第138話 幻霊と向き合うことの大切さ


 その後3人はレストランを訪れ、ハーネイトの言った料理長に券を渡す。本来料理長自ら客が食事を楽しむところに出て対応することはあり得ないのだが、どうもここのホテルは方針の関係からか他のホテルとの差異が所々に見受けられる。


「おや、ハーネイト様のお客様ですか。今日の日替わりランチを券と引き換えにご提供いたします」


「では、お願いするか」


「いやあ、高級レストランの食事なんて到底味わえるものではないな」


「見たことない食材……すごい」


 そうしてしばらくすると、料理の数々が運ばれてきた。それらはどれも普通見ないような美しい料理ばかりで、3人は目を奪われていた。静かに食事を始め、料理を口に運ぶと、全員が感動していた。


「この白身魚、程よく味付けされておる」


「この牛肉とソースの塩梅が絶妙すぎる」


「デザートのケーキも、今まで食べた中で一番おいしいネ」


 この食事の後、ギャルソンから聞いた話を聞いた3人は、ハーネイトが毎朝このレストランで食事をとっていることが羨ましいと思っていた。だが彼の少しやつれた顔を見ると、それくらいは当然の権利かと思い納得していた。そう、彼はホテルのトラブル解決屋でもある。


「そう言っていただいてありがとうございます」


「あのハーネイトという男も、毎日ここで食事をとっているのか?」


「はい、朝はほぼ毎日ですね」


「そのハーネイトさんについてですが……できる範囲で尋ねたいことがありまして」


 英次郎は気になっていたことを、近くにまだいた先ほど料理を運んだギャルソンに質問した。


 一体彼は何者なのか、初めて顔をきちんと見た時から只者ではない、人ではあるのだが何かがおかしいと思っていたのが理由であった。


「彼は影のオーナーと言いますか、宗次郎様からこのホテルをある意味で任されている存在です。ですがそれ以上のことは私も詳しく存じ上げません。ですが遥か遠くの地からここに訪れたとのことです」


「そうか、いやな。儂ら実は以前ハーネイトという男に助けられたことがあってな」


 話を聞いた3人はあくまでそういうものなのかと思いつつ、今度は宗像が、ハーネイトたちに助けられたあの事件の話をしたのであった。


「あの事件ですか……よく全員が無事に帰ってこられたなと思います」


「そうだな、しかしその事件の後遺症というべきか、幻聴などに悩まされておる」


「私もです。でも、原因が分かってすこしはほっとしました」


「あのお方はとてもやさしく、真摯に向き合う人ですよ。少し変わったところもありますが、ホテルの売り上げにも貢献していますし、何事も全力で仕事に取り組む人のようです。つらい時は話しかければ、良い答えが返ってくると思いますよ」


 そうギャルソンはいい、さり気にアドバイスしてみたのであった。既にほとんどのホテルスタッフが、ハーネイトを認めていた。それほどに、ハーネイトたちは日頃からよく働いていた。


 彼の言葉を聞いた3人はお礼をし、ホテルを後にし途中まで同じ道を歩き、春花駅前まで話をしてから解散したのであった。

 

 その間に響たちは修行も学業も怠らず、熱心に活動していた。そんな中、瞬麗は大学の講義が終わり、料理店のバイトに向かい仕事をした後帰宅しようとしていた。


 しかしふと、足を進めていたのは自身が死霊騎士に遭遇した場所である公園であった。

 

 近くにあった青色のベンチに腰掛け、彼女はため息をついていた。まだ時間はあるし、ここで少し休んでからバイトに行こうと、夕日が差し込む公園を見つめながら昔のことを思い出していた。


「はあ、リョウ……ようやく敵の正体、分かったけど……私、仇打てるかなあ」


 自身の愛した男が、死後もそばにいて守ってくれていたことについて、嬉しく思うもその原因を作った存在についての憎悪は増幅するばかりであり、しかし自身がそれに対抗できるか自問自答していた。


「どうしたんだい?」


「や、大和さん……」


 少しだけ話を彼女の後ろから聞いていた大和は、話に乗ろうと彼女の傍に座り、自身も大切な人を事件で失ったことについて話をした。


「俺も、妻をあれに殺された。そして、村を追われてな。ずっとどうすればいいんだってもやもやしていた。でな、あのハーネイト達に助けられて、恩を返そうと思ってここまで来たんだ」


