4 僕の話

 車の持ち主がエンジンをかける音で目を覚ました。逃げるように、車の下からはい出した。空は晴れていた。カラスの声はない。

 僕はとぼとぼと雑木林を目指していた。カラスの話では彼女は地面に埋まりきっていないらしい。ならば、僕にも見つけられるだろう。彼女のにおいは覚えている。根拠もないけど、自信がある。猫とは、そういうものだ。


 雑木林の行く途中には公園がある。冬に感じる日差しは心地よい。僕は公園に足を踏み入れた。広い雑木林に行く前に腹ごしらえがしたかった。カラスと違って、猫は人にご飯をもらうことがある。僕らには自覚がある。人間より可愛いという自覚だ。

 当てはなくとも、猫にご飯をくれる人間は多い。僕は石造りのベンチに乗り上げ、悠々と後ろ脚を舐めた。勝手に人がやってくる。ここにも根拠などないだが、自信はあった。

 予想通り、日向ぼっこをしていたら一人の少女が寄ってきた。少女というのは微妙である。食べ物に期待が出来ない。期待すべきは年配の女性なのだが。少女は小学校低学年くらいだろう。寂れた公園で、一人で遊んでいる。友達はいないように感じた。

 少女にされるがままに、背中を撫でられながら、僕は考える。

 

 彼女は公園脇の雑木林にいる。カラスの情報はたしかだろう。そして、犯人は捕まったものの、彼女の死はまだ世間に知られていない。二週間、誰も家に訪ねてきていないからだ。親類はおろか、会社からの連絡もないのだから、つくづくついていない女だ。


「あなただけよ」

 寂し気に語っていた彼女を思い出した。あの言葉は本当だったのだろう。

公園の少女は背中の掻きにくいところを絶妙に撫でていた。少女に見込みがあるように思えた。僕がニャアと鳴くと、少女もニャアと真似をした。何を言っているかわからないが、僕はこの少女に託すことにした。

 晴れ渡る空の下、少女は僕に小さなパックの鰹節をくれた。悪い娘ではない。確信を込めて、僕は鰹節を食んでいた。


 僕は鰹節の味を噛みしめながら、少女にニャアと呼びかけた。少女は楽しそうに立ち上がり、ついてくる。それでいい。僕は少女の先をゆっくり歩く。たまに、振り向いてやると、嬉しそうにはにかんだ。

 雑木林にも少女は臆せずついてきた。湿り気のある空気と、昨日の雨のにおいがした。足に触れる土は冷たい。少女は僕についてきながら、木々に触れ、葉を見ていた。しかし、僕を追いかけることはやめない。生い茂る影が深くなっても、逃げることはなかった。ニャアと鳴けば、嬉しそうに少女も鳴いた。彼女が話していた、アリスと白兎はこんなふうだったか。いや、ウサギは急かされ焦っていた。僕は猫だ。急ぐことはない。優雅に、欠伸をしながら、雑木林の日差しを追いかける。チュシャ猫のように嫌らしく笑っているだろうか。心外だ。僕は真面目に欠伸をしている。これが仕事だと言わんばかりに大口を開けていると、少女も大きく口を開けていた。その仕草が抜けていた彼女を思わせる。名コンビだ。

 

 数時間歩いたところで、草のにおいが変わった。カラスの声もした。少女を木の幹に座らせたかったが、まだ平気らしくついてきている。良いスニーカーのおかげか、元々丈夫なのだろうか。少女の教育には悪い。しかし、仕方なかった。


 高い木の向こうに馴染みの臭いがした。彼女の白い足が見えた。見たことのある青い靴が泥に汚れている。

 あの日、会いに来た姿より酷い。車に轢かれて、獣に喰われて、泥にまみれて、白い目が空を見ていた。

 僕は彼女の隣に腰を下ろした。

 少女も不思議そうに僕の隣に腰を下ろした。



「僕の飼い主なんだ」

 少女に届かない説明を、僕は何度も繰り返した。

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