第39話 イライラいろは 後編
いろはと買い物が終わり、スーパーのビニール袋を持った二人は響風の反抗期について話ながら帰路へとついていた。
「へー、響風ちゃん反抗期あったんだ」
「今でもバリバリ反抗期だろ」
「そう? 完全にお兄ちゃんに構ってほしい妹ちゃんだと思うけど」
「そうかぁ?」
「反抗期って何してきたの?」
「めっちゃ噛み付いてくる」
「それは文句言ってきたりするってこと?」
「いや物理的に。背中からくっついて、首筋ガジガジ噛んでくんの。よっぽど息の根を止めたかったんだろうな」
「それは羨ましい反抗期ね」
「どこに羨む要素があるんだ? 吸血鬼背負ってる気分だったぞ」
「女の子が異性を噛むのは、よっぽど信頼していて噛んでも良いと思ってる人だけ。愛情表現よ」
「せやろか? 俺には餌を求めた犬にしか見えんかったが」
そんなことを話しつつ二人並んで歩いていると、ふと視界の端に公園が映る。
住宅街の空きスペースに設けられた小さな遊戯場には、古びたすべり台と鉄棒、それとブランコしかない。
ゲームに子供を奪われ夕方でも人気がないその場所は、とても静かでどこか物寂しげな雰囲気だ。
「ねぇ桧山君、ちょっと寄っていい?」
「構わんが」
二人は公園の中に入っていくと、年期の入った遊具を見て回る。
「桧山君ここで遊んだりしたことってあるの?」
「ある。ウチに10人くらいいたときは毎日ここに来てた。今思えば遊具3つでよく朝から晩まで遊べたもんだ」
祐一が赤錆まみれの鉄棒に触れると『使用禁止』と書かれた張り紙が見えた。
「使えないみたいね。壊れそうなのかしら?」
「いや、この鉄棒小学生がやるには微妙に高くて、よく顔面から落ちて血流してたからな。多分そのせいだろ」
「言われてみればブランコも滑り台も少し大きいかしら」
「サイズ指定間違えたんだろ。そのせいで他の遊具が入らないんじゃないか?」
祐一は懐かしむようにブランコへ向かう。
この公園のブランコは、座板を二本の鎖で支柱から吊るす一般的なもので、これも年期が入っているため少し揺動するだけで金属が軋む音が鳴る。
「昔は響風とよくここで二人乗りしたもんだ」
祐一はスーパーのビニール袋をその場において、座板に足をかけるとキッコと金属音が鳴る。
「二人乗り?」
「女子はあんまりやらないかもしれないけど、一人が座って一人が立ちこぎするんだ。座ってる方は勝手に勢いついて面白いし、漕いでる方はいつもより体重乗って激しく揺れるから面白いんだよな」
「あぁ見たことあるわ。やったことはないけど。やりたかったけど、ママがダメって言うし……あの頃からママもパパも私に何もさせてくなかっ――」
「待て待て、いきなりそんな
「だって私のイメージカラー黒だし。ゲームでもブラックドクターだし」
「カラーに引っ張られるなよ。陽キャのブラックがいてもいいだろ。それかドクターレインボーに改名するか?」
「嫌よ私だけパチンコの電飾みたいじゃない」
「じゃ、じゃあ昔を取り返す意味で二人乗りやるか?」
「……いいわね。私漕ぐ方やりたいんだけど」
「いいのか? 動かす時ちょっと力いるぞ」
「大丈夫よ。普通レベルには鍛えてるから」
祐一が座板に腰掛けると、いろはは板の両端に足をかけ鎖を握る。
「大きいブランコで良かったわね」
「そうだな、普通もっとギチギチになるし」
座ったまま祐一はゆっくりとブランコを引いていくと、後ろに下がれる限界で足を地面から離した。すると勢いよくブランコがスイングする。
「こぎ方はわかるな?」
「バカにしないで」
いろはがうまく屈伸を繰り返して体重移動すると、ブランコはスピードに乗り始める。
「ねぇ桧山君……私って優等生だと思う?」
「学年主席が優等生じゃなかったら誰が優等生なんだ」
揺れに合わせてキッコキッコと金属の軋む音が響く。
「私成績が良いのと、生徒会に入ってるってだけでいい子にされてしまってるの」
「優等生には十分すぎる記号だろ」
「でも家では八つ当たりが激しくて、すぐ物壊すわ」
「何壊すんだ?」
「花瓶を窓や床に叩きつけたり、ほんとに荒れたときは電話を引き千切って放り投げたりとか」
「なんで電話?」
「親から留守電が入るの。今日は帰れないって」
「そりゃ親が悪いだろ」
「他には
「リアル電気□トム対決みたいなもんだろ」
「誕生日プレゼントに贈られた服を破ったこともあるわ」
「贈った人間のセンスが悪かったんだろ」
「それに今は学校1のヤンキーの家で同居してる」
「そりゃ悪だな。今すぐやめたほうが良い」
「フフッ、嫌よ」
そう言うといろはは立ちこぎをやめてしゃがみこむと、祐一の膝の上に跨る。
対面になって座り込むと、彼女は祐一の首筋に抱きついた。
「委員長この体勢はまずいんじゃないか。痛った!」
いろははカジッと祐一の首筋に噛み付くと、甘く歯を立てた。
傍目から見ると、ブランコを二人乗りしながら首筋にキスをしているようにしか見えない、Theバカップルの所業。
目撃した人間は舌打ち必至だろう。
いろはは歯型がうっすら残るくらいに甘噛すると、今度はその歯型を舌先で舐めて消そうとする。
彼女の冷たい舌はとてもくすぐったくて、首をすくめそうになってしまう。
祐一は全力で甘えてくるいろはをそのままにして、転落しないように彼女の背を片手で抱きとめる。
「これは響風ちゃんが夢中で噛む理由がわかるわ」
