ムカつく女上司をシバこう

なかの豹吏

第1話

 



「ふぅ、大分片付いたな」



 午前中までに仕上げる予定の仕事を終えて、ちょうどお昼休みだ。 同僚達は弁当を取り出したり、何人かで外にランチに行こうと席を立ち出した。


 俺はというと……。



「工藤君、ちょっと会議室に来てくれる?」


「あ、はい」



「おい、また工藤が城島きじまさんに呼び出されてるぞ」

「昼まで説教かよ……」

「工藤君ばっかり可哀想……この間も二人で残業させられてたのに」

「外回りにも連れ回されてるし、言い方悪いけど、奴隷みたい……」



 同僚達の哀れみの声が聞こえる中、俺は上司の城島さんに連れられて会議室に向かった。


 俺が会議室に入り椅子に腰掛けると、城島さんはドアを閉めて鍵をかける。


 彼女は俺に向かい合って座り、そして、



「工藤君……」



 そう言って彼女が取り出したのは、


「これ、今日のお弁当です」

「おっ、サンキュー」


 おお、俺の好物がぎっしりだな。


「味付けとか、気に入らないところあったら言ってください」


「うん、いただきまーす」


「……どう……ですか?」


「うん、ウマイよ」


「よかった……」


 照れた顔で俯く乙女上司。

 他の同僚が見たら、これは何事かと思うだろーな。


「あ、ごめんなさい、お茶です」


「ん、ありがとう」


 うんうん、くるしゅーない、余は満足じゃ!



「あの……工藤君」


「ん? なに?」


「その……今晩は、予定ありますか?」


 スーツ姿の厳しい女上司も、二人きりだとまるで恋する少女だな。

 上目遣いで不安そうに、俺に誘いをかけてくる。


「そーだなー、ちょっと残業になるかもだし」


「そ、それなら私も手伝いますし、残してくれてもやっておきますから……」


「うん、考えとく」


「……はい」



 寂しそうな顔して。


 しかし、こんな状況になるなんて、少し前なら考えられないな。

 そもそも城島……いや、鬼島と二人でお昼食べるなんてありえん。

 前の俺なら飯も喉に通らなかっただろーよ。



 当時の、あのムカつく女上司と二人きりなんてな……。





 ◆




「工藤君、これコピーしといて。 さっき渡した書類は整理出来た?」


「いえ、もう少しです、すいません」


「まだなの?! 今まで何やってたのよ、ほんとこれだから……」


「すいません、すぐやります」


「それ、毎日聞いてるけど、こっちも言うの疲れるから何度も言わせない様にしてね。 コピーはもういいわ、自分でやるから」


「……はい」



 くそッ……! 大体お前が次々頼み事してくるからだろーが、毎日毎日ガミガミ言いやがって!

 しかも、どう考えても俺を目の敵にしてるんだよな、この女。 俺が何したってんだよ?!


 この性格の悪い女は、城島瀬奈きじませなって言う俺の上司だ。


 俺、工藤誠一くどうせいいちは高校を卒業後、この小さな広告代理店に就職した。

 そして、毎日この嫌な女上司にいびられてるって訳。 俺の中では城島じゃなくて、鬼島って呼んでるね。


 入社して最初見た時は、キレイなOLってやつに見えてドキッとしたけど、今は全くそんな感情は消え失せた。

 五歳年上の鬼上司、俺が今ハタチだから、二十五か。


 お前ぜってー男いねえだろ? 仕事は出来るのかもしんねーけど、性格最悪だからな!


 文句の一つも言ってやりたいけど、この女、上司なだけじゃなくて、社長の娘なんだよ……。



 もう逃げ道は会社辞めるっかねぇ!



 でもなぁ……辞めたいけど、お袋になんて言われるか……。

 母子家庭で苦労しただろうからなぁ。 仕送りもしてやりたいし。


 そんなこんなで早二年、辞めるにも辞められずに、このムカつく女上司の小言に耐える毎日を過ごしている……。



 ◆



「はぁ……疲れた」


 過酷な仕事を終えて、狭い一人暮らしのアパートに帰り、ベッドの上にダイブする。


「あのクソ女……いつか見てろよ」


 なんてな、なんの抵抗もできねーけどさ。 ワンチャン辞める時に滅茶苦茶文句言ったろ!


 よし、その日まで、また明日も……いびられる、か………―――――。




 ――――――――――――――


 ――――――――――――


 ―――――――



 ―――……どう……おい……。


「……ん……なん……だ……?」


「須藤、起きろって!」


 うるせーな……なんだよ……まだ、夜中だろ……?


 ……つーか、俺、一人暮らしだよな。




「……誰?」


「何言ってんだお前。 中島だよ中島! お前の数少ない友達を忘れたのか?!」


「カツオの、友達の?」


「うーん、違うけどそう。 お前と俺の関係はそんな感じ!……つーかお前、何寝ぼけてんだよ?」


「ここ……どこだ?」


「………ああ、そういう感じね。 わかったわかった、付き合ってやるよ」


 俺、アパートで寝てたよな。


「須藤、いい加減にしろよ。 ここは見てのとーりの学校の教室。 俺達は高校二年で、クラスメートじゃないかー」


 白々しい棒読みだな。 誰だコイツ?


 でも、確かにここは教室だ。 俺学ラン着てるし、なんで俺、学生やってんだ?


 しかも……。



「なあ、俺工藤なんだけど、須藤じゃねーし」


「ねえなにその設定?! 次々ぶっ込んでくるな! 俺じゃなかったら付き合ってくんねーよ?!」




 ―――は? なに? 俺学生に戻った上に名前変わってんの?! てかこれ夢?!


 ………違う。 めっちゃ現実ですわ。 教室独特の匂いすんもん。 夢って、匂いしないよな?



 でも、おかしいよな、だって……。







 ここ俺の行ってた高校じゃねーしッ!!!






 中島なんて友達いなかったし!

 名前須藤に変わってっし!!


 そもそも男子校だったし!


 やったー夢の共学だぁ……とか言ってる場合じゃナンセンスよッ!!



 ……とにかく、情報を集めよう。


 まずはそっからだ………。




 ◆




 集めた情報をまとめると、まず俺は工藤誠一ではなく、須藤瑛一すどうえいいちらしい。


 なんで微妙に変わってんのっ?!


 更に驚いたのは……。




 顔も微妙に違うの!! 似てるけどッ!!!




 ………タイムリープ、ってのは聞いた事あるけど、普通昔の自分に戻るよな?

 なんで微妙に変わってんだ?

 通ってた学校も違うし、なんか年代も違うんだよ。



 で、調べてみたら……。



 生まれた年もちげーの! 誕生日は一緒だったけどねっ!



