第157話 妻子を失った科学者・ドガ
「今後の方針は固まったけど、何か忘れていないかな?」
「そ、そういやドガ博士は」
「博士なら無事です。しかし……見てください」
「驚いたよ、まさかこのおじさんも能力者だなんて」
「私もですよ、エスメラルダ」
ハーネイトたちが戦っている間、エスメラルダとミレイシアはハーネイトに対し、ドガ博士が力に目覚めてしまったようだと報告し、彼が急いで駆け寄ると、ドガはうなだれつつ地面に這いつくばり涙を流していた。そんな博士をハーネイトは介抱する。
「私は、辛かった。最愛の妻と娘をあの化け物に奪われた。しかしいないはずの妻が……何故か声をかけてきて、ああ、あれは幻聴だったのかと。どうすればよいか、分からずこうして研究していたのだ」
「ドガさん……貴方はそれでも向き合った。失った事実と向き合い続けた。だからこそ、貴方の愛する人の想い、魂が見えた。それが、答えなのです」
ドガは、自らのつらい心境を打ち明けた。
ドイツで研究者として名を馳せていた彼は、ある日自宅に戻ると息をしていない妻と娘を目にした。急いで救命措置を行うもすでに事切れており、その時に部屋の窓際で見た化け物の姿が忘れられなかった。
すると同時期に同じような事件がいくつも起きており、それについて調べ真相を追求しないといけないと感じ、自身の研究を霊科学なる物に変え各地で情報や証拠収集をしていた。
そんな中捜査に行き詰まり、そんな時偶然出会った、海外出張でドイツを訪れていた大和と出会い仲良くなったという。
ドガの背後に、確かに具現霊がいる。彼は背後に振り返り、その霊の手と自身の手を重ね合わせる。
「カンタレーラ……ずっと、そばにいてくれるか?これからも」
「はい、勿論ですとも。もう、離れることはありません」
「あ、あああ……これは、夢ではないのだなハーネイトよ」
ハーネイトは、泣きながら地面に顔を向けるドガに対し、全て現実であり、今起きている事件もそうであることを再確認させるように言う。
ドガの傍で、手を添える具現霊カンタレーラは、夫にそっと返事し、それを聞いたドガの目は正気を取り戻していた。
そうして、夢ではないことを確認したうえで世界各地で、自身と同じつらい思いをしている人がまだ増えていることに憤っていた。
「私の、想定以上に事態は……よくないということか」
「その通りですドガ博士。いまや貴方も戦う力を身に着けた存在です。その力を、私たちに貸していただけませんか?」
「……ついて行けば、秘密は全て分かるのだな?」
「私の口からはあえてそう言いません。貴方の選択次第です。無理強いなど、できませんから」
ドガは一通り話を聞いた上で、ハーネイトの意味深な言葉が気になりつつも、既に自身がやるべきことは分かったと覚悟し、勇気を出して彼にこう言い放ったのであった。
「良かろう、いや。是非とも協力させてくれ。これ以上被害者を、出したくないのだ。それと、血徒という存在についても、ぜひ教えて欲しい」
「了承しましたドガ博士。しかし、血徒については情報がまだかなり不足しているのです。それだけはご了承を。では、渡したいものがありますので春花駅近くにあるホテル・ザ・ハルバナまで同行していただけませんか?」
「分かった、行こう」
「あのオッサンも、スカーファさんみたいに既に力に目覚めかけてたんだな」
「この国以外でも、悲しい事件は多く起きています。彼も、ずっと苦しみながら生きてきたと思います」
ドガ博士の意思を確かに感じ取ったハーネイトは、同行するように彼に話をする。
それを見ていた黒龍と亜里沙は、それぞれそう言い他の国でも起きている同様の事件の被害者が、こうして目の前にいることに戸惑いを隠し切れなかった。
その後、響たちに指示をし施設内に被害がどの程度出ているか確認をさせた。幸い一部壁や床が損傷していただけであり、ハーネイトはお得意の創金術ですべて治した後、殆どの仲間にポータルでホテルに向かうように指示し、自身は大和の車に乗りドガと共にホテルに向かい、到着するとすぐに地下の事務所までドガを案内した。
「これが、其方らが身に着けている通信端末か、ほう……腕に装着する物か。一時期こういうモデルもあったもんだな」
「扱い方はあとで教えます。これを身に着けた時から、新たな人生が始まります。その覚悟は、おありですか?」
