君の神様になりたかったな。

RGD

STORY

 風が吹き、落ち葉が空を舞う。


 銀杏や椛、色とりどりの葉がふわふわと浮いているのはとても幻想的で、まるでドラマのワンシーンのようだ。


 そんなことを考えながら、陸斗りくとは学校の屋上のフェンスにもたれかかっていた。


 彼は、幼馴染みの栞理しおりを待っている。昼休みに話しかけ、放課後15時30分にここに来るように伝えたのだ。


「そろそろ30分か……」


 彼女を呼び出した理由。それは、ずっと秘めていた想いを告白するためだった。


 二人は幼稚園からの付き合いである。ある時はかけっこで競走し、ある時は一緒にお風呂に入り、ある時はテストで勝負し、ある時は喧嘩もした。とにかく仲が良かったのだ。


 するといきなりバン! という大きな音とともに扉が開き、黒い髪をショートカットにした少女が息を切らしながら歩いてきた。ここまで急いで走ってきたのか、額には玉のような汗が浮き出ている。


「お、おまたせ! 遅れちゃったかな!?」

「いや、僕もさっき来たところだよ。ついでに言うなら、今がちょうど30分」

「よかった、間に合ったー!」


 陸斗は、彼女にタオルを投げ渡す。栞理は冗談めかした口調で「おっ、気が利くぅ」と言いながらタオルをキャッチし、額の汗を拭いた。


「ありがと、陸斗」

「いえいえ」

「……で。話があるって言ってたよね?」

「あ、ああ。まぁ、ね」

「何でそんなしどろもどろになってんの?」


 陸斗は、正直なところこの告白には気が乗らなかった。というよりは、告白などせずに放置するつもりだった。


 なぜなら───栞理には好きな人がいることを既に知っていたから。自分の想いが叶わないことが分かっていたからだ。


 それでも告白に踏み切ったのは、友人である響絆きずなによる発言が大きい。彼は以前、陸斗にこう言っていた。


「お前さ、いくらなんでもヘタレすぎだろ。自分の想いくらい伝えてやれよ。あっちがどう思ってるんか知らねぇけどさ 、いつもあんだけ仲が良いお前らなら告白が失敗したところで関係はすぐ戻るだろうよ。戻らなきゃそん時は俺が相談に乗ってやるから……な、気楽にいけよ?」


 それを思い出して少し気持ちが楽になった陸斗は、真正面にいる栞理の顔を見つめる。


(……全く、よくあんなことスラスラと言えるもんだよ。僕にはもったいない友達だね、響絆は)


 深呼吸をし、さらに深呼吸を重ねる。栞理はその様子を不思議そうに見ていた。


「ねえ本当にどうしたの? 話があるとか言っておいて私を放置で考えごとなんかして。しかも深呼吸までしてさ、どんだけ放置プレイが好きなの?」

「ああごめんごめん。言葉を整理してた」

「訳分かんない」

「だろうね」


 陸斗はもう半分やけくそだ。

 叶わないと知りながら、報われないと知りながら。それでも───言葉を、紡ぐ。


「栞理。僕は君のことが好きだ」


 栞理は目を見開く。


「そう、昔からずっとだ。小学生の頃からずっと。いや、もしかしたら幼稚園の頃からかな? でも僕は、自分の想いを伝えることが怖くて、二人で作る楽しい空間を壊したくなくて、長い間この想いを言わなかった」

「………」

「それでも言おうとしたきっかけはね、響絆が作ってくれたんだ。それで、さ。たぶんだけど……栞理は響絆が好きなんでしょ?」


 目を見開いていた栞理が、固まった。やがて僅かに唇が震え、小さな声で呟く。


「陸斗は……それを知っていて、私に告白したの……?」

「……もちろんだよ。付き合ってほしいと僕が言ったとしても、栞理はOKしないだろうと思ってるし……っ!?」


 栞理の目から、涙が溢れる。

 今度は陸斗が固まる番だった。


「ごめん、ごめんね……」

「……なんで謝るのさ?」

「だって、傷ついちゃったでしょ? 私が、私が、告白されることなんかありえないと思ってて、なのに私は響絆が好きで、それで」


 栞理の言い分は、もはや支離滅裂になっている。陸斗はハンカチをポケットから取り出し、栞理の涙を拭った。


「そりゃ傷ついてないって言ったら嘘になるけどさ、これは自分から傷つきに行ってるんだから。栞理が気にすることないよ」

「でも」

「いいから、そういうことにしといて」


 小動物のように潤んだ瞳が揺れる。栞理が今何を考えているのか、陸斗は気になって仕方なかった。


「あ、そうだ。栞理」

「何?」

「あのさ、良かったらでいいんだけど……その恋、手伝わせてくれない?」

「……そんな! 陸斗の傷口を抉るような行為になるじゃんか! できないよ、そんなこと!」


 こいつはこんなところで馬鹿なんだな、などと考えつつ陸斗は胸の内を吐露する。


「僕は君の神様にはなれなかった。だから栞理には君が好きな人の神様になってほしいんだ」

「……?」

「フラれたならせめてそいつには幸せになってほしいでしょ、ってこと。だからさ、手伝わせてほしいんだけど……ダメかな?」


 栞理は下を向いて数十秒も考えこんでいたが、やがてゆっくりと顔を上げた。その顔は怒っている訳でもなく、困っている訳でもなく……苦笑いであった。


「───しょうがないなぁ、もう! 手伝わせてあげるよ! 後で後悔しても知らないからね!」

「あれだけ言っといて後悔はしないよ」

「言ったね! まぁ……ありがと?」


 栞理は少しはにかんでいるような笑顔に表情を変え、屋上を出て階段を降りて行った。


「……終わっちゃったなぁ」


 急に襲ってきた脱力感に抵抗することもせず、陸斗はその場に座り込んだ。その瞳からは、知らず知らずのうちに大量の涙が溢れてきている。


(……神様になれなかった、か。自分で言っておいてなんだけど悲しくなってきたなぁ。栞理には僕のような気持ちを味わってほしくないし、明日からは気合い入れなくちゃね)


 陸斗は、まだ涙が伝っている自身の頬を強く叩いた。バシィッと大きな音が鳴る。


 気がつけば、夕焼けの紅い光が傷心の陸斗を慰めるように優しく照らしていた。もうすぐ、夜になる。


 陸斗は急いで家に帰ることにした。栞理の恋を成就させるために、自分は何をすればいいかをじっくりと考えるためだ。


「……でも、やっぱり……君の神様になりたかったな」


 誰も聞く人がいないその呟きは、夕暮れの空の中にそっと消えていった。







『君の神様になりたかったな。』完


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 この作品は、以前投稿していた作品を一部手直しして再投稿したものです。

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