「俺はビーフジャーキーか。とにかく委員長この対面で抱き合ってるのはまずい。
「そう? じゃあ人から見えなければいいのね」
いろはは何やら閃いたようで腰の辺りをゴソゴソといじる。
スカートのズレでも直しているのかと思ったが、そうではなく
いろははもう一度立ち上がると、止まりかけていたブランコをゆっくりと漕ぎ始める。
何か企んでいる顔だなと思っていると、祐一は危険なことに気づいた。
自分は座った状態、目の前で立ちこぎするいろは。目線がスカートの位置にダイレクトになる。
先程も少し危なかったが、絶妙に見えそうで見えなかった。
しかし、どうやらスカートの上部を折って長さを調整したらしく、かなり危険な位置にまで丈が短くなっている。
それが風に乗ってパタパタと激しく揺れる為、今はもう完全に見えてしまっていた。
「委員長これはまずい!」
「どうかした?」
「いやわかってるだろ!」
「私達はただ仲良くブランコを二人乗りしてるだけよ?」
ブランコが前に進むと、それに合わせてぶわっと広がるスカート。
至近距離で見える白くほどよく肉づいた太もも。視線をほんの少し上げるだけで、透けたレース柄にサイドリボンが可愛い黒の下着が見える。
「委員長ダメだコレ! っていうかもう俺の頭がスカートの中に入り込んでダメな大人の遊びみたいになってるんだが!?」
「ごめん、ちょっと風がきつくて聞こえない」
「そんなわけないだろ!? っていうかよくこんなエグい下着学校に穿いてこれるな!」
「あなたがこういうの好きって言ったんじゃない」
「言ったけどさぁ! とりあえずブランコ止めてくんない!?」
「嫌よ。そうね……どうしてもというのなら私の荷物にスパッツが入ってるんだけど、穿かせてみたらどうかしら」
「動いてるブランコの上でそんなことできるわけないだろうが!」
あと同級生の女子にスパッツを穿かせるという行為が、変態レベル高すぎる。
無理やり足をついて止めるということもできるのだが、無茶をしていろはが転落したりするのも危険なので、結局彼女の気が済むまで二人乗りのブランコは続いた。
帰宅後――
どうやらダメな遊びを覚えてしまったらしく、いろはは皆が見ていない隙を見計らってスカートの裾をチラリとめくるようになった。
その顔には『桧山君困らせるの楽しい』と書かれていて、学校一のヤンキーもタジタジである。
「ダメだ委員長が悪い子になってしまった……」
◇
翌日――
教室にてクラスメイトはざわついていた。
「な、なんだろ八神さん何かあったのかしら……」
「いや、これはこれで有りだ……」
「ワイルドさがすごい」
登校したいろはの格好は、普段よりスカート丈を5センチ強短くし、ブレザー下のワイシャツのボタンを3つ外す。
ネクタイはルーズに垂れ下がっており、おおよそ生徒会とは思えない着衣の乱れっぷりである。
その格好はどう見ても
呆気にとられる今宮は肘で祐一を突く。
「おいユイチ、イインチョどうしたんや。なんか悪いもんでも食ったんか?」
「いや、優等生優等生うるせーから優等生じゃない格好にしたらしい」
「お前あんなもん寺岡がキレんの目に見えてんぞ? 校則違反だーとか言うて銭形のとっつぁんみたいに走ってきよるぞ」
「実は校則って一般制服を対象にした校則で、生徒会用の白制服ってそこに含まれてないらしいぞ」
「そら今までの生徒会で、そんなことしよる奴がおらんかっただけやろ。そんな屁理屈絶対通じんぞ」
予想通りいろははすぐに職員室へと連れて行かれたのだが、すぐに戻ってきた。
「イインチョ寺岡なんて?」
「なめてんのかって」
「せやろな。それどうしたんや」
「ごめんなさいって言って逃げ帰るつもりだったけど、途中で校長先生が来てとりなしてくれたわ」
「校長が?」
「ええ、校長先生、若い頃はそういうファッションに興味を持つこともあるだろうから教室に戻りなさいって。学校への寄付金が効いてるわね」
「黒すぎる」
「逆に寺岡先生が怒られてたわ」
「なんでや?」
「指導がいきすぎたんじゃないのかって」
「あぁ、寺岡がクドクド言いすぎて、それが原因でグレたんちゃうかって思われてんな」
「子供って難しいわね。この後臨時の職員会議するらしいわよ」
100%議題は八神いろはについてだろう。
本人はクスクスと小悪魔的な笑みをうかべている。
「成績ええ奴がやんちゃして、教師がどうしたらええかわからんくなってるな……」
「委員長金持ってるから、下手に怒鳴りつけて悪化したり不登校になったら怖いだろうからな」
「ま、今まで大人しくしてたから少しくらい高校生活楽しんでもよくない?」
舌を出して笑ういろは。行為自体は推奨されることではないだろうが、その顔はストレスにひたすら耐え続ける、冷たい優等生の仮面ではなくなっていた。
この事により彼女のファンは少なからず幻滅するかと思われたが、逆に生徒会所属で学年主席、なのに不良という激しいギャップに下級生を中心にいろはのファンが爆増した。
それと同時に八神いろは、桧山祐一と付き合ったせいでヤンキー色に染められた説が濃厚となり熱い風評被害が彼の元に届いた。
イライラいろは 了
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カクヨムコン5も佳境に入ってきております。
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