第107話 幻霊の試練と魔界の大異変?


「っ!頭が痛い……!」


「私も体がおかしい、わ……」


 ハーネイトと伯爵はすぐに、亜蘭と初音の様子がおかしいことに気づき駆け寄ると、状態を確認した。


 かなり状態が悪く、倒れこんだままその場から動けないほどであった。様子を見るにハーネイトは、異界化してすぐに症状が出始めていたと判断し、すぐにCデパイサーで霊量超常現象の発動準備を行いながら2人を仰向けに寝かせた。


 元々潜在的な素質を持つ者が、一定濃度以上の霊量子を浴びるとこのような症状を引き起こすため、急いで処置に当たる。


「幻霊の試練か、私が暴走を抑えよう」


「先生、大丈夫なんですか2人は」


「こればかりは本人次第だからな。だが、やってみせる」


 ハーネイトは疲れた体で2人が暴走しないように、少しづつ自身の気を混ぜた霊量子の風を送る。すると幻覚が見えている2人はうわごとのように何かを言い出した。


「僕、は、俺は、祖父の仇を……!それに、あんな化け物放っておけるかよ!」


「私の最愛の友達を、よくも!!!うぅ、痛い、痛い!」


 2人は苦悶の表情を浮かべていた。そう、2人は幻霊が見せる過去の記憶に苦しめられていた。それを見て伯爵はまずいんじゃないのかとハーネイトに言う。


「大分来ているな」


「やべえんじゃねえのか相棒」


 初めて事務所で話を聞いた時から、2人の体には素質を持つ者としての体の異変があり、ハーネイトは2人について注意を払ってはいたが、思っていた以上に幻霊の声が聞こえている状態であるとは見抜けなかったのであった。


「先生、姉を助けてください!」


「言われなくても2人を助けるまでだ。霊量超常現象・万里癒風!まとめて観客の人たちと関係者も治療する!」


 ハーネイトはタイミングを計り、Cデパイサーに入力し、霊量超常現象を発動させ2人の治療を行う。その余波で、近くにいた気を失っている人たちにも回復効果を与えていく。


「はあ、はあ、っ……これは、楚郎爺さん!」


「栄子……貴女なのね!」


 体の震えが止まり、2人はまだはっきりしない意識の中で幻聴の正体とはっきり向き合っていた。


「我が孫よ、儂はともかく、お前のことが心配で成仏できなかった。あの化け物は、力のあるやつを狙う、そう儂は突き止めたのじゃ。……儂を使い、あれを倒せ。夢を追い求める中で、障害になりうる、相手じゃ」


「私、苦しかった。すごく体が重くて苦しくて、幽霊か何かに取り付かれたみたいで、ふらっとしていたら……あのバイクが……。お願い、私の力、あんたに貸すから初音も、私に力を!」


 亜蘭を死後もそばで守っていた祖父の霊が、姿を変え怪盗紳士のようないでたちの、仕込み杖を持った仮面の男に変化する。名をゾロ・セラードという。


「ゾロ・セラード、か。楚郎爺さん、俺、戦うよ。もともと霊感が強い人が多い一族なのは知っていた。だったら……」


 初音に取り付いていた、成仏できなかった友人の霊も同様に変化し、巨大な筆を持った、中性的な絵描きの姿になった。名を聞いて初音は静かに言葉を返す。


「ゲンナイ?……そうか、分かったわ、一緒に戦って、犯人を倒そう!」


 すると、2人と具現霊と成った2体の幻霊が共鳴する。


「縁を結び、現世(うつしよ)に現霊映し出す者よ。我が名はゾロ。疾風と閃刃にて汝を護る者なり!」


「縁を結び、現世(うつしよ)に現霊映し出す者よ。我が名はゲンナイ。絵画と神筆にて汝を護る者なり!」


 亜蘭と初音は、半トランス状態でそう口上を述べ、無事に具現霊を獲得することができたのであった。

 

