に加わることなく、綾那はただみんなの様子を見ていた。

「綾那?」

「え?」

急に名前を呼ばれて驚いた顔をした。

別なことを考えていたからだ。

そんな綾那の様子を無表情の美咲が心配そうに見ていた。

「こういう話、ダメだったんじゃなかったっけ?」

友達が、笑って話しかけてきた。

「う~ん。まあ。」

何とかごまかした。

「結構平気そうな顔で聞いているからさぁ」

彼女は夏休み前に起こった祥香の一件を思い出していた。

あのことに比べたら、こんな噂話なんて何でもなかった。

彼女の目の前で起こった摩訶不思議なこと。

自制心を失い、左手を血だらけにした祥香。

調理室に結界を張り、印を結び読経する臣人先生。

渦巻く風、はじける蛍光灯、割れたガラス、そして光る魔法陣。

その中心にいる金の瞳をしたオッド先生。

今でも思う。あれは夢ではなかったかと。

あの恐ろしい体験は。

目に見えないものが祥香を襲っている感じがした。

それをあの二人の先生達が阻止してくれたのだ。

祥香をいつもの祥香に戻してくれた。

綾那はとても不思議に思っていた。

どうして、そんな除霊ことができる人達がこの学院に講師としているのか。

なぜ、自分は同好会まで作ってそれほどまでこの二人の先生と関わりを持ちたがるのか。

音楽室の扉が開いて、誰かが入ってきて大きく手を数度鳴らした。

「ほら、いつまでお喋りしているの?」

「あ、先輩。」

廊下でピアノの音も練習の声も聞こえないことを不審に思ってのぞきに来たのだった。

「1年生の声だしと音とりは終わったの?」

腕組みをして3年生から厳しいチェックが入った。

その場にいた部員はしずしずと合唱隊形を作り直した。

「はい。今から、課題曲の」

「気を引き締めていかないとダメよ。目先の文化祭だけではなくて、むしろコンクールの方に力を入れていかなきゃ。」

「はい…」

部員は厳しい言葉にうなだれた。

「今日は榊先生のお稽古が5時半から入ります。全員、第2体育館へ集合です。パートリーダーのひと、お願いします」

それだけ言い残すと3年生は再び廊下へと出ていった。

「お稽古か。気合い入れなきゃ」


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