第55話 3名の被害者
ハーネイトはコートを脱いでスタンドにかけ、事務室のソファーに腰掛け響たちに次の招集があるまでは好きにしていいと指示を出してから、改めて3名の被害者を対面にあるソファーに座らせる。
それから伯爵とリリーが飲み物を持ってきて3人の机の目の前に置くと、一番先に渡野が自己紹介を行う。
「私は渡野綾香、ってももう知っていますよねハーネイトさんは。駅の近くにある商店街で花屋を両親と営んでいるの。長いことここに住んでいるけど、異変を感じたのは亜里沙さんが行方不明になった半年ほど前からね。突然意識を失う人が出てきて……」
綾香はそう自己紹介し、自身もある情報をみんなと共有するため話をした。それを聞いたハーネイトは茶化すことなど決してせず真剣に彼女の話を聞いていた。
魂食獣に精神を喰われている被害者もいるのだろうか、そう思うと尚のこと彼は彼女の話す内容を手早くメモしていく。
「俺は音峰剛人。九条大学でアメフト部に所属している大学2年生だ。行方不明事件の一連の経緯については少し前に知ったが、まさか俺も事件に巻き込まれる羽目になるとは思ってなかった。……助けて頂き感謝する」
アメフト界の期待の新人と呼ばれる音峰は、事件のことについてはニュースでたまに知る程度でありここまでの事態になっていることに気づいていなかったことを説明した。それに時枝たちも同じだったと答え、風峰は少しほっとし腕を組みながらハーネイトと伯爵の方を見ていた。
「俺は田村惣一郎という。俺も例の行方不明事件の時に、翼や時枝たちを捜索していたのだが……ある男たちの存在を知って気にはしていた。しかしこのような形で出会うとはな。改めて礼を言おう」
田村は集団行方不明事件の後、翼を含めた他の生徒からハーネイトたちに関する情報を手に入れ探していたことを話した。
それは大和と同じく、学生を始めとした被害者を助けてくれたことに関して礼を言いたかったからであった。
その結果今こうして出会っている。その状況に彼は苦笑いしながらもこの出会いに感謝していたのであった。
「そう、ですか。……私がもっとしっかりしていれば3人をこのような事件に巻き込むことなく……こんなんで、優しくて強き王(モナーク)になれるのか、恩師……っ」
ハーネイトは3人の話をすべて聞いた上で謝罪した。なぜなら、結果として今回も3人がその影響を受けてしまった。そのことが許せなかったのであった。王になるなら、もっと未然に動いて阻止するくらいの気概で行かないと、そう彼は信念を持っていた。
「ハーネイトさん、私は感謝しています。おかげで、甥と姪の命を奪った存在の正体が分かってきたわ。出来ることなら、もっと協力したいわ」
「俺も何かできることがあれば手伝おう。アメフトの練習がない時はバイトか筋トレしかしないのでな」
「多くの生徒を助けてくれた事実に加え、妹や亡くなった生徒たちの仇についてようやく手掛かりを掴めた。頭を上げて欲しい、ハーネイトさん。本当に、ありがとうございました」
3人はハーネイトの謝罪に対し、それぞれそう答えた。それはハーネイトの予想を超えたものであり彼ははっとしていた。
「ハーネイト先生って、先生というよりかは友達?対等?偉そうじゃなくて謙虚なのはすごく好感持てるけど、あそこまで謝らなくてもいいのにと思うんだけど」
「伯爵さんはともかく、ハーネイト先生は重圧に耐えようとしているのよ。本当に昔から、とても責任感が強くて、自分を何かと責めてしまうみたいね。リリーさんから聞いたわ。先生たちの今していることは、とてもいいことなのに」
「女神代行、って前に言ってたな。それがきついのか?」
間城の指摘に対し彩音は先生をフォローする。今のところこの中ではハーネイトと一番付き合いが長いため、ハーネイトの性格について大分理解しているようであり、彼なりの苦悩も感じていた。