 お袋の名前もちょっと変わってたし、見た目も微妙に……。 マンションは一つ階が変わってた……。

 なんなんだ? この不自然な状況は。


 初日に寝た時、起きたら夢オチかと思ったけど、この生活は続いた。


 俺は、何の為にこんな状況になったんだ?

 とにかく、それがわからない。




 ◆



 なんとか今の生活に慣れてきたある日、中島と下校中に、その事件は起きた。



 それは、このおかしなタイムリープが起こった理由。



 それを、俺に気付かせる事になる。





 下校中校門に向かっていると、後ろから声を掛けられた。


「あの、すいません……」


 振り返ると、



「これ、携帯……」


「ああ、ありがとう」



 眼鏡をかけた、地味な感じの女子生徒が俺の携帯を拾ってくれた。 そして、そそくさと去って行った。


 なんか、暗そうなコだな。

 そんな事を思いながら、携帯をポケットに入れる。

 てかガラケー久し振りだなっ。 時代を感じるね!



「レアキャラと話したな、須藤」


「……誰なんだ? 知ってるのか?」


「おい、一応同じクラスだぞ? 目立たない地味キャラだからな、知らないのも仕方ないがよ」



 ふーん、あんなコいたっけ?

 まあ、俺転校生みたいなもんだから、そんな地味キャラ、それこそわかんねーか。



「で、中島。 なんて名前なんだ? あのコ」


「全くお前は、あのコはな………うん、忘れた」


「お前さ、こういうの答えるのがお前の存在意義じゃねーの?」


「ひどいッ! 俺をなんだと思ってるの!? アンタの執事じゃないんだからッ!!」



 ………キモい。


 もっとマシな友達用意しといてくれよなータイムリープするにもさー。



「おっ? 思い出した、あのコは……」

「別にもーいいよ、興味ねーし」






「城島瀬奈だ」







 あっそ、ちょっと聞いてみただけだし、別にわかっても意味な――――





 …………まてよ?





 城島………瀬奈………?








 ―――城島瀬奈ッ!!?





 あのクソ女と同じ名前じゃねーか!!


 城島って、あの鬼島か?!



 ………そんな訳ねーか、偶々だろ。

 あの女はあんな地味な眼鏡っ娘じゃないし、俺の携帯を拾ってくれる様な女じゃない。

 寧ろ蹴っ飛ばしそうだ……。






 そうは思ったものの、やっぱり気になった俺は翌日城島を改めて見て、そして、




 ―――確信した。





 あれは城島瀬奈、ムカつくあの女上司だ!!





 よく見りゃあの女を若くして眼鏡かけたらあんな感じだ!!




 なるほどな………。



 そういう事か………。





 変なタイムリープだと思ったぜ!!

 わざわざ生まれた年まで変えてよ!



 それも全て………。




 あの女に復讐する為にお膳立てしてくれたって訳だッ!!!



 まさか、高校時代はこんな地味キャラだったとはなぁ。



 さぁて、どうしてくれようか……。

 今や立場は同じ同級生!

 上司でもなけりゃ部下でもないんだ!



 あの、俺を見下してきたムカつく女に復讐するチャンス……!

 覚悟しろよ、今までの分、キッチリ回収してやる!



 いや………。



 未来での屈辱……何倍にもして返してやるぜッ!!!





 ◆




 早速今日から復讐の始まりだ。

 まずはあの地味眼鏡になった(つーかこっちが元々か? )あの女に接触しないとな。


 しっかしこうして見ると……地味だよなあ。

 あの女上司鬼島とは思えない。

 アイツ、コンタクトだったのか、髪も大分長いしな。 今のアイツはアゴぐらいまでの長さだったし、気付かない訳だ。



 あ、こっち見た!



 ……すぐ目をそらされたぞ、なんだ? 俺に気でもあんのか?



 んな訳ないか。 まあどっちでもいーや。

 何しろこっちは内容はハタチ、三年分の経験値があるんだからな。

 十七とハタチじゃ、結構違うぜ?


 悪く思うなよ、こっちは今まで散々酷い扱いされてたんだ、恨むなら未来の自分を恨めよ。



 じゃ、後でな、瀬奈ちゃ〜ん。



 ◆



 学校が終わると、俺は下校中の眼鏡ちゃんの後を尾けた。



 一人か、友達いねーのか? こっちとしては好都合だけどな。



「城島さん」


「え……。 ――ッ!?」


 なんか、すげー驚いてるけど……。


「昨日は携帯拾ってくれてありがとう」


「そ、そんな……! あんなの、な、なんでもない、です……」



 ―――?!


 あの鬼島が俺に……『です』だってよ!!

 すげーあたふたしてるし、なんかもじもじしてるし、ホントにあの女なのか?!



「いや、マジで助かったよ。 携帯無くすと色々困るからさ」


「は、はい……私こそ、勝手に声掛けてごめんなさい……」




 ―――ご……?!!



 それ、いつも俺が言ってるやつだよな!

 マジか……謝った……あのクソ女が俺に謝ったぞッ!!

 アイツ謝れたのか、謝り方さえ知らない女だと思ってたぜ。


 ゾクゾクするな、なんか、もう勝った気すらする……!



「そ、それじゃ」


「あ、ちょっと待って」


 帰ろうとする城島の手を思わず掴んだ。



「あっ……」



「ああ、ごめん」


 俺が手を離すと、城島の奴は真っ赤な顔をして、胸元で掴まれた手をもう片方の手で庇う様にして持っている。


「あ……あ……あ……」



 ………カオ◯シかな?



 てかなにコレ?

 この時代の女子高生ってこんなウブだっけ?

 んな訳ないって、たかが八年前だぜッ!?


 てことはなんだ? 城島は時代遅れの純情少女ってか?

 あの城島が? 鬼島なのに?




 ……なんか、色々考えてたけど、もういっか。

 このままいっちゃえ!



「城島さん」


「は、はい……」


「俺と付き合って欲しい」


「――えっ?! そ、そんな……私なんかと……」



 おお、昭和のドラマのリアクションだな……。



「前から気になってて……」


 気が立っててだけどな……!


「好きなんだ」


 嫌いだッ!


「俺じゃ、ダメかな?」


 ダメダメいつも言いやがって……!



「そんな……須藤君みたいな……素敵な人が……」



 同級生を素敵って言うかな? なんか違うよーな? そして古いよーな?



「……からかわないで……下さい」


「そんなんじゃない、本気なんだ」


 逆に言ったことねーな、こんな台詞。

 相手が純情少女だと告白もこうなんのか。



「……私なんかで、よかったら……」



 おおっ! 鬼島が俺の彼女にッ?!


「えっ、いいの?」


「……はい」



 ―――あ・り・え・ねー〜ッ!!


