そして

「おーい。生きてるかー」

 そう、気の入ってない声と共に、真彩の顔をペチペチと叩きながら一ノ瀬は言う。

 叩かれる度に、右に左に揺れる真彩の顔は、一向に目覚めない。

 死んだか?いやいや、んなバカな。死因が驚いてこけたからとかじゃ、笑いもできないぞ。

 まあ、そんなことで人が死ぬわけもなく、次第に真彩の表情が動いていく。

「痛い!起きてる!起きてるよ静音!だから、も、もう叩かないで!」

 顔が揺れていたので、いつ目が開いたのか分からなかったが、真彩は叩く一ノ瀬の手を、必死に押さえながら、そう叫ぶ。


「おっと、すまん。ってか、ようやく起きたか。一瞬本気で死んだかと思っただろ」

 一ノ瀬は叩いてた手をどかし、少し、胸を撫で下ろしながら言う。

 

「そ、そ、そ、そ、そんなことよりさ、な、なんか、天谷の隣にドクロのパーカーを着た金髪の女の子が見えるんだけど……」

 香月の方を指差しながら、そう言った真彩は、声と体が尋常じゃないほど震えている。


「ん?僕のことか?」

 香月は、そう言うと、左手を顔にかざし、決めポーズを取り、こう続ける。

「僕の名は、香月沙也。さっきはすまないね、僕の魔眼が君を怯ませってしまったみたいだ」

 そう言い、フッと不敵に笑う香月。

「頼むから、普通に喋ってくれ」

 俺は、止まりそうになかった、香月の中二病話を一目散に止めに入る。

「え?あ、ああ、そうだった。ごめんごめん」


「な、なんなのこの人……」

 真彩は、香月に対して後退りをしながら、怯えた表情で言う。

 まあ、その反応が妥当だよな。一般ピーポーの口からは、魔眼なんて単語出てこないし。そもそも、怪我もしてないのに腕に包帯ぐるぐる巻きつけないし。

 ただ、俺は一つここで疑問に思う。いや、多分この状況では、もっと考えないといけない事が色々あると思うけれど、でも、俺が抱いたその疑問は、フッと頭に浮かんできて、それからずっと、俺の脳に住み着いている。

 それは、香月沙也の中二病発言についてだ。

 香月が言う、その中二病くさいセリフは、どこか内容が薄い気がする。

 いや、その薄いと言うのも、あくまで俺自身がそう思っただけで、もしかしたら、他の人にはこれが普通なのかもしれないけれど、俺はそう思った。

 例えば、香月がさっき言った魔眼という言葉。俺の知る限りの中二病では、〜の魔眼的な感じで、魔眼にもいくつかの名前があったりする。

 例えば、破滅の魔眼とか……、まあ、他にも色々名称があると思う。多分。知らんけど。まあ、なんというか、香月はどこか付け焼き刃っぽい。

 まるで、漫画とかで見た単語を、そのまま言っているような気がする。

 ただ、そんなことを聞ける勇気など、俺にあるわけもなく。ただ、一刻と時間は過ぎていく。

「それより、さっさとここを出ようぜ。まだ、香月が言ってた話を信じたくないし」

 一ノ瀬はみんなより一歩前に出て、振り返りながら言う。


「香月さんが言ってたこと?」

 真彩がとぼけた顔で、香月を見ながら言う。

 そう言えば、こいつ気絶してたんだっけ。そりゃ、聞いてないか。


「なんか、この場所から抜け出せないらしいよ」

 俺は、少し冗談めかして言う。

 それは、無意識に出たものであって、多分俺も、香月の言ってることを信じたくないと思ってる事が分かった。


「は?意味わかんないんだけど?なに言ってんのあんた」

 ちょっとー、真彩さん素が出てますよ!と、突っ込みたくなるところをグッと我慢する。

 まあ、真彩が素になるのも無理はない。香月が言ったことは、とてつもないほどに、非現実的である。

 ただ、その時の香月の表情は、とても真剣で、俺らをからかったり、嫌がらせをしようとかは思ってなさそうだった。

「取り敢えず先に進もうぜ。進まないとなにも始まんないだろ?」

 一ノ瀬は、またさらに一歩踏み出し、こちらを振り返らずに言う。

「そうだね。僕も正直、まだこのことを信じたくないし」


「同感。さっさと行こ」

 そう言って、俺たち三人は歩き出す。


「ちょっと、みんな待ってよ!私も行くから!」

 そう言って、涙目になりながら、真彩も俺たちに走って追いつく。

 改めて、俺たち四人は歩き出す。

 遠い遠い、暗闇の中へと。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る