深夜のラジオ体操第一、よぉ~~いっ

ちびまるフォイ

ラジオ体操第二の人生

「ちょっと、お父さんまだ帰らないのよ。

 最近出かけてくるとだけ行って家出ること多いし……。

 探してきてくれない?」


「なんで俺が……」


「母親が浮気相手との修羅場になってご近所さんから白い目で見られたら

 離婚だけでなく引っ越しもしないといけなくなるのよ」


「……わかったよ」


親父はケータイも持たずに家を深夜に出ていった。

まるで夜逃げ同然。でも必ず帰ってくるから不思議だ。


探していると近くの公園の方でなにか人の声が聞こえた。


「深夜のラジオ体操第一。よぉ~~い。

 それでは腕を前に出して、肩ほぐしの運動。はいっ」


深夜の真っ暗な公園なのに人の気配がする。

暗闇の奥で体操をしているような息遣いが伝わってくる。


「親父?」


スマホのライトを照らすと公園の広場にたくさんの大人が体操していた。


「わっ!」

「明かりつけるんじゃねぇ!!!」

「誰だ!!」


「ご、ごめんなさい!」


一瞬だけ照らされた中に親父は混ざっていた。


「それでは本日の深夜のラジオ体操は終了です。

 次回は〇〇丁目の三角公園でお会いしましょう」


公園からぞろぞろと人が去っていくのがわかる。


「いったいなんなんだ……」


「お前こそ、こんなところでなにしてる」

「親父! 探したんだぞ! 深夜にフラと出ていくから――」


「そうか。お前も体操に来たのか」


「は?」


「深夜のラジオ体操はいいぞ。健康的だからな。

 体操をしていると見えない人のつながりが感じられるんだ。

 本当は自分ひとりで体操しているかもしれないのに、

 でもラジオの声に合わせて体操していると人とのつながりを感じる。

 今の現代には失われている部分だよな。ほんと最高だよ。童心に帰ったみたいだ」


身内からも親父は確実にヤバいと思った。


「次は三角公園と行っていたな。早く調べなくちゃな」


家に連れ戻してからも親父は次回会場の場所を調べていた。

それが電車を乗り継がないと行けない場所だとわかっても

「前日は会社を休んで前乗りして……」などと言っていた。


そして口論となった。


「あなた! いったいどこへ行くつもりなの!?」


「次の会場の場所へ行くんだ!

 深夜になると交通機関は動かない!

 先に近くの場所に宿泊する必要があるんだよ!」


「体操のためにそんな場所にいかなくても!」


「うるさい!!」


親父は行ったきり帰ってこなかった。

きっと家庭にもともと居場所がなくて深夜にでかけていたんだろう。

おおかたラジオ体操だの健康だのというのは建前の言い訳にすぎない。


そんなことも忘れたころに、深夜のコンビニの帰り。

公園でまた聞き覚えのあるフレーズが聞こえてきた。


「れでは腕を前に出して、肩ほぐしの運動ぉ~~」


公園に行くと深夜のラジオ体操が行われていた。

思わずそのまま参加して声に合わせて体操をする。


「以上で本日の深夜ラジオ体操は終了です。

 次回は××町のN公園です。さようなら」


ぞろぞろと人の動く気配がする。

その気配に合わせると行列の最後尾へと行き着いた。


徐々に減っていく行列で自分の番になると、列を待っていたのは女だった。


「スタンプ押しますんで、カードを……ってあれ?