 あのクソ女上司が俺の彼女?

 世の中どーなってんの? あ、世の中が違うのか、時代がね。



「良かった、ありがとう!」


「こちらこそ、宜しくお願いします……」



 なにそれ? 畏まっちゃって、結婚すんじゃねーんだからさッ!


 下向いて、嬉しそうな表情を必死で隠そうとしてる。

 初々しいねー。



 それから俺達はお互いの連絡先を交換して、その日は別れた。




 まさか、こんな日が来るなんてな。


 会社の女上司、社長令嬢城島瀬奈と、いびられヒラ社員の俺が恋人同士になるとは……。 学生だけど。


 あの感じじゃ、当然城島は初めての彼氏ってやつだろ。 今夜はドキドキして眠れないんじゃねーの?


 後でメールしてみよっ。 キュンキュンするやつ送ってやるからね〜。




 でもさ……。




 わりーけど、こっからが悲劇の始まりだ。



 まずは飴をやらねーとな。





 ◆




 その日の夜、俺はメール攻撃を始める事にした。

 

 名付けて、




『純情眼鏡っ娘ラブラブメール攻撃』だっ!




 ダサい?

 よく広告代理店で働けるな?

 耳が痛いッ!!


 てか今は学生なんで、なんすか?


 さて、まずは、


『まだ起きてる? ごめん、なんか落ち着かなくて。』


 なんて思ってもない事送ってみたらー?


『起きてます。 大丈夫ですよ。』


 こんなん返ってきました!

 起きて? 大丈夫


 こんな丁寧なメールする? 初々しいッ!


 てかこんなのは普通しないよな。 敬語はやめてよ、なーんて言いそうになったけど、鬼島に敬語で話されてると思うと気分いいからいいやー。


 それに、なーんか面白くなってきたなー。


 なんてベッドでニヤニヤしてたら、続けて向こうからメールが来た。 なんだろか?


『でも、よかった。』


 ホワイ? どーゆー意味だ?

 わかった! 私もドキドキして眠れなかったから……的なやつだろ?


『えっ? どうしたの?』


 白々しくもわからんフリしてやりました。

 すると……



『だって、夢かと思ったから。』



 …………可愛いッ! あー可愛い!!


 そーきたかー!

 なんだコレ? 俺がキュンキュンしてどーする!


 つーか、このメールをあのムカつくスーツの女が打っているなんて……。

 考えられんな。 いくら過去とは言え。



 やられてる場合じゃない、こっちが攻めなきゃダメだぞ? よし。


『夢じゃ困るよ、やっと付き合えたんだから。』


 どうだ、これは効いただろ。


『そんな事言ってくれるなんて嬉しいです。 でも、本当に私なんかでいいのかなって、思ってしまいます。』



 コレ……城島じゃねーんじゃねーの?

 だってこのコ、いいコだもん!

 少なくとも鬼島じゃない!

 俺の勘違いじゃないのか?

 ………いや、イメージしろ、あのコの眼鏡を取って、髪をバッサリ切って、スーツを〜―――城島だ! 間違いねえ。


 おっと、返信返信。


『城島さんが好きなんだから、他のコじゃ俺は嬉しくないよ♡』


 決まった………。

 今きっと現場では、ベッドの上で奴はこの凶悪なハートに悶絶してる筈だ。


『恥ずかしいけど、嬉しいです。 これから、宜しくお願いします♡』



 ハート返しキターーッ!!


 俺が送ったから向こうも解禁してきた感じっ?!


 おうおう、任せとけ。 ハタチのお兄さんによ。

 ここで、付き合い出した二人の定番をっと、


『宜しくね。 もう恋人同士なんだし、瀬奈って呼んでもいいかな? 俺の事は瑛一って呼んでよ。』



 ま、俺誠一なんだけどな。 瑛一って呼ばれても反応出来るか自信ないけど。


『はい。瀬奈でお願いします。 私は、まだちょっと、そんな風に呼べるか自信ないけど、頑張りますね。』


 うん。 なんか俺、好きになりそ。

 ウソウソ、冗談よ。

 この二年間の苦しみを思い出せ〜……ムムムムッ!


 ―――この性悪女がぁぁ!!(エコー強め)


 ふぅ。 これでよし。


『じゃあ明日、学校でね。 おやすみ。』


『はい。おやすみなさい♡』



 アウチ……締めもハートがきたか。

 やるじゃない?


 ま、うんうん。 作戦成功だ。


 これで明日の学校での下地は完成っと。

 さて、寝るかー。

 しかし、学生っていいなー。 やってる時は気付かないもんだけど。 学校行ってりゃいいだけだし、嫌な上司もいないし、休んでもお咎めなし。 給料もへらない。


 おい、学生諸君、今を楽しめよ。 社会に出るとシンドイぞー……。




 ◆



 次の日。


「おっ、おはよー中島」

「おう。 おはよう磯野」


 さて、瀬奈は……っと。


「えっ? 無視? 今のボケ無視?」


 おお、流石真面目。 もう席に座ってるな。


「おい須藤〜どこ行くの〜? 放置プレイはやめてけれ〜」


 やかましいわ、所詮お前は老舗の中島モブ、用がある時だけ活躍しなさい。



「おはよう瀬奈」


「えっ……?!」


「なに驚いてんだ? そう呼ぶって言ったろ?」


「そ、それは、二人の時だと……思って……」


 だと思ったよベイビー。

 付き合ってるのもクラスメイトには内緒とか思ってたんだろ?

 いやいや、お兄さんは大人だ。 そんな事は気にしないのさあー。


「なに? 瀬奈は俺と付き合ってたら恥ずかしいのか?」


「そうじゃなくて……須藤君が、笑われるって……」


「周りなんて気にしない、俺は瀬奈が好きで付き合ったんだから」


「好き……とか……こんなところで……」


「じゃあまた後でな。 昼は一緒に食べよう」


「え……で、でも……」



 そう言って俺は自分の席に戻った。

 瀬奈のあの顔、頬を染めて困る少女の表情は堪りませんなー。(オヤジくさい?)

 何人か聞いてたみたいで騒ついてるが、俺は全く気にしない。 大人の余裕ってやつー?



「おい、なにレアキャラと話してたんだよ」


「ん? 朝の挨拶しただけだよ、彼女と」


「あ、そう………ふぁ?! か、彼女? 須藤お前、なに言ってんだ?」



 中島、そう、それがお前の役割だ。 忘れるなよ?



「昨日から付き合ってんだよ、いいだろ?」


「いや、彼女がいるのは羨ましいけどさ……アレだと、なあ……」


「中島、人の彼女の悪口言うもんじゃねーぞ?」


「あ、ああ、悪りぃ」



 ま、現代では俺がメッチャ心の中で言ってたけどな!