 すると2人の顔色は先ほどと違い血が通って元通りになっていた。2人に事情を説明したハーネイトはその後、異界化を解除するために戦った響たちにねぎらいの言葉を贈る。


 それとほぼ同時に、完全に異界化が解除され元の場所に帰還することができたのであった。


「状況終了、全員良く戦ってくれた」


「しんどかったな」


「全員無事に救出できてよかった」


「下手をすれば、大量の犠牲者が出ていました。皆さん、成長しましたね」


「そうだぜシャックス教官、俺らは止まらねえ、お前らも止まるんじゃねえぞ!」


「これにて、一件落着かしら。早くコーラ飲みたいわね」


「じゃあ売店に行こうぜリリエット姉さん」


 あれだけ巻き込まれた人がいながら、全員救出できたのは幸いであった。下手をすると犠牲者が出ていた局面もあったためハーネイトはほっとして肩の力を抜いていた。


「さあ、脅威も取り除いたことだし、フェスの続きを楽しみにしようか」


「嘘だろ、30分程度しか時間が過ぎてない?」


「みんなよく働いてくれたからだ」


 実際の時間と、体感した時間とでずれが起きている。翼や響は驚いていたが、ハーネイトの説明を聞くと納得し、その場に座り込んだ。


「本当にフェスこのまま続けられるのですか先生」


「渡野さんをはじめ、観客らへの記憶操作は一応うまくいったみたいだからあれだね。問題は……」


「私の姉と、亜蘭さん……ですか」


「君のお姉さんまで力を手にしてしまうとは、大丈夫なのかこれ」


 果たしてフェスの続きは……と全員は思っていたが、記憶操作が功を奏し、時間が一時間ほどずれ込んだがそれでもフェスは続行し、会場は再び盛り上がっていた。


「さあ、楽しもうぜ相棒。勝利の後の美酒はうまいだろ?」


「……酒は飲まないが、言いたいことはわかる」


 ハーネイトは少し苦笑いし、再びにぎわっていく会場を見ながら、多種多様な音楽を聴き故郷では体験できなかった貴重な時間を過ごした。


 響や彩音たちも、先生の傍にいながら楽しい一時を過ごすことができ、彼の意外な一面を見るととても嬉しそうな顔をしていたのであった。


「みんなご苦労だったな、おかげでどうにかフェスは滞りなく成功に終わった。しかし、観客の中には30分ほど記憶がないという人がかなりいたのだが……」


「それは私が説明します」


 フェスが終わり、会場の後片付けを手伝ったハーネイトたちは日が沈んでから事務所に戻り、居合わせた宗次郎と共に今日の報告を行った。


「なんだと、そういうことがあったのかい」


「そうじゃよ宗次郎。全く、儂まで仕事をする羽目になったわい」


 記憶操作のために奔走した文治郎は肩が凝ったと肩を回しながら、面倒な様子で文治郎にそう話した。


「まあ、だがこれで敵も黙っておるまい。計画が進んでいない以上、何をしでかすか分からんだろう」


「それが最大の懸念ですね」


「そうなろうが、無茶なことだろうが俺たちの仕事だ、全て解決するのが俺たちだ」


 伯爵は盛大にソファーでくつろぎながらも話に加わり、自身らの責務がどれだけ重大かを話した。


「只者ではないと思っていた、しかし、僕の予想をはるかに超えすぎていた」


「彩音の言っていたことは、本当だったわ。こうしてみると本当に、ね」


 経過を見るためハーネイトは亜蘭と初音を事務所に招き状態の確認を再度行い、異変はなかったためほっとしていた。


 2人とも、改めてこのハーネイトという男がすごい男であることを理解し自身の能力も鑑みて、あるお願いをしたのであった。


「僕も改めて、仲間に加えてほしいなあ。アイドル活動の間に参加できればだが」


「分かった、2人ともこれより私の指揮下に入るけど、問題は?」


「ああ、構わないさ。こうして祖父と再び出会えたのだからな」


「私も、妹が戦っているのに姉が何もしないでいい訳ないわ。それに、友達の仇を取るの」


 仕事の傍ら、力をつけてこれ以上被害者を出さないように戦いたいという意志を見せた二人を見て、ハーネイトは二人に握手を求めた。


 そう、彼らもまた一員として活動することを認められたのであった。


「皆、本当に困難な中よく働いてくれた。今日は私が料理長と考えた新メニューを食べて行ってくれ」


 そうしてハーネイト達は、ホテルのレストランで食事会と飲み会を行いしばし楽しい時を過ごしていた。今日も全員、無事に帰ってきた。


 ハーネイトはその結果に満足し宗次郎の傘下にあるジュース会社が製造しているぶどうジュースを飲み響たちをじっと見ていたのであった。





 ここは魔界、その一角に魔界復興同盟の支配する地域がある。その中央にそびえる宮殿のような建物の内部にある一室で、同名の幹部たちが会議を行っていたのであった。


 全員強力な魔界人であり、各自が高い戦闘力を持つ。その彼らの首元には、あの血徒刻印が刻まれていた。


「最近我らの邪魔をする者がいるな」


「人間の集団だが、どうも変な奴がいる。ソロン様と同じような気を放つ者が数名おる」


「そうらしいのう、それで、例の作戦は」


「作戦は失敗したのう、これでは目覚めさせるのに必要な力が足りぬ」


「気運を増幅させるのも骨が折れるのう」