 スタンプカードをお持ちじゃないということは、初参加の方ですか」


「え、ええ……まあ」


「はいどうぞ。スタンプカードですよ。

 次回もまた来てくださいね」


カードにはスタンプが押される。

次回の会場となる公園はそう遠くないので再び参加した。


「スタンプ押しますね」


スタンプ役は会場ごとに違う人だった。

スタンプカードの最後には「おめでとう! 人から生まれ変われる!」と書かれている。


「生まれ変わる、かあ」


思えば学生時代からなにかに打ち込んだり続けたりしたことがなかった。

ギターも途中で諦め、同人ゲームも諦め、いつも俺の人生は挫折ばかり。


「このスタンプカードをためきったら俺もなにか変われるかもしれない……」


少なくとも、大量のスタンプの記録は自分の努力の痕跡として自分の自信になるだろう。

生まれ変わってやる。


「深夜のラジオ体操第一。よぉ~~い」


いつもの号令がかかり体操がはじまる。

今では消えた親父の話していたことがわかる気がする。


闇でなにも見えないがたしかに人の気配がして、

一緒に体操をしている不思議な連帯感に包まれている充実感。


スタンプが貯まっていく満足感。これはクセになる。


深夜でお互いの顔も見えないし、お互いに知ることも出ない。

ブサイクでもイケメンでもデブでもガリでも差別はない。


誰もが平等に魂がひとつとなる連帯感を感じられる場所。


もしも明かりで照らされたのならせっかくのこの感覚が台無しだ。


「次回は□□公園でお会いしましょう」


集合場所は毎回最後の体操終わりに指定される。

同じ場所のときもあれば新しい場所のときもある。


「今度は離島、か」


行かなくちゃならない。絶対に。



「はぁ!? 離島に出かけるって……どうして!?」


「どうしてって、次の公園がそこにあるからだよ。当然でしょ」


「なにしに!?」

「体操」

「馬鹿じゃないの!?」


母さんには話したくなかった。

親父がだまって家を出ていたのもこのせいだろう。


話してもわからないだろう、ということがわかっていた。

生まれてから一度も目を開けたことのない人にどうやって赤色を伝えることができようか。


「そんなの……近くの公園でやればいいじゃない。

 ラジオなんでしょ? どうしてわざわざそんなところに行くのよ」


「一度でもサボったらスタンプはすべて最初からになるんだよ!

 俺はもう少しで生まれ変われるんだ! 諦められないよ!!」


「スタンプ? 生まれ変わる? 何言ってるのよ!

 お母さんにもわかるように説明して!」


「否定する前提の母さんには何を話しても理解できっこないよ」


家を出ると離島の公園へと向かってラジオ体操に参加した。


「それでは深夜のラジオ体操第一。よーーい」


もう深夜ラジオ体操に参加しすぎてすべてのフレーズを記憶している。

次にどんな動作が来るのか、なにをすべきで、どうするのがいいのか。


暗闇に目がなれる速度も早くなり深夜ラジオ体操の参加者を見るすら楽しい。


「次回は〇〇丁目の三角公園でお会いしましょう」


ふたたび会場は家から遠い場所へと指定された。

次でついにスタンプはすべて貯まる。長かった。


「ようし、今から行っておかなくちゃ!」


最後にもなると気持ちが高揚して眠れない。

食事ももどかしくなり早く次の体操がはじまらないかと楽しみだ。


会場の公園の近くで早く深夜にならないかとウロウロして待つ。


もし、急に深夜ラジオ体操ではなく夕方ラジオ体操とか

突然時間変更されたりして参加できなくなったらと思うと公園を離れられない。


トイレで少し目を離したときに、不意打ちでラジオ体操がはじまって参加できなかったら……。


最後のプレッシャーがありとあらゆる方向から自分を追い詰めていく。

深夜になるまでずっと気持ちは収まらなかった。



「深夜のラジオ体操第一。よぉ~~い」



ついに懐かしい声が聞こえてラジオ体操がはじまる。

いつも以上に生まれ変わる自分を意識して念入りな体操を心がける。


暗闇に見える人影はいつも見る人達だけでなく、

最近参加した人や初めて深夜ラジオ体操を見る人。


一言も言葉を交わしたことはないのに家族以上の近さすら感じる。

こんな人達をずっと一緒に入られたらどんなに。


「ああ、終わってしまった」


楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

行列の最後に並んでスタンプカードを準備した。


最後のスタンプで生まれ変わる自分の期待感とは裏腹に、

自分の番が来ないままずっとこの時間が続けばいいのにと思う自分もいた。


「はい、スタンプ押しますね。あれどうしたんですか」


「なんか……これを押すと、今の充実感が失われてしまいそうで……」


「ふふ。大丈夫ですよ、今は自分が人から生まれ変わることへの不安があるだけです。

 誰でも最初は怖いんですよ。でも生まれ変わったらあのとき踏み出してよかったと思うはずです」


「……そうか」


「それに、ここまで努力したんだから達成したいじゃないですか」


「ええ、そうですね。これで生まれ変われるんですね」

「はい」


スタンプカードには最後のスタンプが押された。









「息子が……息子が帰ってこないんです」


「落ち着いてくださいお母さん。息子さんが最後に家を出たのは?」


「体操を行くとかで離島に行ったきりです、事故にあっていないか……」


「そういう情報はありませんね。そのうち戻ってくるのでは?」


「あ、あなたち警察は税金で働いているのに、

 息子が神隠しにあったかもしれないのに探してもくれないんですか!?

 事件に巻き込まれないと仕事をしてくれないんですか!?」


「落ち着いてください! 我々もパトロールしますんで」

「もういいです!」


母親は疾走した父親だけでなく息子までも行方不明になってしまった。

必死に探したが見つからない。


捜索は深夜にまで及んだ帰り道、公園からなにか声が聞こえた。


「……なにかしら」


深夜の暗闇の中、公園の広場で人の動く気配がする。



「「深夜のラジオ体操第一。よぉ~~い」」



おそるおそる持っていた懐中電灯で音のする方を照らした。

ラジオなんてなかった。


ベンチの上にはふたりの男が座り、染み付いた言葉をうわ言のように繰り返していた。



「「ソレデハウデヲマエニダシテカタホグシノウンドウ、ハイッ」」



2人の姿はかつて同じ家で暮らしていた父と息子の面影はもうなかった。

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