 それはそれ、これはこれ。

 今んとこは瀬奈に良くしておかなきゃな。

 さて、昼休みが楽しみだ。




 そして昼休み、俺は宣言通りに瀬奈の席まで行った。


「待ってくれ須藤ッ! 俺を、一人にしないでぇ〜……」


 モブの縋る声なぞ完全無視! 一人でパンでも齧ってろや。



「やっと昼だな、瀬奈」


「あ、はい」


「へ〜瀬奈の弁当は豪華だな、俺なんてパンだよ」


「あ、あげたいけど、お箸はちょっと……」


 そりゃ流石にな、いつも使ってる箸を借りるのはやり過ぎだ、わかってるよ。

 狙いはそこじゃないんだよ。


「いいって。 いやさ、俺の家は母子家庭でさ、お袋は忙しそうだし、弁当なんて作ってる時間ないからさ」


「そう、なんだ……」


 そうなの。 だからさぁ。


「別に慣れてるからいいけどさ、弁当ってのも、いいもんだよな」


 手作りに飢えてるんです……。 コレは昔からそうでした。


「……明日から、私が作っても、いい?」


 アザス! 催促したっす! アザス!


「マジで? 嬉しいけど、でも、大変だろ?」

「ううん、平気です。 それに……」


「ん? なに?」


「か、彼女だし………してあげたい、から……」


 ………ねえ、君なんで《ああ》なっちゃったの? この後どう育ったらあの鬼島になるの?


 昼飯食ってたら鬼島の奴、「あんなに仕事残ってるのにゆっくり食べて、随分余裕ね」なんてほざきやがってよッ!


 ウサギが大っきくなったら虎にはならないよね! ねっ!



「優しいな、瀬奈は」

「そんな事……」


 とりあえず、調教成功だな。

 どんどん俺色に染めてやるからねー。

 今までの分回収してやるー。 わー。



「あとさ、眼鏡もいいけど、せっかく可愛いんだから、コンタクトにしたら?」


「か、可愛いなんて……嘘、です」


 いや、素材がいいのは知ってるから。

 ちょっと燃えないんだよねー、鬼島感薄くて。 髪型まで合わせられると逆にビビるんでアレなんだけど………。


「俺が嘘ついてるって?」

「そ、そうじゃない……です」


「可愛いと思ってないのに告白したと思う?」


「コ、コンタクトは持ってるんですけど、ちょっと苦手で……でも、須藤君の為なら、少しでも相応しくなれるなら、私、頑張ります」


 いいね、いいね!

 素晴らしい。 順調に開発は進んでいるね。



 あまりに思い通りに事が進み、俺はいい気分で放課後を迎えた。


 そして、瀬奈と一緒に帰ろうと思って席を立とうとした時、


「あの、須藤君、ちょっといい?」


「……ああ」


 一人の女子が声を掛けて来た。


 ………ふーん、多分あれだな。

 まあいっか。 とりあえず瀬奈にメールしてっと、



『一緒に帰りたかったけどゴメン、先に帰ってて。』



 それから、俺は校舎裏でその女子と話をした。


 まあ予想通りその女子は俺が好きで、突然今日あの地味キャラの瀬奈と話したり、昼休み二人でいたから堪らなくなって呼び出したんだろな。


 付き合ってるって俺は言ってたし、それを耳にしたのかも知れない。

 瀬奈があのキャラだから、信じられなくて真相を確かめたかったのかもな。 実際付き合ったのは、本当は理由があるし。


 勿論きっちり彼女がいるからと断り、一人になってから携帯を見ると、瀬奈からメールの返事はなかった。



 さては……。



 やれやれ、世話の焼けるコだこと。



 仕方ない、誤解を解いてやるか!




 ◆




 家に帰って荷物を置くと、俺は瀬奈に電話を掛けた。


 ……うーん、中々出ないな………おっ?



『………もしもし』


 声ちっちゃ!


「瀬奈?」


『……はい』


「メールの返事ないから、どうしたのかと思ってさ」


『………ごめんなさい』


 また鬼島が謝った――はもういいから。


「見てたんだろ? 俺が呼び出されるの」


『…………』


「隠し事は嫌だから言うけどさ、告白されたよ」


『…………』


 あれ? さっきから聞いてます? ま、いいか。


「でも、ちゃんと彼女いるからって断ったよ。 瀬奈と付き合ってるからって」


『…………』


「聞いてる? 瀬奈?」


『……もう……フラれるのかと、思って……』



 えっ? もしかして泣いてんの?!



 これは……鬼の目にも涙……ってやつ? あ、今はまだ乙女か。

 そうか、昔は泣けたんだね。 鬼島……。



「あのな、昨日付き合ったばっかりでそんな事言う訳ないだろ?」


『だって、私より可愛いし……』


「俺は、そうは思わない。 瀬奈が好きだよ、泣くなって」


『……はい、私、頑張ります……須藤君の彼女として、ちゃんと周りに認められるように……』




 あの、俺って……そんな大層な男じゃないんすけど……ヒラ社員だよ?



「大袈裟だって、俺なんか瀬奈と付き合えて幸運だと思ってるし」


 現代なら鼻にもかけてもらえねーわ。

 下手すりゃクビかな?



『そんな事ないです……! それに、嬉しかった』


「瀬奈がいるのに告白断るのは当たり前だろ?」


『それも、ですけど。 教室で、話しかけてくれて。 最初は驚いて、どうしようって思ったけど……』



 年上の余裕ってやつ?

 俺も学生時代なら周り気にしただろーなぁ。

 年取るとね、図太くなるんだよ。



『恥ずかしかったけど、須藤君は堂々と私と一緒にいてくれて……かっこよかった、です』



 瀬奈……鬼島にも言っといてくれ……頼む。



「せっかく好きなコと付き合えたんだから、周りなんか気にしてたら勿体ないだろ?」


『……はい。 え……と、わ、私も………好き、です……』



 ………いかん、ドキっとするわ。

 鬼島には怒気っとしてたが……。



「瀬奈、俺も――」

『あ、明日、ちゃんとお弁当作っていきます……! そ、それじゃ……』



 ………あり? 切れちった。


 恥ずかしがり屋だなー瀬奈は。

 明日か、楽しみだな。


 俺は寝る前、瀬奈に『おやすみ』とメールした。


 少しして瀬奈から、


『須藤君と付き合えたから、学校が、明日が楽しみになりました。 おやすみなさい♡』



 そのメールを読んで、俺はニヤニヤしながら眠りについた。


 あ……でも、復讐だからな!


 こき使ってやるんだぞッ!