「ハーネイトさん、素敵な人ですね」


「そうだな。ん……まずい、いやな予感がする」


 大和は以前感じた気配に気づき素早く構える。すると次の瞬間、目の前に馬に乗った死霊騎士が現れたのであった。


「え?ってきゃああ!」


「出たな例の幽霊騎士が!」


「ククク、良い生贄を見つけたぞ。今度は確実に回収する!」


 冷たい眼光で2人を見つめる死霊騎士は、手にした剣を二人に対し向ける。あの時の死霊騎士とは別物だが、異様な気を放っている。


「瞬麗、後ろに下がってろ!」


「大和さん?うわっ!手から光の剣が?」


「一応これでも、ハーネイトや伯爵から霊閃斬を習ったんでな!」


「ほう、少しはやるようだが」


 だが大和も焦っていた。これだけでどうにかできるほど甘い相手ではないのはよく知っている。だがまだ力を出せていない彼女を守れるのは自分だけだ。そう思うと勇気が出てくる。


 体を構えると同時に、Cデパイサーの外側にある緊急通信スイッチを静かに押し、近くにいる仲間に救援を求めた。


 だがその間にも死霊騎士は間合いを詰め、手にしていた武器を振り下ろしてきた。それを霊閃斬で受け止めてみた大和だったが、やはり敵わない。少しづつ敵のパワーに押されていた。


「ぬん!まだまだぬるいわ!」


「くっ、力が足りないというのか!」


「速やかに仕留め、ソロン様の元へ運ぶまでだ!」


「なっ……!」


 死霊騎士はふっと笑い、武器を一旦持ち直してからすかさず薙ぎ払い、2人を吹き飛ばした。


「キャアアアッ!!!」


「ぐああああっ!っ、体が」


「これで終わりだ……!」


 死霊騎士が武器を大和たちに向けたその時、異変が彼を襲った。急に体の動きが鈍る。すると同時に、ある声が周囲にこだましたのであった。


「そうはさせるかよ、醸しの手品だ!」


「ぐっ、これはなんだ!?」


 死霊騎士は自身の異変に気付き体を見る。すると紫色の帯のようなものが体中に現れ、力をどんどん奪われていくのを実感していた。原因は何なのかと推測しようとした矢先、声の本人が大和たちの前に立った。


「俺は微生界の王、サルモネラ伯爵だ。化け物退治と洒落込むかね!」


「貴様あ!どういう真似だこいつは!」


「おい、大和、それに瞬麗か。今一度心の声に耳を傾けろ。己の持てる力全てを解き放てや、根性見せろ!」


 そう、連絡を聞きつけてやってきたのは偶然街中でぶらり散歩をしていた伯爵であった。盛大に啖呵を切り名乗りを上げながら、自分のことはさて棚に上げておいて死霊騎士を化け物呼ばわりする。

 

 霊騎士も菌界人もその異質性はどっこいどっこいであり、互いに罵りあいながら伯爵は菌の大剣を、死霊騎士は剛剣を振り回しぶつけつばぜり合いになる。


「させるかああ!霊剣・絶魂斬り!」


「俺様にそげなもんきくわきゃねえだろう!」


 伯爵は珍しく近接戦で死霊騎士とやりあい、剣を交えはじきながら、また迫りつばぜり合いとなる。これは2人が覚醒するまでの時間稼ぎであり、自身を囮にしていたのであった。


 もちろん伯爵は自身の構造上斬る殴るなどの物理攻撃に対して本当に無敵なので、相手からしたら悪夢以外の何物でもない。かつてハーネイトを瀕死に追い込んだこの無敵能力はもはやギャグの領域である。


 しかも、U=ONE化の恩恵を受けヴィダールの神柱クラス級以下の霊量子操作による攻撃は一切無効化されている。というより死霊騎士の攻撃すら分解し自身のエネルギーに変換していた。


