第53話 残りの霊騎士と被害者たちの救出
異界空間に引きずり込まれたハーネイト一行は、周囲を見渡す。通路は気運により汚染されているところで通れないところがあり、このエリアの通路の出口まで点在している。
「早速引きずり込まれたわけだが、すぐ目に付くところに装置はない」
「てことは、それも探しながら3人を見つけないといけないのね」
「そうだ彩音。しかしここは……道が少し複雑だ。それと、気運汚染でまともに通れないところがある」
「じゃあどうすれば……」
「今回は最短ルートで汚染を除染しながら道の先を進む必要がある」
「時間との勝負ですね」
今回は見渡す限り結界石などが存在せず、単純に汚染がそこに起きているだけのようであるとハーネイトやリリーは分析し、伯爵は別のところから汚染が侵食しているようだと話をする。
今やるべきことは被害者の救出であり、向こうのエリアに行くまでの通路を確保すること。それをハーネイトは指示する。
「幸い大体一本道なのが救いかもな、ちゃっちゃと片付けるぞ。それと、ここを抜けた先に何かいる。菌探知によるものだが、3人と霊騎士か?被害者いるな、うん」
伯爵の言葉を聞き、この先に被害者がいるとみて間違いないと全員はそう思いすぐに行動に移す。
「しかし、正式に組織を発足させる前にこうなるとは、これも私が悪いのか?」
「そうではないと思うんだけどねえ、敵はこちらの都合なんて聞かないでしょう?」
「その通りだぜ」
「だったら、こちらも敵の都合は聞かないまでだ!座標指定、剣雨(つるぎあめ)、涙となりて降り注げ!創金剣術・剣雨(ブレイドレイン)!」
ハーネイトはそうぼやきながらも、早速攻撃を仕掛け、創金剣の雨をエリア全体に降り注がせ汚染された場所を幾つか吹き飛ばす。
「おっと、こいつはAミッション版の奴か。っしゃあ、道が開けたところがあるぞ」
「どんどん前に進め!っとそうはさせないぜ!」
伯爵はハーネイトの放った技で、汚染がひどく通ることも困難なポイントが消滅したことを把握し響たちに対し、注意しながら道の先へ進むよう指示を出す。
リシェルはそんな彼らをよく見ていたが、いきなり不意を突く形で魂食獣が出現し、彼は手にしていた魔銃シムナグデルタでそれを打ち抜き支援する。
「助かりましたリシェルさん!」
「後ろは気にせず前に行け!ブラッド、あいつらの援護をしてやれ」
「分かってらぁ!まとめて焼き畑農業にしてくれるぜ、焔柱ぁ(ほむらばしら)!!!」
リシェルの要請に応え、ブラッドが炎を脚から放出しながら飛翔し、地面に向けて急降下し豪快に床を拳で殴り着地する。
すると彼の前方にいくつもの強烈な温度を放つ火炎柱が発生し、気運汚染を焼いて吹き飛ばし浄化する。その光景は、まるで石油火災で大爆発が起きたのと同じようであり高校生たちは唖然とする。
「なんて火力なの。凄い人連れてきたわね……あの紫色でいっぱいなところが消し飛んだわ」
「俺たちも、やってやるか?」
間城と時枝、亜里沙はハーネイトたちより後方で仲間が戦っている所を見ていた。
各自得意な間合いや攻撃、戦技がある。それをもう一度確認し、自分たちなりの戦い方を追求しようと各自具現霊を召喚する。
「時枝と間城、亜里沙さんも出来そうならば具現霊の戦技であの汚染を消し飛ばしてみるといい」
「了解だ先生!ミチザネ、力を貸してくれ!」
「いいでしょう、あの辺りに落とすぞ。……雷落!!!」
「やってやるわ、アイアス!響たちにバリアを」
時枝は具現霊ミチザネの能力を使い、遠距離から任意の座標に対して落雷を発生させ汚染気運を蒸発させる。
一方で間城は前に出て、響たちに対し具現霊アイアスの能力でバリアを展開し、敵の攻撃を防ぎ味方の進軍を援護する。
「狙ってやれるかはわかりませんが、これはどうでしょう!」
「巻き起こすぜ大風の裁きを!祓風(はらいかぜ)!!!」
「相棒の剣雨と似た、ランダムに吹き飛ばすあれか、だがいいぞ!あと少しで突破できるぜ」
亜里沙は念を込めて、具現霊・碧銀孔雀の力を介抱し、エリア全体に魔を払う風を発生させる。これにより気運の幾つかが吹き飛ばされながら浄化されていく。
「邪魔よ貴方たち!まとめて処分市なんだからぁ!弁天、音響斬嵐(おんきょうざんらん)を!」