 ………なんか、自分に言い聞かせてるな、俺……。




 ◆



「オッス中島」

「す、須藤お前……ッ!」


「な、なんだよ、朝から睨みつけやがって」

「知ってやがったな」

「あー? なんの話だ?」

「城島だよっ、城島!」


 瀬奈? んー……お、いた。



 おー……分かってはいたが、これはまた、中々……。

 なるほどね、どーりで教室が騒ついてる訳だ。


 恥ずかしそうに俯く瀬奈は、眼鏡を外した隠れ美少女に変わっていた。


「須藤ぉ! 貴様ダイヤの原石を見つけ安値のうちに買い付けやがったなッ!」


「黙れ中島。 そんな事だからお前はモブ《中島》なんだ」


「い・そ・の〜〜……ッ!!」



 磯野じゃねーし。

 さらばだ、そこで永遠とわに吠えていろ。



「おはよ、瀬奈」


「お、おはよう。 須藤君」



 うーん、近くで見ると……マジ可愛ええなぁ。


 少し長すぎた前髪も、顔がよく見えるように整えられていた。


 なんつーの? 鬼島の毒素を抜いて若くして性格良くして俺に惚れたらこんな感じ?



 それもー別人やん!!

 言い出したらキリ無いわな。



「やっぱり、こっちの方が全然可愛いよ」


「……本当?」


「もちろん、惚れ直した」


「よかった……コンタクト苦手だったけど、須藤君に喜んでもらいたくて」



 健気だのぅ。

 きっといい嫁さんになるわ。

 いい上司にはなれんけど。



「瀬奈も告られたらちゃんと断ってな」


「わ、私はそんな事ないし……須藤君に、見てもらいたかっただけだから……です」



 そう言って、瀬奈は頬を染めて、ほんのり微笑んで俺を見た……。




 ほ、ほ、ほ、惚れてまうやろーーーッ!!




 でこっち見て笑ったよ?

 見てもらいたかっただけだから……でキタコレ!


 なんなん? これなんなん? 技? 技なん?



 落ち着け……俺は復讐者、今が天使だろーと出会いは悪魔……キッチリ回収、させてもらいまっせ!



「ああ、じゃあまた後でな」


「はい」



 瀬奈と朝のトークを終え、俺は席に戻る。

 戻る、と言うか、気分的には凱旋してる感じ?



 おお、クラスメイトの視線が痛いぜ。

 昨日の女の子、ゴメンな。

 でも仕方ないんだぜ、失恋して女はキレイになる……らしいぜ。 わからんけど。




 ◆



 さて、時は変わってお昼休み。

 可愛い彼女とお弁当タイムだー。


「行かせはせん……行かせはせんぞ!」


 もーしつこいなー中島君はー。


「諦めろ、俺はもう一人の身体じゃないんだ」


「城島が可愛いと分かった以上、俺の妨害の本気度は変わったッ!」


 本気マジ……か……。 仕方ないな。


「中島、俺が行かねばならん理由を教えてやる」

「ほお、それ次第ではこちらにも考えがある……!」


 お前に考える権利あるか?


「瀬奈がな、て・づ・く・り・の弁当を作って待ってるからだ」


「―――ば、バカな……!!」



 許せ、友よ。

 てゆーか最近知り合ったばっかだけど、俺は。



「て、展開早くね?! 付き合ったの二日前だよな?!」


「中島、お前はこの曲を知らないのか?」


「は?」



「ラブストーリーは突然に」



「ま、待って! カンチぃぃぃ……ッ!」



 八年前とは言え、古過ぎたか?

 まいっか!

 待っててねーせーなちゃ〜ん!



「瀬奈、会いたかったよ」


「えっ? は、はい……私も……」


 照れちゃって、いちいち可愛いな! 君はっ!


「腹減った……」


「あ、はいっ」


 瀬奈はせかせかと弁当を取り出し、並べ始めた。

 急かしちゃってゴメンね。 あ、いや、早くせんか! これも復讐の一つだからな!


「おぉーすごいな」

「美味しいか分からないけど、苦手そうな物は出来るだけやめたから……」


 なるほど、嫌いな物とか言ってなかったもんな。


 いかにも女子が付き合いたての彼氏に作りましたランキングベスト3に入りそうな見た目の弁当だな。


 うまそー。


「いただきまーす」


「は、はい、お願いします」


 お願いしますて……。

 うむ、この海原◯山が味をみてしんぜよう。


「ムムっ……」

「ど、どうですか?」


「ウマイ」

「本当ですかっ?!」


「うん、ウマイ」


「………よかった」


 普通に美味い。

 とゆーか、あの鬼島に早起きさせて作らせたと思うと更に美味いなー。


「でも、遠慮しないで、言って欲しいです」

「ん? なにを?」


「これは苦手とか、味付けはこうがいいとか」


「食べられないのはね、椎茸。 これはホント無理」


 体に良いらしいけどね。 好き嫌いは、やめよう!


「よかった、入れないで。 味付けも、厳しく言ってください」


「んー味はホントに美味しいよ? でも、そんな言うなら……」


「は、はいっ」


「卵焼きはあんまり甘いのは好きじゃないかな?」


「はいっ、わかりました」


 め、メモってる……。

 なるほどね、この辺の勤勉さが未来の仕事に活きてる訳ね。 その辺は俺も認めてるけどさ、俺の扱いは不当だと思うぞッ!


「まぁ、そんなこだわらなくてもいいよ」


「でも、私……」


「ホントホント」


 いつもコンビニ弁当とかカップラーメン食ってんだからさ。 俺なんて。



「須藤君の、好みの料理が作れるようになりたいから……」



 うん。 わかった。 俺お前好きだ。

 鬼島に作らせたからじゃない。 瀬奈が好きだから美味しいんだ。


 たーすけてー俺の最初の目的ー〜。

 復讐しようにも相手が天使すぎて心が折れそーだー。




 そんな幸せな学校生活が始まり、その週末。

 俺は憎っくき鬼島と、初デートの約束をしたのだった。

 憎っくきな、忘れるな。




 ◆




 今日は瀬奈との初デート。

 しかし、これは鬼島とのデート《決闘》、という事になる訳よ。

 最近ちょっと俺は心が揺れすぎていた、これは復讐なんだっ!


 という事で、過去瀬奈には悪いが、痛い目にあってもらおう。 それは、




『鬼島待ちぼーけザマーミロ作戦』だッ!!




 ネーミングに関してのクレームは受け付けない。

 当社独自のカラーで貫き通すつもりですっ!



 約束の時間に俺は来ない、それをひたすら待っててもらおーか。 二時間はやってやる! はははっ! ザマーミロー。

 俺が会社に遅刻したりした日にゃボロクソ言われるからな、そりゃ遅刻した方が悪いけどさ。 もはや人格否定なほど言われんのよ、たまらんわ……。


 その恨み、ハラサデオクベキカ……!