「すでに妻と娘を亡くした今、残っている物はない。さあ、私を仲間に入れてくれ」
ドガはハーネイトに、正式に参加に加わることを確約し、ハーネイトはCデパイサーを与えた。
それを腕に着けたドガは、この装置の出来の良さと、着け心地の良さに驚いていた。ドガはその後、ハーネイトに他の地域でも起きた事件について、更に話をしたのであった。
「はあ……みんな本当によく働く。1段落したら、皆で慰安旅行って奴に連れて行きましょうか」
「そうねハーネイト、いいこと言うじゃない」
「当然だろ、士気の低下はあらゆる災いを連れてくる。それを防げるなら色々惜しみません」
「さっすが相棒。ホワイト企業ランキング常時1位の名は伊達じゃねえな」
ハーネイトは一旦研究所に戻るドガを見送った後、事務所で紅茶を飲みながら伯爵らと話をしていた。
今回の事件が終息したら、全員でどこかに行こうと考えていたハーネイトに、伯爵とリリーはとても楽しそうな感じで話に乗っていた。
このハーネイトという男は全体の士気を上げること、観察することに関して高い能力を持っている。
様々な経験則から、彼は仲間の意志の強さと士気の高さが生存率、任務遂行率を大幅に上げると感じていた。
色々自身の身を削るのも、そこに原因があった。彼が最も嫌うのは、寂しいと感じることである。あまりに強すぎる力と血徒の血を浴びても何ともない体がゆえに迫害されたり孤独に陥ったりと、彼はずっと苦しんで生きてきた。
だからこそ自身を理解してくれる者が目の前から消えて欲しくない、その無意識な願いが彼を突き動かす。
「でも、女神代行の本当の使命を知ったら、皆……うん」
「まあ、素直に納得できる人は少ねえだろうなあ。事実マルシアスへの対応についてどうも納得していない奴も少なくない。血徒についての話とルべオラがいたからまああれだけど。つか、あいつ何なのマジで。美味しいところ取りやがって!」
「落ち着いてよ伯爵。ああ……情報は手に入れたからそれで少しはいいかなと思うけど?今後の舵取りは難しいわね。でも、私はハーネイトのやり方が一番いいと思う。全員が納得する答えなんて、まず無理なのよ。人の考えは多種多様、だからね……」
話は続き、魔界復興同盟の幹部を倒さなかった件について何人かから不満な様子を感じ取ったハーネイトは、自身の任務と重ね合わせ仕事の難しさも感じていた。
特に矢田神村出身と血の気の多い人たちは同盟に所属している者は抹殺すべきともいう雰囲気を見せていたのであった。
だが真の敵は魔界に住むものでも掌に乗せて操る力を持つ、暴走した神造兵器とも言われる血徒なのである。
捜査の結果浮上した血徒の活動などからも、明らかに事件を裏で起こしている者であるのは確かなため、気持ちをこらえ、切り替えて対策を急ごうと一致団結したのであった。
そんな中響と彩音は、家に帰る途中カフェに寄りコーヒーを飲んでから、帰宅するため中央街の大きな歩道を歩きつつ話をしていた。
「なあ彩音……」
「どうしたの響」
「このいらいらとした、もやっとした気持ち、誰にぶつければいいんだろうか」
「私も、同じことを思っていたわ。でも、答えは出ているわよね」
ハーネイトと伯爵に助けられ、今までこうして戦ってきた。敵の正体に迫り、やっと分かったと思いきや、更に黒幕がいるとわかり複雑な感情を抱いていた二人は、それぞれ思うことを口に出しつつぼーっと空を見ていた。
「誰が悪くて、誰がいいのか本当に分からねえ」
「そうよね……だけど、今はっきりしていることはあるわ」
「どういうことだ彩音」
「……この一連の事件、裏に恐ろしい黒幕が潜んでいるってこと。先生たちでさえ、今の彼らの状態がまだ本調子ではないのもあるけれど交戦を避けるほどの敵だからね。私たちが勝つにはさらに強くならないとね!」
「だよな……そうだよな、へへへ。本当に彩音っていい子というなっうおおおっ!いてて……だ、大丈夫っすか?」
その時、響は出合い頭に女性とぶつかり、思わずよろけてしまった。ぶつかった女性は170cmを超え傘をさしながら至って平然と倒れた響を見ていた。
桃色の髪に赤を基調にした高貴なドレスを身に着けている美人な女性に思わず彼は見惚れていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます