家族。その3

 高すぎるギターの値段に、呆気に取られてる俺を尻目に、一ノ瀬はそそくさとギターを買い終える。

 あいつ、そんなにお金持って来てたのか……。

 そんなことを思いながら、店の出入り口を見ていると、真っ黒のギターケースを右肩にかけた一ノ瀬が出てくる。

 でっかいな、一ノ瀬の腰の高さくらいまであるんじゃないか。

 ただ、一ノ瀬はそんなことを全く気にしてないらしく、キラキラと目を輝かせて、俺の方へ寄ってくる。

「ギターだよ!念願のギターだよ!買っちゃったよ!」

 そう言って、ギターケースを俺の目の前でアピールしてくる一ノ瀬。

 その姿は、まるで子供みたいにはしゃいでおり、俺は少し引いてしまう。

「そ、そうか、よかったな」


「うん!よかった!」

 そう言った一ノ瀬に、いつものようなかっこよさは見られず、純粋で可愛い女の子のような笑みを俺に見せた。

 その時の一ノ瀬は、ちゃんと目まで笑っていた。


* * * * * *


 スマホを見ると、16時と表示されている。

 俺と一ノ瀬は休憩を取ろうと言うことで、モール内のカフェに向かっていた。

 人混みを綺麗に交わしながら、歩くモール内には、女性の歌声が遠くの方から聞こえてくる。恐らく、一ノ瀬が言っていた、アイドルイベントが行われているのだろう。

 ってか、このモール広すぎだろ。カフェというのは一階の端にあるのだが、そこは俺らがいたギターの店の反対側の端である。

 まじで、端から端まで何キロあるんだよ、もう20分くらい歩いたんだけど。

 そろそろ、足の裏が痛くなってくる時間帯だ。

 足の裏にきた痛みは、足首、ふくらはぎ、太もも、腰、と徐々に全身に広がっていく。

 うわー、これ絶対明日、筋肉痛だわ。

 ただでさえ、病みあがりなのに。

 そんなことに、絶望を感じていると、ようやく目の前に、目的地としていたカフェが現れる。

 でっかく、STBと入り口に書いてある。

 皆はこれをスタバと言っているらしい。正直、何の略かは分からん。

 そして、店内に入ると、それほど人は多くなく、所々開いている席が目立つ。

 こんなにモール内には人がいるのに、もしや人気がないのか。

 空いている色々な席の中から、一番奥にあった、ソファーと椅子に分かれた席を選んだ俺と一ノ瀬はお互い、自然な流れで座る。

 俺が椅子に座り、一ノ瀬がソファーの方に座った。

 そして、よいしょと、背負っていたギターケースをおろし、隣のソファーに置く。

 ってかこいつ、こんな重そうなもの背負って歩いてたのかよ、それなのに全然疲れてなさそうじゃん。どんだけ体力あるんだよ。

 そんなことを思っていると、店員さんが注文を聞きにくる。

「じゃあ、私はアイスティーを一つ」

 一ノ瀬は、片手で持てるほどの小さなメニュー表を見ながら言う。

 それで、お前はどうするの?という表情で店員と一ノ瀬は俺の方に視線を向ける。

「俺は、水でいいです」

 疲れ切った声で俺は、そう言う。

 それを聞いた店員は、かしこまりましたと一言添え、その場を後にする。

「お前、もしかしてお金がないのか?」

 そう言った一ノ瀬の方を見ると、とても心配そうな面持ちで俺の方を見ていた。

「別に、金はあるけど」

 正直、余るほどある。とてもありがたいことだ。

「そうなのか。じゃあ、なんで頼まなかった」


「歩いた疲れで、甘いものとか飲む気分じゃないんだよ」


「別にこの店には、苦いのもあるけど」


「苦いのは苦手なんだよ」

 それを聞くと、そっかと一ノ瀬はいい、目をギターのほうにやる。

 俺は、その姿を見て、一つ疑問に思っていたことを一ノ瀬に聞いてみることにした。

「なあ、お姉さんがギターをやってたならそれのお下がりとかあるんじゃないか?」

 自分で行った後、少しデリカシーに欠けているのではないかと、思ったが、言ってしまったものはしょうがない。

「そりゃまあ、家には姉さんのギターはあるけど……私はそれに触れないんだよ」

 そう言った一ノ瀬は、とても暗く悲しい表情をしていた。

 不思議と、その表情には見覚えがあった。

 その、触れないがどう言う意味の触れないなのか俺には分からなかったが、少なくともそれは、一ノ瀬にとって良いことではないのは確か。

 ただ、俺はそれ以上のことを聞くことはできなかった。

 そして、俺と一ノ瀬の間に気まずい空気が流れる。

 すると、その流れを断ち切るかのように、店員さんが水とアイスティーを持ってくる。

 正直、水はもう少し早く持って来てくれても良かったのではないかとも思ったが、まあ、そんなことを気にしてもしょうがない。

 そう思い俺は、運ばれて来た水を口に運ぶ。

 一ノ瀬もまた、アイスティーを口に運ぶ。

 そしてまた、俺と一ノ瀬の間に気まずい空気が流れる。

 お互い無言の空間。ただ、無言の時間は決していい時間ではない。

 何か話さなきゃいけないと思ってしまうような、空間。

 俺は、それを打破しようと口を開けようとしたその時。

 カランコロンカランという入店音と共に二人の女子高生が入ってきた。


 



 


 

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