 ここ最近、計画を妨害する者がいるようであり、死霊騎士が数体撃破されていることからその妨害する者たちを探ろうとしていた。


 このままでは紅き災星が地球に迫るまでに計画を達成できない。それについて話が進んでいく。


「そう言えば、こういうものを回収してきたのだが、どう思う」


「何じゃこれは」


 すると幹部の1人である魔界復興同盟第6位のエフィスという、端麗な魔界人があるものを手にしそれを頭上に掲げ他の幹部たちに見せつける。


 それは、禍々しい気配を放つ一枚のカードであった。


「力を増幅させることができる代物だという」


「これを使い暴れながら、混乱した隙に死霊騎士を使い多くの命を狩るのはどうかな」


「やってみる価値はある」


 エフィスは部下を使い実験し、これを使えば戦闘力を飛躍的に向上することが可能だと説明した。


 それは、幹部たち自ら動かなければ、目的を完遂するのが難しいのではないかという彼からのメッセージであった。


「しかし、辺境の村での異変はどうするか」


「それよりもソロン様を甦らせる、それにすべてを!」


「ソロン!ソロン!」


「……ここまでくると、狂気に支配されたようだな。あの日から、何故おかしくなったのだ」

 

 そんな中、ある幹部だけは冷静にその異様な雰囲気に気持ちが悪いと思い先にその場を去った。


 それが、魔界復興同盟のナンバー4、マルシアスであった。トップ3がある女悪魔人と接触してから組織全体がおかしくなってきた。そう感じ独自に調査を行っていたのであった。



「戻ってきたのに、体が、おかしいっ、私も、あの病気、なってしまった、のか?」


 幹部たちが話をしている少し前、魔界人のザジバルナはどうにか魔界まで戻ってきたのだが、すでに体はボロボロであった。


 彼女は血徒に感染し、このままでは身を滅ぼす確率が高い状態であった。時折吐血し、それでも赤き流星の情報を伝えようと力を振り絞り宮殿まで歩こうとするが、眩暈を起こしその場で倒れてしまったのであった。


「こ奴、相当重度じゃな」


「とりあえず助けてから尋問するか?」


「どこかに運ぶぞ。手伝えアントラックス」


 瀕死のザジバルナを見つけ助けたのは、何とルべオラたち3人組であった。どうにかしてこの魔界人を助け、魔界での血徒活動について情報を得ようとしていたがどこに運ぼうか悩んでいたその時、3人の背後から聞き慣れた声がし全員が振り返る。


「私も手伝うわ。全く、ハーネイトは何考えてるのよ」


「エヴィラ侯爵!」


 そこには、優雅にたたずむエヴィラ侯爵が立っていた。彼女はいい隠れる場所があるといい3人の手助けをすると申し出る。


「やべえっ」


「貴方たちもU=ONEになったのは分かっているわ。ハーネイトに会ったら、一発張り倒してあげようかしら」


「U=ONEの力を独り占めはよくないぞエヴィラお嬢」


「あんたに言われたくないわ、それよりもっ!急ぐわよ」


 エヴィラはハーネイトに対して文句を言いながら、ルべオラに対してもきつい口調で言葉を返してからザジバルナを片腕で抱え、街中の人気が全くない路地まで移動するとハーネイト直伝の治療魔法を使いザジバルナの体を治していく。


 更に取り付いていた血徒の分霊体を引きずり出すと、彼女は一閃の下切り捨てたのであった。


「17衆のイエロスタ、かしら。下種なマネをしてくれるわね」


「流石エヴィラ醸、うむ」


「うぐっ、お前らは、何者だ!」


「俺たちはある病気について調査をしている者だ、お前がかかっていたそれは、感染する病気なのだよ」


 エヴィラはすぐに分霊体の解析を行い、ルべオラは彼女の腕を褒める。その間にザジバルナは目を覚まし、4人の顔を見ると驚く。更に話を聞いて、目を丸くしながら体をがたがた振るわせる。


「何だ、と?我らが病気じゃと?」


「うむ、このままでは魔界人たちの多くが死ぬかゾンビか、ある物の手駒と化すのじゃが、ん?」


「そんな、嘘よっ!」


「事実なのだ。まさかお前の仲間にも、変わってしまったやつがいるか?」


「ああ、それなら今の幹部たちの殆どは人が変わったみたいになってるぞ」


 ザジバルナは信じられないと言いながら動揺するが、ぺスティスは冷静になるように言い、ルべオラはこのまま放置した結果について述べると彼女に対し異変を起こしている奴がいるかを問う。


 すると、殆どの同盟幹部は性格などが変わってしまったようだと彼女は証言した。


「これは、面倒なことになってきたのう。魔界復興同盟が血徒の傀儡と化しておるかもな」


「血徒……?」


「俺らは元だが、この世全ての生物に災いを与える死使者、と言えばいいか」


「っ!どうすればいいのだ」


「とりあえず協力しな。もう手遅れかもしれんが、被害を抑えることはできる。俺らはあいつらより強いんでな」


「分かった、村まで案内しよう」


「行くぞ!」


 ルべオラは、顔色を悪くしながら懸念していたことが事実であったことに頭を抱える。それを聞いたザジバルナは4人に協力すると言い、こうしてU=ONEと化した4名の微生界人は、ザジバルナの案内で都市を抜け出すと、辺境のある町まで向かうことにしたのであった。

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