「そこをどけ!言乃葉、魔刃斬だ!」
「アイアス、豪快にやっちゃって!攻衡七盾(こうしょうしちじゅん)よ!」
通路を塞ぐ最後の汚染エリアを、響たち3人は同時攻撃で豪快に消し飛ばした。これで先に安全に進むことができ、後方にいたハーネイトやリシェル、リリーは急いで向かい合流し、次のエリアに足を進めた。
「ようやくここまで……ってゼノン!」
「他にも誰かいるわ」
ハーネイトは伯爵とともに、向こう側で誰かが戦っていること、その中にゼノンたち霊騎士と、以前宝石をあげた情報提供者、渡野綾香の存在を確認した。更に響と彩音は遠くに誰かがいるのを確認し、その1人がゼノンであることを理解した。
するとそこには暴走したゼノンの仲間2人と、それを止めようとするゼノン、ヴァストロー、アストレア、モルガレッタ。更に地面に倒れている行方不明者3人を発見した。
ハーネイトは被害者の治療を行うため先行し、伯爵たちに対しヴァストローらの援護をしてくれと命じる。
「おい、大丈夫か……って綾香さん!やはりか。渡していた宝石のおかげで場所が分かるとはな」
「うぅ、あ、貴方はあの時、の!助けに、来てくれたのね……!」
「ああそうだ、しかし、あの女の子たちにやられたのか?」
「そ、そうよ……いきなりこんなところに引きずり込まれちゃって、出ようと出口を3人で探していたんだけど、その時に……」
苦しむ綾香にハーネイトは優しく声をかけ励ます。その声を聴いた綾香の顔に血の気が戻る。彼の声自体にそういう力があるらしく、癒しの声を持つ男として彼の故郷では有名であった。
ただし当の本人は声の高さが自身の出自に関する話の次にコンプレックスであり、敵に脅迫をかけようにも意味を全くなさず苦労した経験があるという。
それから他の2人も観察しながら、命に関わるようなけがなどは全く負っていないことを確認すると一息つき、間に合ってよかったとハーネイトは笑顔を見せる。
その顔を見た綾香と男性2人の顔が思わず赤くなる。そう、彼は声だけでなく笑顔にも不思議な力を持っている。
笑顔だけで、大軍を落とし戦争を終わらせたという逸話があるほどに、彼の放つ力は不思議かつ、感じた者に良い影響を与える。
「そう、だぜ……あれは化け物、か?人、なのか?っ、手ひどくやられたな全く」
「お前、か。うちの生徒たちが言っていた、霊の事件を解決した、救世主か?若いな……」
「今治療をしますから少し静かにしていてください」
アメフトの練習をして休憩中に突然引きずり込まれた若い男と、ジャージ姿の男はそれぞれそう口にしながら、目の前にいる若く美しく、見方によれば女性にも見えるような、それでいて何か底が見えないようなこの男を見ていた。
妙に色っぽい、この2人はそう感じていたが失礼だと思い口に出さずハーネイトの指示に従い魔法治療を受ける。
ハーネイトはすぐに人差し指と中指で印を作り、緑色のさわやかな風を自身の周囲に吹かせ3人を包み込む。それはまさに癒しの風。難病ですら瞬で治すという奇跡の季節風の力は、今まで多くの命を救ってきたという。
これが彼が、戦神でありながら医神とも呼ばれる由縁である。
「すごい、あの人たちから受けた傷が消えたわ……それに、体に力が!ありがとうございますハーネイトさん」
「……ありがとう、おかげで助かった。俺は音峰という。しかしお前は一体何者なのだ」
「礼を言うが、何故うちの学園の生徒と……」
「……事情はここを出てから説明します。あなた方はそこにいてください。ユミロ、3人の護衛に!」
3人はお礼を言うと、ハーネイトは指示を出し胸ポケットからペンを取り出す。すると何かがそこから飛び出てきたのであった。
「ぬおぉおおおお!マスター、了承した!」
「なんだ、と?これは人間なのか?」
3人の目の前に突然現れた巨大な4mもの背丈の男、ユミロの姿を見て全員が恐怖で身をすくませていたが、彼が自分たちを守る様に立ちはだかっているのを見て安心していた。
「何と恐ろしい……しかし、わしらの盾になっておるな。このような生物は見たことがないが」
「動かない、でくれ。マスターは、優しくて強き王(モナーク)を目指す存在だ。その配下として、俺が、お前ら、守る!」