「本当は戦うよりも寝ていたい、そういう人だって彼は言っていました」
「亜里沙……そうだな、でも兄貴は楽しんでいる節もあると思うぜ」
「どうでしょうか。確かに戦いのときほど彼を頼もしいと思ったことはないです。ですが矛盾した気持ちを抱えたまま戦っているとしたら」
「だったらさ、少しでも先生たちが楽できるように私たちが強くなればいいわ。それと楽しいことも教えないと。先生は戦い続けてきて、日常の幸せが良く分からない節がありそうね」
亜里沙と翼はそう話し、彼女はハーネイトがどこか自分の気持ちに嘘をつきながら、矛盾を抱えて生きているのではないかと見抜いていた。
それに彩音が、自分たちが強くなれば先生をもっと楽にできるし、彼自身の得意な戦い方、大物狩りに専念できるのではと思いそう口に出したのであった。
あの時遭遇した、巨大な生物を相手にハーネイトは何の苦もなく、むしろ楽しそうに撃破している。
それを見て彩音たちは、彼の故郷ではああいう巨大な生物による襲撃が良くあって、それを倒すことで人々に認められてきたのだろうかと考え、異能の力を持つ存在の苦しい心境を感じ取ろうとしていた。
そんな中、ホテルの温泉を利用しリフレッシュしてきた九龍と五丈厳が事務室を訪れた。
「来たぞ先公、それとお前らも行ってきたらどうだ」
「そうだぜお前ら、早く疲れは取らねえとな」
「分かったけど、もう少し先生たちと話してから行くよ」
「そうか、まあいいけど。てか田村先生、マジで……?」
「おう九龍か、それにお前は情報科の五丈厳だな。お前らもこのハーネイトという男の仕事を手伝っているのか?」
2人とも、何故田村先生がこの場にいたのか驚くも、ハーネイトが改めて事情を話し納得する。この田村という男は学園内でも人気の先生であり、話の分かる熱血教師という立ち位置であった。
「田村先生は人気者なのですね?」
「そ、そうか?俺はいつも通り……ってどうした翼!」
「マジで心配したんだぜ先生、あんたまで俺たちと同じ目に合うなんてよ」」
翼は田村先生に対し泣きそうな顔でそう言い、本当に心配していたんだと訴える。それを見た田村は、翼の頭を撫でながら大丈夫だと諭しこう言う。
「大丈夫だお前ら。俺はあんな奴等には決して負けない。そうだ、俺を置いて先に行っちまった人たちの分まで生きるんだと誓っているのでな」
「田村さん、あなたもかなり訳ありな過去があるようですね、何だか……あの時の自分と重なる感じが、します」
「ああ、さっき話した通りだ。俺も、もうあんな思いはしたくないのでな。それと伯爵やユミロという大柄の男から話を聞いたが、是非協力を申し出たいのだ」
田村もまた、話を聞いて今何が起きているのかを全て知り見て見ぬふりなどできるわけないと奮起し、協力することを伝える。
だがハーネイトの表情はどこか曇っているようであった。その理由は、3人の今の状態にあるという。
「3人とも、一応事件の影響で霊覚孔が半覚醒している状態です。それが原因であの罠が起動し、引きずり込まれたと。そうなるとこの先、過去の記憶や経験があなた方を苦しめることがあるかもしれません」
「そうなのか……、それで、それはどうすれば大丈夫なのか?」
「自分自身や、過去の事象などを振り返りながら心の中で対面し、受け入れることが大切です。それが核となり、今まで培ってきた経験の力と合わさることで、具現霊と呼ばれる背後に現れし助けてくれる守護霊と成るのです」
「わ、分かったわ。や、やってみるねハーネイトさん」
ハーネイトのアドバイスを聞いた3人は、少しずつでもいい、前に進みたいという気持ちでいっぱいであった。
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