英雄殺しの髑髏仮面-スカルフェイス-
石動 橋
1-1話
「おーい、もうすぐ着くぞお客さん」
しわがれた声に起こされて、男は身を起こした。
三十路は越えたであろう長身痩躯の男は、黒いぼろぼろのマントに身を隠し、その中からのぞくシャツとスラックス。革製のブーツが窺える。
男は馬車の外を見る。老人の操る馬車にどれくらい揺られていたのだろうか、乗せてもらったときは森の入り口だったのだが、気が付いたら森林を抜け、草原地帯を闊歩しているようだ。
彼にとって、馬車で藁を売り歩いているこの老人に遭遇できたのは渡りに船だった。
正確には、男の隣でいまだに寝息を立てている少女にとっては。
褐色肌の長髪黒髪、まだ10代にも満たないくらいのこの少女は、元奴隷だった身の上だ。
名前はトウカという。
彼がちょっとした小金稼ぎで奴隷商を潰した時に、成り行きで旅についてきたのが、男と少女との経緯だ。
本当はもう少し寝かせてあげたかったが、目的地が近いらしいので彼は身をゆすって少女を起こすことにした。
「おい、もう少しで着くらしい。起きろ」
「……」
なかなか起きない。元奴隷だったはずなのだが、彼が隣にいるときは安心しているのか、よく熟睡していることが多い。
なかなか起きない彼女に少しだけ苛立ちを覚えた男は、彼女の鼻をつまんだ。
「……っ!?」
息ができなくなった彼女はじたばたし始め、パニックに陥りながらも金色の瞳を開かせた。
「もうすぐ着くらしい。そろそろ起きろ」
「……ひどい」
「ひどくないさ。いつまでも寝ていたおまえが悪い」
「……鼻が痛い。賠償責任」
「……どこでそんな言葉覚えたんだ?」
そんなことを言いつつ、男はふと馬車の外に視線を向ける。
見えてきたのは、巨大な白亜の壁だった。円状に聳え立つ壁は、たとえ巨人であろうとも侵入は困難であろうことが予想される。
壮大に聳え立つ巨壁に目を奪われていると、老人が声をかけてくる。
「おう、起きたか。もうすぐ着くぜ」
「ここまで乗せていただき、ありがとうございました」
「なぁに、いいってことよ。あんな小さな娘さん連れて歩かれてちゃ、かわいそうで放っておけねぇって」
気前よく笑う老人に感謝し、男は改めて目の前の巨壁に目を向けた。
「……あれが、聖都『オーレアン』、か」
思わず、そんな言葉が漏れた。
男、鬼道正義は転生者である。
日本の自衛隊の特殊作戦群出身の彼は、国家を揺るがすテロリストやマフィアを相手に、日夜闘争していた。
最後は国家の都合で絞首刑に処された彼だったが、気が付くと見知らぬ場所で座っていた。
そこには一人の女が座っており、彼に言った。
「―――……これから送る世界で、4人の勇者を殺しなさい。そうすれば、元の世界に帰してあげる」
はじめは何の冗談かと思ったが、この世界にいざ降り立ってみると、冗談ではないらしい。現世で一人娘を残してきた彼は、断る理由などなかった。
こうして、鬼道正義は4人の勇者を殺すために、異世界へと転生したのだった。
聖都『オーレアン』。
人口300万人を有する大都市だ。
白亜の城を中心として、円形に巨大な外壁が聳え立つこの街には、有名な勇者がいる。
その人物は魔王を討伐した4人の勇者の内の一人で、現在はこの街を治めている王に仕えているらしい。そのこともあってか、この街の家々の壁にはその勇者のポスターが多く貼られていた。
もっとも、その勇者が今回のターゲットなのだが。
入場ゲートの前で身体検査を受け、男たちは街の中に入る。
真昼で最も活気づいている時間帯らしく、街の真ん中まで続く道は人々で賑わっていた。ヨーロッパ風のレンガでできた建築物が立ち並び、歩いている道はレンガで整備された道が続いている。
もうすぐ祭りでもあるのだろうか、街道には盛大な飾りつけが施されていた。
ここまで案内してくれた老人とは入場ゲートで別れた。先に一杯ひっかけたいらしく、足早に飲み屋街へ消えていった。
老人と別れた正義とトウカは、一先ずこの街に滞在するための宿を探していた。