ユミロは嬉しそうにハーネイトのことをそう言い、顔見知りであった綾香は確かにそうねと思いながら、これが運命の出会いなのかと思って顔を赤らめていた。優しくて強き王(モナーク)、その言葉に彼女もまた、どこか心を惹かれていた。
それを聞いた田村と音峰は彼女に対しあの男が何者なのかを質問していたのであった。
一方で、伯爵はというと指示通りヴァストローらのもとに駆け付け話しかけた。
「おいおい、そこのおじさんよ、何があった!」
「おお、貴様がハーネイトの相棒という男か、今取り込み中でな」
「伯爵さん、残りの2人とようやく再会したのですが様子が変なのです」
「何かに支配されているようだ、どうすればいいんだこれは」
ゼノンは伯爵にそう説明し、アストレアたちの言葉と2人を包み込んでいる気運から即座に何が起きているか彼は判断した。
「ちっ、お前らの上司とかそういう奴らの正気を失わせた、神柱級の気運の影響を受けてやがる。霊体だけの存在はやはり影響を受けやすいみてえだなおい。まあ俺様微生物だからあれやけど!」
「やはりか、すまんがあの2人を正気に戻させてくれぬか!」
「まあ、できる限りやってみるが、保証はできねえな」
ヴァストローもまた、2人を抑えようと技をかけていたが1人で2人を抑え込むのに力を使いすぎていたようであり、あとを任せるという。
「分かった、伯爵先生、援護を」
「ヘイヘイ、彩音にはリリーがつけ。それと何か近づいていやがる。リシェルとブラッド、確認してこいや」
暴走している2人を止めるため、伯爵はすぐに1人当たり2人で手分けして彼女らの正気を戻そうと行動を起こす。
「時枝君、私たちもあの大男の傍にいましょう。いざという時は私たちも!」
「そうだな。それと亜里沙さんもだ」
「了解したわ。何が何でも被害者たちを守り抜くのよ!」
間城と時枝、亜里沙はユミロの傍に移動し自分たちも何かあった場合に守る姿勢をとる。それを見たユミロはニコッと笑いながら、終始警戒し不意に迫る敵がいないか意識を常に配っていた。
「大魔法24式・円気縛(えんきばく)!」
「目を覚まして!癒音波!」
リリーの大魔法が霊騎士・グラシエラの体を拘束し、その隙に彩音が音の力を用いて気運を吹き飛ばす。すると彼女の瞳に光が戻り始めた。
「目ぇ覚ませや、まだ完全に支配されてねえだろ?」
「言之葉、言呪を!」
「言呪・破!!!」
伯爵は、2人の様子からまだ間に合うと判断し、暴走している霊騎士・リュミエールに対し眷属を鞭にして手足を拘束した。
響はそれを見計らい、言之葉の能力を用いて呪いを吹き飛ばす一撃を撃ちだし、リュミエールに取り付いていた気運を吹き飛ばした。するとリュミエールはその場に倒れ、動きを止めたのであった。
「うぐ、っ……ここは」
「私は、何を……頭、痛いわ……」
「無事か、グラシエラ、リュミエール!」
「はい……っ!」
ヴァストローたちは二人のもとに駆け寄り体を抱きかかえ様子を見る。幸い影響を受けた時間が短かったのか完全な汚染を免れていたが、体力を消費しているのは目に見えていた。
「ゼノン姉さん……私っ」
「無理にしゃべらないで。貴方たち死霊騎士になりかけていたのよ」
「そ、んな……それに隊長、ご無事だったのです、ね……!」
「私以外は全員敵の手に落ちた、がな」
まさか行方不明になっていた上司の一人に会えると思わず、グラシエラは泣いていた。ヴァストローの話を聞いた上で、自身らはゼノンらと同じく力のある人を探していたがこの近くを訪れてから急におかしくなったという。
それから、まるで頭がぼーっとして、自分が何者か分からなくなるほどになり我を失ったと2人は証言したのであった。
「アストレア、モルガレッタ……すまない」
「んなことよりも全員に感謝しなさい。私たちの代わりに、仕事をしてくれる人達よ」
「そう、なのね……みんな、また会えてよかった…っ」
リュミエールは2人に抱きかかえられながら、ハーネイトたちを見てからお礼の一言を述べた。
その時だった。奥の方から今まで感じたこともない威圧感を覚え全員がその方角を向く。すると地面が大きく揺れ何かが動いているのをハーネイトたちは感じ、体勢を立て直すのであった。
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