文学界 村上春樹特集を立ち読みした後の夢

@yaq96757

ガールズ将棋バー

高校時代の友だちと夜の街に繰り出す。楽しい。


大学に進学した後、公務員になったI君とは卒業後、一度も会ったことがなかった。


二次会探しでブラブラしていると、「1時間850円!!」という看板が目に飛び込んできた。


店内は狭い。細長くてガールズバーのようなカウンター型だった。


ゆきぽよに似た、まだあどけなさが残る女性が一人で店を切り盛りしている。


しばらくすると、I君とゆきぽよがカウンターを挟んで将棋を始めた。


盤上に目をやると、二人とも将棋の嗜みがあるらしく、ああでもないこうでもないとせわしなく陣形を組み換えていた。


「彼女は24で言うと、どれくらいのレベルなの?」と僕は訊いた。


「やったことはないんだけど」と前置きした上で「初段くらいだと思います」と彼女は答えた。


思わずI君と僕の目が合う。強いなという驚きの表情だった。


「やってみたら?」僕が二人をそそのかす。


「いえいえ」と彼女は謙遜した。化粧は濃くギャルそのものだが、客の前では控えめな女性を演じる水商売の接客だった。もちろん好きなタイプだ。

「そもそも24やったことないですし、話にもならないですよ」急におしゃべりを始め、場を和ませようとした。


「夜に頭使ってらんないですしね」僕も引き下がると、その言葉とは裏腹に二人は駒を並べ始めた。


とんだ夜の対局に僕の目も輝く。


角換わりをするかどうかで、意見を交わしていた。結局真剣とはいかなかったようだ。


I君の棋力はわからない。そもそも僕自身がハム将棋でさえてんで話にならないので、盤上の動きを追うことはできなかった。

それでも緊迫した指し合いがしばらく続いた。


ゆきぽよの攻めにI君が受ける形のようだ。目を凝らしてみると、いつの間にか将棋盤が鉄板に、駒がキャベツに変わっていた。ゆきぽよがコテを持ってI君の玉をせっせとつつく。玉はタコになり、手が進むにつれてI君の玉はタコ焼きになっていく。I君の玉がコロコロと自陣の隅まで追いやられてしまった。


形勢が見えてきたところで、投了とは行かず雑談に戻っていた。次は、僕が誰と指すかという話題だった。


「だったら方正さんがいいんじゃない?」ゆきぽよがおもむろに目線をやった。奥に月亭方正が一人で飲んでいた。


方正はごく自然に僕たちの輪に入ってきた。

「あの、駒の動かし方くらいしかわからないんですけど」と僕。


「僕も強ないで」と方正は鷹揚に答えた。言葉を交わし初めて目が合った。オーラというか目に力があり、立派に芸能人を感じさせた。

が、棋力はそれほどでもないらしく、早々にゆきぽよが指図を出し、こちらもI君が割って入り、盤を二人に取り上げられてしまった。


座も落ち着いたところでお開きとする。

気になるのはお会計だ。

カウンター隅のレジまで、ゆきぽよが移動した。


ステンレスのキャッシュトレーに「100,850×2」と領収書大のメモが手書きで置かれていた。


何を思ったか僕は「こんなのに一円も

払えません」と伝え、出口に向かった。扉を開ける時、「怖い人が出てくるんならいつでも呼んでください」と啖呵を切った。一目散に階段を掛け上がり地上に出、走れるだけ一気に走った。無銭飲食だ。


振り向くと、I君が出てきたところだった。200メートルほど離れているだろうか。無事なところを見ると、素直に払ったのか、まけてもらったのか。戻ろうという気はなぜだか起こらなかった。


国道9号線に市バスがやってきた。まだ終バスじゃないんだと安心した。停留所まで走れば間に合うけど、追いかけなかった。


寒くもなく、もう少し歩いて帰ろうと思った。


僕はスケボーにうつ伏せになり、サーフィンでいうパドリングの要領で、両手で地面をかいて走り出した。


これは僕の夢に頻繁に出てくるお気に入りの移動手段で、一かぎするごとに加速が増す、文字通り風を切ってスピードを体感できるとても気持ちのいいものだ。


先ほどのバスが見えてきた。そして並んだ。バスの運転手は、僕に気付かず前を見ていた。

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