 もう、約束の時間だな。





 …………………瀬奈、待ってるかな。



『だって、夢かと思ったから。』



 ……………ふんっ。



『か、彼女だし………してあげたい、から……』



 …………これは復讐だからなっ。



『須藤君の、好みの料理が作れるようになりたいから……』



 3フレーズとも全部語尾『から』やん。

『から』の三段攻撃ですやん。


 俺、『から』に弱いのかも。……うー。



 須藤、いっきまーすッ!!

 心のカタパルトから射出された様に、俺は約束の場所まで走った。



 ◆




「ハァ……ハァ………………ハァ……」


「あ、須藤君、おはよう」


「……ハァ……ごめん、瀬奈……遅れて……」


「そんな、平気です。 だ、大丈夫ですか?」



 クソ………こんな必至に走って来たんじゃ、どこが復讐だよ……。


 三十分遅刻……か。

 これが俺の限界って事ね。



「とりあえず、どうしよっか?」


「えっ?」


「どこか行きたいトコある?」



 だってさ、二時間も待たせたら帰るっしょ? だからなんのプランも考えてなかった訳よ、俺。



「私、デート初めてで……」



 ああ、そっか。 そうだよな。

 じゃあ、


「映画でも行こうか?」


「は、はい」



 走って疲れたし、喉も渇いたしな。

 ……てゆーか、考えたら俺はこの時、本来十二歳だよな。 瀬奈の五歳下なんだから。



 ―――小学生じゃん!

 ランドセル背負ってる時代だな!



 今どんな映画流行ってんのかな?

 なんか楽しみー。





 映画館に着いて、デートだし一応恋愛モノの方がいいと思ってそんな感じの邦画を選んだ。

『楽園のキス』とかいうタイトルの映画だ。

 この時代、もし観に行くなら俺はドラ◯もんだったかもな。 十二歳だったらそれも微妙か。



 映画が上映中、俺はなんとなく映画を観ながら、この状況を考えていた。


 俺とあのムカつく女上司が映画ね、ありえんわな。


 うーん……何真剣に観とんねん鬼島さんよォ。 そのムカつく横顔を………バシーんと、積年の恨みを〜〜………可愛い♡



 瀬奈は可愛いから叩いたり出来ません。

 鬼島は怖いから叩いたり出来ません。


 つまり、俺は何も出来ません!

 オーマイガッ!………破綻しとる、俺の復讐……。



 映画も終盤、切ない場面に瀬奈は目を潤ませている。

 そして、最後はハッピーエンド。


 エンドロールの流れる中、俺は小声で、


「どうだった?」


 ま、俺はあんまり真剣に観てなかったけど、要は色々あって別れた二人が三年後再会してハッピーエンド? みたいな感じ?



「はい、面白かったです。 でも……」


「でも?」


「私は、こんなの嫌です……」


 ハッピーエンド、だよな? これ。


「須藤君と、別れたくない………」


「瀬奈……」


「三年も離れたら……おかしくなりそう……です」



 今、俺おかしくなりそうですっ!!

 あ、なる、なるなコレ………。



「キスしていいか?」


「え……。……はい」







「「あ……」」







 ………ここでまさかのライトアップかいっ!!


 空気読めや映画館!

 ………まあ、仕方ないか。


 キスなんかしたらそれこそ惚れてまうしな。

 あぶね! あぶね!


 別れる、か。 そりゃ俺が現代に戻れば別れるっつーか、俺はいなくなるんだろうが。

 てかどうやって戻るのかわかんねーし、なんか戻りたくない気もしてきたし?



 俺達は、鬼上司と平社員のまさかのファーストキスをおあずけされ、二人照れながら映画館を後にした。



 その後、食事したり、色々あってもう夕方。

 そろそろ帰ろうとした時、駅前に並ぶ店で俺はある物を見つけた。

 それは、あの可愛げのない鬼島が、謎に鞄に入れていた似合わないウサギの人形、ソイツだ。


 多分好きなキャラなんだろな。

 今日は遅刻しちゃったし、思い出に瀬奈に買ってやろ。

 俺は瀬奈に「ちょっと待ってて」と言って、そのウサギを買って戻った。



「はい、コレ」


「えっ?……これは」


 またまた、びっくりしたフリして、好きなくせにぃ。


「今日は待たせちゃったから、こんな物で悪いけど」


「……ううん、ありがとうございます。 嬉しい……」



 それから駅に向かい、今日のデートはこれでお終い。



「じゃあまた、学校でな」


「はい。 今日は楽しかったです」


「ああ、俺もだよ」


 何だろう、この嬉しそうな、寂しそうな瀬奈の顔。

 ……絵になるね、暫く見ていたい、そう思っちゃうな。


「ちょっとだけ………いい、ですか……」


「え、なに?」


 なんだろ? ちょっと見とれてて聞こえなかったよ?



「――おっ……。 ……瀬奈」



 俺の胸の辺りに、瀬奈のおでこが当たっている。


 手は、少し遠慮がちに背中に添えられて。


 その手は、ちょっと震えてて……。

 でも、すげーじゃん、瀬奈。

 大分勇気出したな。


 俺は、瀬奈の髪を優しく撫でながら、


「珍しく、積極的じゃん」


「……ス、できなかった……から……」


「ん?……聞こえないよ」


「今度は……ちゃんと……して、ください……」


「……なにを?」


 俺がそう言うと、瀬奈は拗ねたような顔で俺を見上げてくる。



「いじわる………ですか?」



 ……やっべ……コレ、堕ちるやつだわ……。



「次のデートでは失敗しないから、覚悟してくれよな」


「はい」


「そ・れ・だけじゃ終わらないかもよ?」



「え……っ!? あの……え……と……」



 なーんてね、半分本気で半分本気だよー。



「また、すぐに会えるから」



「はい……私、一生忘れません」



 忘れないでほしいのはね、今の優しい瀬奈ねッ!!

 そこんとこヨロシク!



「大袈裟だって。 次の週末またデートだよ?」



「はいっ。 楽しみにしてます、瑛一君……」


「おっ……やっとか。 じゃあな、瀬奈」



 出来れば君と言って欲しかったけど……今瑛一だし、しゃーないか。




 ◆



 家に帰って寝る前、俺はベッドの中で今日の事を思い出していた。


 はー、何だかんだあったけど、結局楽しかったな。 あと、もーちょっとライトアップが遅れてたら……。



 ―――今度は……ちゃんと……して、ください……―――



 くぅ〜……っ!


 でも鬼島相手にいいんですか? いいんですっ!


 ……何考えてんだか、もう寝よ。

 また学校でねー瀬奈ー。



 ――――――――――――


 ―――――――――


 ――――――


 ―――



 ……ぅ……ん………ん?