中心の城へと続く街道から少し外れた路地。そこにある安宿に宿泊することにする。
薄暗い室内に通された二人は、簡単に部屋の設備をチェックする。そして、正義は備え付けのベッドの下へと手を滑らせた。
初めて入る部屋のはずなのに、当たり前のように存在していたアタッシュケースを開封する。
中にあるのは、ファンタジーな世界には不釣り合いな代物。
ガンオイルの匂いが微かに漂う、銃器類だった。
分解された状態で保管されていたそれらを、正義は慣れた手つきで組み立てていく。
メイン装備はバレットM95セミオートマチック式狙撃銃。アメリカ製の12.7 × 99 mm弾使用の対物狙撃銃だ。ブルパップ構造のこの銃はよりコンパクトになるよう設計されているため、隠して持ち運ぶには適している。夜間における襲撃も行えるように、照準器は標準装備のものと暗視スコープも用意している。装弾数は5発。重量が通常のライフルより重いことが難点ではあるのだが。
サブ兵装にはグロック17自動拳銃。オーストリア製の9 mm弾使用の自動拳銃だ。装弾数は16発。しかも今回は専用のドラムマガジンも用意している。これで最大50発の弾丸の雨を浴びせることができる。命中精度は格段に下がるが、ただ単に弾をばら撒くだけならこれに並ぶ拳銃は他にないだろう。
これらの装備は仕事のたびに、この世界に正義を送り込んだ女に連絡を入れて補給している。他の装備が必要な時は適宜連絡しているが、他の装備を使用する際はすでに持っているものを破棄しなければならず、必要最低限に留めておかなければならない。今回はこれ以上装備を増やす必要はないだろう。
これだけの装備を揃えたが、正義はいまだに不安を感じていた。
彼はこの世界に転生した人間だが、いわゆる『ファンタジー』への防御策がまるでなかった。
結界や防御魔法を張れない彼が真っ向から戦ったところで、炎の魔法で燃やされ、水の魔法で溺死するだろう。そもそも銃器にしたって、鋼鉄の鎧やバリアの前では弾丸が貫通せず、全く無力の可能性もあるのだ。
また、接近戦で剣で戦う戦闘に長けた連中と戦っても、実戦経験では彼らのほうが上なのだ。まともに戦って勝てるとは、到底思えない。
そのため、もっぱらの手段は暗殺という手段を、彼は用いることにしている。
とはいえ、対勇者は今回が初めてのこともあり、入念な準備が必要だ。
「……」
トウカは無言で正義が装備を点検している様子を見つめている。
かつては自分で生き残れるようにと、彼女に戦闘訓練をさせたこともあった。特に格闘技とナイフ捌きは技術を教えた正義よりも俊敏に動く。
しかし、正義としては彼女には戦ってほしくなかった。訓練中も彼女の戦う姿を見るたびに、元の世界にいる娘の姿が重なり、気持ちが沈んでしまう。
一人娘の存在が、今の彼の原動力ではあるが同時に、弱点でもあるのだ。
「今回のターゲットは僕が仕留める。トウカは好きにしていていいよ」
「……」
トウカにそう言って、彼は点検を再開する。
すると、ふと背中に重さを感じた。
振り返ると、トウカが正義の背中に乗りかかるように抱きしめてきていた。身長が足りないからか、つま先立ちになって。
「……」
「……重いんだけど?」
「……好きにしていいって、言った」
そう言って、回してきた腕に力を込める。
「……」
これは、毎回の儀式のような行動だ。
正義が戦う前に、トウカはこうやってのしかかってくる。
親と早くから離れ離れになったからか、親代わりになっている彼に甘えているのか、はたまたまた離れて行ってしまうのが寂しいのか。
はっきりとはわからないが、彼女は戦いに行く前に必ずこれを行う。
「……そろそろ、情報収集に行ってくる。トウカは留守番、任せたよ」
正義はそう言って彼女の腕をそっと外す。
「……」
トウカは少し名残惜しそうに彼を見ている。
そんな彼女の視線を尻目に、正義は部屋を出て行った。
帰りに、何かおいしいものでも買って帰ろう。
彼は何となく、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます