第115話 ホテルのトラブル解決屋




「……思ったよりしんどいな。装備のデータ化もだけど、RGEで使用する宝石の加工も思ったより厄介だ。だが……あの道具は持ち込んで大丈夫なのか?うーん」


「あー、すまんが入っても構わないか?天王寺だ」


 デパートでの1件の翌日の夜遅く、ハーネイトはずっと研究室にこもって作業をしていた。いくつものPCを宗次郎に用意してもらい、自分たちが運んだ装置も含めフル活用し、ある研究を進めていた。


 当面伯爵とリリーに前線指揮や偵察を任せ、自身は少しでも仲間たちが戦いが楽になる発明をしていた。


 刀を取り戦うよりも、こっちの方が性に合うのではないかと思いながら彼は画面とにらみ合い、リズミカルにキーボードを美しい指先で打ち捌いていく。


 なのに、前に出てみんなのために戦う時の高揚感もまた、なかなか得難いものがある。ましてや、強敵と遭遇し死闘を演じることにも心が否定しても、体が喜んでいる。つくづく度し難いほどに面倒な男だと自身のことを思いながら、彼はひたすら研究と作業に没頭していた。


 そんな中、研究室のドアをノックしある男が入ってきた。それはレストランの料理長、天王寺であった。


「天王寺さん……ふああ、どうかなされましたか?」


「いや、忙しいのならば後でにするが」


 このホテルのレストランで料理長を任されている天王寺は、元々この現ホテルが刈谷グループに買い取られリニューアルする前から働いていたという。


 世界を渡り歩き、多種多様な料理を作れその評価も高い。宗次郎もその腕を認め、彼及び料理スタッフに引き続き業務をしてもらうように頼んだという。


「いえ、区切りは付きましたので大丈夫です」


「相変わらず根を詰めますなあ。宗次郎様から話を聞きましたが、この前の音楽フェスの際もご活躍成されたと」


「ははは、あれは本当に肝を冷やしましたね。敵も大分手段を取らなくなってきたようで、焦っているように見えます」


「そうですか……。少しでも被害に巻き込まれる人が減るのを私たちも願っています。ああ、それとですな。先日の会議でレストランで新規に提供しようとメニューについて話し合いをしましたが、完成品を試食して頂きたいのです」


「私の味覚が本当にどこまであてになるのかあれですがね……。庶民舌ですし。ですが案内してもらえますか?」


 ハーネイトはすぐに椅子から立ち上がると、天王寺の案内で事務室に戻り、そこで彼が運んできた料理を見たのであった。そう、天王寺は新作料理を彼に味見してもらいたく運んできたのであった。


「これは、新作料理ですか?」


「はい、夏向けのメニューですが、ぜひあなたに食べて頂きたく」


「そ、そうですか。では、頂きます」


 ハーネイトはきちんと頂きますと言い手を合わせてから、目の前にある料理を端で口に運んだ。


 日之国に滞在していた時に学んだその所作は、個人的に気に入っているという。一通り口に運び彼は感想を述べた。


「これは、いい塩梅ですね。あっさりした味付けも夏向きですね」


「ありがとうございます。遠く離れた場所から来た貴方の口に合うか不安でした」


「とてもおいしいです。料理長さんも、毎日こうして他の人たちと力を合わせ、メニューを考えているのですよね。苦労することも多いでしょう」


「それはありますが、何よりも一番に、いかにこのホテルを訪れたお客様に満足していただけるか、それを考えております」


 天王寺の言葉にハーネイトも思うところがあり、自身もホテルと何かと縁があることを話しその苦労について話を切り出した。


「私も、ホテルに出資したり経営に携わったりと何かとホテルに縁がありますが、その分苦労も多いです。私は今、影のオーナーという名目でここにいますが、真のオーナーこと雨月さんも、苦労話をたまになされます」


 探偵業及び何でも屋、そして事件の調査などに精力的な面が強いハーネイトだが、別に宗次郎からの表向きの仕事も間間できちっとしており、表向きのオーナーである雨月という男性や掃除スタッフ、受付係の人などと一通りコミュニケーションを取りながら問題の解決にあたっているという。


 その影響か、ホテル内のトラブルなども手早く問題を解決しサービスもよく、このホテル・ザ・ハルバナは数ヶ月で名実ともに人の絶えないホテルとなっていた。


「その各員の努力と苦労が、良い運営とサービスをもたらすのです。本当に、いつもお疲れ様です」


「それは貴方もです、ハーネイト様」


「私は、上司として、上に立つものとして仲間を守る義務がありますゆえ」


「フフフ、そうか。全く、上に立つというのは大変ですね」


 そうして二人は静かに話をしていた。そんな中事務所のドアをノックし入ってきた、まだ30代半ばの短髪で目をきりっとさせた男性がハーネイトに声をかけた。その男こそ、このホテルの総支配人、雨月 創輔うつき そうすけである。