 …………んー……と?


 ………あれ?………ここは……?







「―――戻った?!……な、なんで……?」







 一人暮らしのアパート……のベッドの上。


 マジかよ……。


 過去に行ったのもなんで、なら、戻ったのもなんで?


 いや、そんな事よりも。



「瀬奈………」



 もう、同級生の瀬奈には会えないって事か?

 次の週末、またデートなんて言ったクセに……。

 あんなに、楽しいデートの後……何も言わずに一人にさせちゃうのか……?


 俺が急にいなくなったら、きっと悲しむよな。

 当たり前だ、だって……。






 俺がこんなに辛いんだから……ッ!!






「瀬奈ぁぁ………っ!」






 何だよ、こんな好きになってたのかよ……!


 これは、あの過去の不思議な体験は……夢なんかじゃない。


 全部覚えてる。

 瀬奈の温もりも、メールのやり取りも、話した会話もっ!


 あの映画館での、キスする寸前の瀬奈の香りも……。



 もう、戻れない………のか?




 その夜は、色んな考えが頭を巡って、中々寝付けなかった。


 瀬奈がどんなに悲しむか、学校でも、家でも。


 でも瀬奈は可愛いから、すぐに次の彼氏が……それはいい事だろうけど……やっぱり考えたくない。


 いなくなった俺がそんな事言える立場じゃないけど。



 相手が中島だったらどうしよう……!


 それは無いな。




 でも、


 ………なんで、今戻ったんだ?


 ひょっとして、復讐なんて事より、瀬奈とこのまま仲のいい恋人として過ごしたいと思ったから、俺は戻されたのかな?


 それとも、ただの時間切れ……か。


 考えてもわからない。


 わかっているのは、俺は今、元の現代にいて、瀬奈と同級生の須藤瑛一じゃないって事だ。





 俺は……工藤誠一に戻った。




 ◆




「や……っべ……!」


 やってもーた、完全に遅刻だ。 昨日は中々眠れなかったからな……。


 あー会社行ったらまたすげー嫌味言われんだろな……。


 いや………まてよ?


 もしかして、過去に俺が干渉した事によって、あのムカつく鬼島が素直で可愛い瀬奈になっている可能性もあるかもっ!


「工藤君、大丈夫? いつも残業して大変だもんね、ちゃんと寝てるの?」


 とか言っちゃってさ!





 ◆




 現実は………。



「遅れて来れるならその分仕事は終わってるんでしょうね? 依頼先は待たせられないんだからね」


「はい……すいません」


「工藤君はそれで終わりでもね、先方に謝罪するのは私なの。 会社は信用を失うし、次は仕事もらえなくなるのよ? それに、私相手を待たせるの嫌いなの、待たされるのもね」


「はい……急いで仕上げます」



 ハイいつもどーりー……。

 これ、ホントに同一人物か?




 でもまあ、そうだよな。 タイムリープした時会った瀬奈と今の鬼島が繋がってるなんて、そんなのわかんねーし。




 ―――それから、俺はまたいつもの日常に戻った。




 結局、ムカつく女上司はそのまま、俺は今まで通りいびられる日々が続く。


 前と違うのは……俺だけ。

 過去とはいえ、好きになった相手だからな。

 なんていうか、今の城島瀬奈を………見たくない。

 そんな気持ちになる。



 ◆



 その日は、世間はいわゆる花金。


 会社の同僚達は皆帰ったけど、俺はどうしても終わらせないといけない仕事が残ってて、会社で残業中。


 …………鬼島と。



 俺のせいで残業付き合わせてすいませんね。

 てゆーか、他の社員にも振れたよねっ?!

 明らかに俺に振られる仕事量が多い!……言い訳に聞こえるかも知れませんが、マジっすよ?


 ああ、腹減ったなー。



「手、動いてないけど」

「す、すいません」


「せっかくの週末に付き合ってる身にもなってね」


「……はい」


 つーか……予定あんの?

 ねーだろどーせ。

 こんな性格悪りー女と週末の夜にさ、一緒に酒でも飲みたいって思う奴いねーって。


 見た目はともかく、俺なら嫌だね、酒がマズくなるわ。



 ―――それから一時間後。



「こっちは大体終わったから先に帰るけど、工藤君は終わらなければ週末やりなさいよ」


「はい、ありがとうございます」


 休日出勤かよ、こんな残業させて………。

 も、流石に辞めよっかな……。


「じゃあ、お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした」


 ふん、早よ帰れ鬼!


 お前なんて―――あ………。



「城島さん」


「なに?」


「これ、落ちましたよ?」


「――! あ、ああ」





 これは………。





「この、……」


「ちょ、ちょっと……! 何してるの? か、返してよ……」


 これ、鬼島が好きだと思って瀬奈にプレゼントしたけど、………全く同じ……だな。




 俺があげたのと………。





「これ、昔の彼氏にもらいました?」





 思わず聞いてしまった。

 やべ、しばかれる……。



「は……? か、関係ないでしょっ?!」



 すげー……狼狽えてる。

 まさか、




 ………のか?




 いや、まさかな、でも……。



「映画を観た、帰りとか?」


「――っ!? ……な、なに? なんなの……?」




 こんな怯えた顔の鬼島は初めて見た。

 マジか………。

 八年も前に俺があげた、こんな人形をずっと持ってるなんて。








 この女上司城島さんは――――なんだ……。








 俺は立ち上がり、鬼島……いや、城島瀬奈と向かい合った。


 そして、


「ちょっと……工藤……君?」


「携帯、拾ってくれてありがとう」




「は……?」




「あの時はまだ、眼鏡だったよな」


「な……に、言ってるの……?」


「次の日、帰り道に声をかけて……」


「だから……なに言ってるのって……っ!」



「帰ろうとする手を取って、告白した」




「――ッ?!」




「その日から、付き合い始めたよな」



「………返して…………」


「返して? そうだな、デートに遅刻して、悪いと思ってプレゼントしたんだったな……ほら」



 俺が城島さんにぬいぐるみを差し出すと、それを受け取るのを少し躊躇して、それから、震える手でぬいぐるみを受け取った。



「なんなの……? 普段の腹いせに調べたの? き、気持ち悪い……!!」


「そんなの、どーやって調べるんだよ?」


「さっきからその口調もやめてよ、私は年上だし……アナタの上司なのよ?!」



「ああ、すいません。 つい、昔を思い出して」



「……どういう意味?」





「いえ、ついね、だった時の癖なんですよ」




「―――ッ!!?」




「急にいなくなって、ゴメンな」




「………い……いい加減にしてよッ!! そんな訳ないでしょ?! 瑛い……須藤君は私の同級生なの! 名前だって違うし、顔だって違う!! 人の過去調べ上げてなにを楽しんでるの? アナタみたいな――」





「瀬奈」




「……ッ! は、はいっ」



 俺がその距離を一歩詰めると、怯んだ表情の彼女は、城島さんから、瀬奈の言葉に変わる。




「さよならも言えなくて……ごめん」




「その声………その、声で……瀬奈、なんて言わないでよ……!」



 そうか……声は、このままだったんだ。



「名前も顔も……似てる。……声なんて……一緒なんだから………。 やっぱり、親族なの? 彼は……彼はどこにいるの?! なんでアナタは私の前に現れたのよ……っ!!」



 気付いてたんだな、そりゃそうか。

 須藤瑛一に似た、工藤誠一が現れて混乱した。 それで俺に当たりがキツかったのか?