「……俺は、俺は!もうあんな後悔したくねえ!」


 伯爵が戦っている間、大和はひどい頭痛と共に、目の前に浮かぶ過去の情景を見ながら苦しみそう叫ぶ。


 あの日は出張であの時村から離れた場所にいた。妻のいる家に戻ると、生気を抜かれた妻が横たわり、その後ろに狼型の幽霊らしきものが自身の方を向き襲い掛かってくる。だがその幽霊は何かを感じ取りその場から消え、残ったのは魂を喰われた最愛の妻であった。


 俺は憎い、あいつらが何より憎い!そう大和は感情が心から溢れていく。すると目の前に姿形のはっきりしない何者か見える。


「私は、貴方の傍に……」


 その者は一言だけそう述べると、大和のあふれ出る憎しみを取り込み、巨大な異形の存在と化す。


「今のは、あいつの声か!?っ、別の声が聞こえる」


 更に、その異形な見た目をした悪魔のようなそれは、別の誰かの声で大和に対し名を呼ぶように促す。


「レンザーデビル……!お前の名、俺ははっきり聞いたぞ。……俺に、戦う力を、前に進む力を貸してくれ、香子っ!」


 無意識に大和は、心の中でそのレンザーデビルと言う具現霊と手を互いに差出し静かに握りながら、亡き妻の名前を口に出したのであった。


 一方で瞬麗も、ひどい頭痛で吐きそうになりながら心の中で、懐かしい声を聴いた。


「全く、お前は相変わらずだな」


「リョ、リョウ!?」


 声とともに、目の前に現れたのは瞬麗の彼氏であるリョウであった。姿形ははっきりしていないが、それでも彼女は一発で誰かが分かり泣きそうになる。


「そうだ。瞬麗……お前を置いて先に行ってしまった俺を、許してくれるのか?」


「許せ、ないわよ。何で、私をかばってっ!」


「お前のことを、愛しているからだ。だから、あの化け物に魂を吸われようとわずかにこの世に残りお前の傍にいたんだ」


 リョウの言葉に瞬麗は、泣きながらあの日のことについて問う。あの日は図書館で資料を2人で探していた。課題のレポートを作成するため、中国の歴史上の武人などに関しての本を探していた中、瞬麗は化け物に襲われた。


 それは魂食獣であり、逃げる彼女に気付いたリョウは彼女を逃がすため立ちはだかり、怒りを買った獣に食い殺されたのであった。


 その時彼が手にしていた本が地面に落ち、魔よけの神様として知られている秦瓊と尉遅恭について書いてあるページが開いたままであった。その時のことを彼女は一度たりとも忘れたことはなかったのであった。


「ねえ、リョウ……これからも、ずっとそばにいてくれるのよね。お願い、私に戦う力を!一緒に、あの化け物たちを倒したい」


「ああ、同じだよ瞬麗。魔よけの神様か……そんな存在になれるようになりたい。あんな怪異を、全て祓えるほどの男にな。なあ、俺のことをケイトクと呼んでくれないか?」


「うん……分かったわ、ケイトク。私も努力するから、貴方も名に見合った存在になってほしい」


 2人は心の中で抱き合い、ずっと一緒にいることを約束した。するとリョウ、いやケイトクの姿形が実体化する。


 こうして薄れる意識の中、2人はそれぞれ昔起きた悲劇を思い出していた。そのあと問いかけてきた者の名前を2人はしっかりと理解していた。


 すると形姿が不明瞭だった幻霊は、いつのまにか現霊と成りて契約を結び、2人の力となったのであった。


 大和は亡き妻のわずかに残った魂の残滓に自身の感情を纏わせ、強大な悪魔をレンザーデビルと言う具現霊とした。


「縁を結び、現世(うつしよ)に現霊映し出す者よ。我が名はレンザーデビル。鏡光と憎悪にて汝を護る者なり!」



 瞬麗は、亡き後も彼女のそばに居続けた恋人のわずかな魂に、自身の経験や知識などを共有させ補強しケイトクと言う名の具現霊を手にすることができた。


「縁を結び、現世(うつしよ)に現霊映し出す者よ。我が名はケイトク。神矛と俊足にて汝を護る者なり!」



 瞬麗と大和、2人はこうして霊量士、現霊士として覚醒したのであった。

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