「雨月さん、こんな夜中にどうしましたか?」


「ああ、機械の調子が悪くてな。貴方に見てもらおうかと」


「分かりました」


 ハーネイトはちょくちょくホテル内で起こるトラブルを、創金術などの能力を用いて解決している。


 そのためホテルの従業員からの信頼は厚く、また彼は優しく物腰柔らかな雰囲気で丁寧なため、良く頼られているという。


 それは伯爵やリリーもそうであったが、彼の扱う創金術はいくらでも応用の利く能力なため特にありがたがられているようで、特に驚くことはなく直すたびに拍手が起きるほどである。


「ええ、給水用のサーバーと、シーツなどを洗う洗濯機ですね。今すぐ行きましょうか」


「済まないな、一応探偵というか、トラブル解決屋としてここに居させている以上は、な」


「このくらいお安い御用ですよ、えへへ」


 早く治さないと色々面倒だと思ったハーネイトは、天王寺にあることを言い、おいしい食事をありがとうと言った。


 ハーネイトは雨月の言葉にそう返し、自分が何のためにホテルでこうして働いているのかを話す。


「天王寺さん、先ほどのメニュー、少しパンチを利かせたのも用意しておくといいかもしれません。食事、とてもおいしかったですよ。私庶民舌なので、あまり高級な物の味は分かりませぬ。一応それだけは覚えていてくださいね」


「アドバイスの方ありがとうございます。早速別のも作りますゆえ楽しみにしていてください」


「はい、待っていますよ」


 ハーネイトと雨月はすぐに部屋を出て、壊れた機械のある階に向かう。給水器と洗濯機それぞれを見て、彼は手に触れると内部にあるパーツを調べ、不具合のある個所を創金術で瞬時に治したのであった。


 動作確認も行い、雨月は本当に彼の能力が理解の範囲外クラスだということを思い知らされる。


「ふう……接触不良と内部がショートしかけていたのがあれか。もう治しましたよ」


「速いな。どういう技術を使っているのかあれだが、助かった」


「このくらいお安い御用ですよ雨月さん。あの、1つよろしいですか?」


「どうかなされましたかハーネイトさん」


 ハーネイトは思っていたことを確認したく雨月に問いかけた。それは自身が怖くないのかという、一種の不安からくるものであった。


「ここのホテルで働く皆さん、私のこと怖くないのですか?」


「そうですね、最初は驚きました。あの宗次郎様が一体どうかなされたかと思いました。正直私も、不安でしたがね」


 雨月は率直な感想をまず述べた。確かに誰もが、いきなり知らない人を重要な役職に置くこと自体に抵抗感が激しい。雨月もそれは同様であった。


 ましてや、他の国の人どころか異世界から来たとかいう噂を聞き当時は全員動揺していたと言う。


「ですが、初めてあなたの顔を見た時、何故か皆ほっとしていました。異世界からとか、そういうものをほとんど信じることがなく、受け入れがたい話でしたがあなたの優しげな顔を見て自分たちとさほど変わらない、けれど何か可能性を秘めた人だと思い、様子を見ることにしました」


 彼の雰囲気、話す言葉の流暢さや礼儀正しく誠実な人柄などから、最初に思っていた以上に好印象でいい感じの人だと思い、とりあえず一緒に仕事をしようと決めた雨月らホテルの従業員は、彼の働きぶりを見て感心していた。


「裏方からこうして、ホテルを支えているあなたもまた、今では重要な一員です。かゆいところに手が届き、それでいてホテル内外で起きる事件を容易く解決する力を持つあなたに、従業員一同尊敬の念を持っています」


「それが、宗次郎さんとの契約ですし仕事ですからね」


「本当に、貴方は職務に忠実なのですね。もう、怖いだの不安だのとは思いません。たとえどうであろうと、貴方はホテルを守り支えている結果がある。だから私たちも全力で業務に励むのです」


 彼もまた、大切なホテルの管理人。だから自分たちも全力を尽くす。そう言い交わし二人は連携をさらに強固なものにした。


 ハーネイト自身、第三者同士の交渉事や国同士での仲裁などを行うほど故郷では影響力があり、それで培われた様々な能力が、こういう場面でも生かされていた。


 彼は敵を作りづらい。その屈託のない笑顔と親切丁寧で謙虚な姿勢こそ、彼の真の切り札なのかもしれない。彼の処世術はこうであった。


「また、今度貴方が住んでいた世界のお話を聞かせてください。もしできるなら、一度行ってみたいものですが」


「もしその機会があれば、案内しますよ。私は研究に戻ります、雨月さんも体の方を気を付けてくださいね?」


「貴方も無理をなさらぬように。本調子でないのならば尚のことです」


「はは、そうですね。ではまた明日」


 そうして雨月と別れ研究室に戻ったハーネイトは、幾つも宝石を手に取り、解析器にかけながら画面に表示される何かをメモしつつ、再びPCの画面と向き合いながらデータの採集をしていたのであった。


 ようやくハーネイトが作業の手を止めたのは、朝の5時過ぎであった。椅子に大きくもたれ掛かり大きなあくびをして、研究室を出て事務所に戻ると、ハーネイトが部屋にいないことに気づいたリリーが既に起きており、何をしていたのか彼に問い詰めたのであった。

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