 なんで現れた……か。


 現れたのは俺が先で、須藤瑛一はその後だからなぁ……。

 でも、俺が会社に入った時、既に城島さんは須藤瑛一と出会ってるって訳か。


 てことは?



 このムカつく女上司を作り上げたのは……。




 須藤瑛一って事かっ?!



 つまり……………俺ッ?!!




 ………これは、責任を取らなくちゃいけねー……な。




「俺は工藤誠一だ」

「そんな事――」





「そして、須藤瑛一なんだよ」





「……バカにしないで」


「付き合った夜、メールしたよな。 瀬奈は夢かと思ったって言ってた」


「………」



「次の日、俺は教室で瀬奈って呼んだ。 瀬奈は相変わらず須藤君だったよな、そんでさ、俺が弁当いいなって言ったら、作ってくれるって言ってくれたよな。 コンタクトも苦手だけど、してくれるって」



「……なんで、そんな事を……」



「俺が他のコに告白されたら、もうフラれるって勘違いしてさ。 でもその後、電話で俺は瀬奈が好きだからって言ったら、瀬奈も俺の事――」



「やめてよッ!!………もう、やめて……」



 両手で顔を覆う瀬奈。

 こんな話急に聞かされたらパニックになって当然だよな。



 でも、このままじゃお互い辛いって。





「俺は……椎茸が苦手だ」



「あ……」





「卵焼きは、甘くない方がいい」



「………はい」




「でも、美味かったよ。 弁当」



「どうやって……信じろって言うの?……須藤君が、工藤君……なんて」


「それは………」


「それは?」





「俺だってわかんねーよ」




「は?」



 だってホントなんだって。




「一緒に観た映画、覚えてるか?」


「……はい」




「映画では三年後の再会だったろ? 俺達は八年後だっただけだ」



「ひどい……です」


「さっき謝った」


「年下になんてなって……そんなの、信じられない」



「だから、ゴメンって」



「もう、信じるから……証拠を、見せて下さい」



「証拠……ね。 そんなの無いけど」



「え……」



 俺は瀬奈に顔を近づけて、見つめ合った。




「あの時、映画館が暗いままだったらな」


「瑛一……君……」


「俺だって……信じるか?」


「…………はい」




「キスしないけど」


「えっ?」



「だって俺は工藤誠一だし、須藤瑛一じゃないから」


「だ、だって……」



「瀬奈は好きだけど、今のは好きじゃないし?」


、いじわる………ですか?」



 それ………言うなって……。

 立て直せ……俺ぇ……ッ!!



 ………ふぅ。……危なく堕ちるトコだったぜ。


 よーし、続きだ。


「昔はデートに三十分遅刻しても怒らなかったのに、今はちょっと遅刻するとすげー嫌味言うし」


「そ、それは……」



「俺にばっか仕事押し付けてくるし、残業させるし、休日出勤させるし」



「……ごめんなさい」


「俺が嫌いなんだろ? そんな鬼上司とキスなんかしないね」



「だって……! 瑛一君に似てて、その声で……辛かったんです……だから……」


「会社辞めてほしかった訳? クビにすりゃいーじゃん、社長令嬢なんだから」


「でも、その……辞めてはほしくなくて……でも、つい、八つ当たりしちゃって……」



 あそう、そういう事。

 まあ、急にいなくなったのは悪かったけど、俺だって好きで消えた訳じゃないからな。



「て言ってもさ、八年も前の話だぜ? 他にも彼氏出来たんだろ? コンタクトにして可愛くなったしさ」


「…………」


「ま、まさか……」


「ええと……」


「中島かッ?! 中島と付き合ってはないよな?!」


「つ、付き合ってませんっ!」


 ………ふぅ、よかった。

 なんか、アイツにだけは触れられたくない。



「だって……別れて……ないから」


「は?」




「瑛一君と、別れてないから……今も、ずっと好き……だから……」




 ―――瀬奈……瀬奈だなっ!




 この健気な可愛らしさ、やっぱこのコ瀬奈だわ。


『から』が攻めて来た!


 また俺を『から』が攻めて来たよ〜。




「瀬奈、わかった」


「そ、それじゃ……」




「言ったろ、俺は工藤誠一だ」


「でも、瑛一君なんでしょっ?!」


「今は工藤誠一だ。 だから、瀬奈とは付き合ってない」


「そんなの……ひどい、です……」



 大分瀬奈に戻ってきたが、まだまだ。

 そう、



 調教の仕直しだな!!



「また好きになったら付き合うけど?」



「八年も、放っておいて……」



 それはー、それー。

 これはー、これー。



 だって、俺の意思でどうにかなるモンじゃねーしな。



「じゃあいいよ、会社も辞めるし。 扱いひどいから」


「そ、そんな……! ごめんなさい、瑛い……工藤君。 辞め、ないで……もう、待ちたくない……です……」



 よしよし、でもあんま急に態度変えないでな。 周りの社員の皆様が不審がるし?



「とりあえずさ」


「はい」


「腹減った。 なんか食べにいこーよ」


「は、はいっ」


「上司なんだから奢ってね」


「はいっ! 行きましょうっ」



 嬉しそうな顔して、可愛いやんけ。


「こ、これって、デート……ですか?」


「違うでしょ? 上司と仕事上がりに飯だよ?」



「………はい」



「あ、そういえばさ、大分バッサリいったね、髪」


「………誰のせいですか」



 うーん、その行動がまた古いよ?

 しかも瀬奈、別れてないって言ってなかった?



「時空のイタズラ……だな」


「はい?」


「なんでもない」



 責任の所在はきっと、迷宮入りだって事。



「でも、また彼女になったら、伸ばしますね」



 はははっ! それはどーかな?!



 俺の調教はよーしゃなく厳しいぜッ!!


 初デートの約束に三十分、次のデートの約束は八年以上待たせる男だからなー。



 一番良く知ってる筈だろ?



 ―――瀬奈がさ。


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ムカつく女上司をシバこう なかの豹吏 @jack622

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