第36話 お嬢VR世界へ エピローグ

 動画投稿開始から2週間、チャンネル登録者数は4208人と順調に推移している。


「いや、波って凄いわ……」


 人は人のいるところに集まって来る。勢いがあればランキングに乗るし、Vライナーを対象に記事を書いているネットニュースサイトにも乗る。

 祐一のよく見るまとめサイト【Vライナー速報】のピックアップ新人コーナーにも【(仮)ゲームチャンネル】は紹介されていた。


 記事には――

『(仮)ゲームチャンネルはヤンキーマン、ブラックドクター、ポリスブルー、ゴールドナイト、教官グリーンの男女五人組の新人ゲーム実況グループで、主にギャングorヒーローをメインに動画を投稿している。

 チャンネル登録者数は開設僅か2週間で4000人を超えて絶好調。

 この数字は群雄割拠のゲーム実況界で、スタートダッシュに成功していると言えるだろう。

 動画内で言及はないが、強面のヤンキーマンが恐らくリーダーでメインの取り仕切りを行っている。

 現在公開されている動画ではヤンキーマンのお題を、ブラックドクター、ポリスブルー、ゴールドナイトの三人がこなす企画的な内容が多く、初心者を自称するわりにプレイスキルは目を見張るものがある。

 尚女性陣はゲーム経験が一切なく、VRゲームをプレイする上でレトロゲームから勉強を始めたとのこと。

 ソニックラットのアバターをした教官グリーンは、アドバイス役とカメラ役を担当(尚ヤンキーマンより実力、発言力共に上な模様)

 ヤンキーにネズミ、美女3人の異色のVライナーグループの動向が今後注目される』


「あぁ俺も初投稿の時、こんな記事書いてほしかったもんだ」


 それでも自分のグループが褒められて悪い気はしない。強面の頬をほころばせていると、ふと記事の中で自分達のチャンネル名に目が行く。


「この(仮)ゲームチャンネルとかいうクソダサネームはなんとかしないとな……」


そう思っていると、階下からチュイーンガガガガとけたたましい工事音が聞こえてくる。

 どうやらレオがまた何か改築工事を行っているらしく、祐一は「わー次は何ができるんだろう(棒)」と他人事のようにスルーを決め込んだ。


「変なもん作ってなきゃいいけど」


 家の魔改造を黙認しているが、そのうち素晴らしきレオ様の銅像とかを建てられそうで怖い。

 もっと怖いのが今週立て続けに、桧山家周辺の住人が一斉に引っ越ししたことだ。

 皆さん海外でいい仕事が見つかったとかで、パリだかロンドンだかに引っ越すことになったらしい。


「オホホ来週からおばさんパリジェンヌなのよ」と、ホクホク顔で挨拶に来た隣のおばさんは今でも忘れられない。


 しかもなぜか、そんなにご近所付き合いがあったわけでもないのに、皆桧山家にわざわざ菓子折りを持って別れを告げに来たのだ。


「同時にそんなことある?」


 常識的に考えればそんなわけはないが、常識外で考えると怖いことが起きているので考えないことにする。


「まぁ引っ越し屋のマークがブルーローズ運送になってた時点で、会長絡みなのは間違いないが……」


 それとは別にもう一つ気になっていることがある。それはこの前負けた時決定した罰ゲーム『祐一を一日好きに使える券』が未だに行使されていない事だ。

 正直お嬢様の期待に応えられる気は微塵もしないので、できれば手軽なもので済ませてもらいたいと思う。



 夕方頃――


「「「あざざしたー」」」


 どうやら工事が終わったらしく、業者は速やかに撤退していった。


「兄者ー工事終わったってー」

「俺工事開始するって話も聞いてないんだがな。結局何作ってたんだ?」


 祐一が工事していたと思しき一階のトイレ横を見ると、そこには見慣れぬ下降階段が。


「ふぅ……地下が出来てるな」

「すごいのできてるよ」

「見たのか?」

「うん。マジテンション上がる」

「何が出来てるんだ?」

「当ててみな」

「地下ダンジョン作ってみたとか言うんじゃねぇだろうな」

「それいいね」

「よくねぇよ! 親父温厚だけどさすがにグーで殴られるぞ」


 祐一は嫌な予感を感じつつ地下へと降りていく。

 すると地下は広々とした空間が広がっており、テニスコート二面分くらいのプールが出来上がっていた。

 プール床に取り付けられたライトが水中を照らし、ブルーの光がまばゆく煌めいている。更に奥の方にはとぐろを巻いたスライダーらしきものが見えて、頭を抱えそうになる。


「……ナイトプールかよ」

「やべぇテンション上がってきた!」


 いつの間にかライトグリーンの水着に着替えた響風は、でっかいイルカの浮き輪を担いでプールに飛び込んでいく。


「人の家の地下に何作ってくれてんだあの人は……」


 道理で周辺の住民が引っ越したわけだと悟る。自分の家の地下にバカでかいプールが建設されていたら嫌だろうて。

 プールには既に水着に着替えた問題児三人が、それぞれ優雅に楽しんでいる。

 ゴールドの若干下品さを感じる水着のアンジェは、プールサイドチェアに腰掛けトロピカルなジュースを飲む。ブラックの大人びた水着を着たいろはは、エアーマットの上でうつ伏せに寝転びつつ水面をゆっくりと滑っていく。


「おーい会長ー」


 肝心のレオに声をかけると、彼女はステンレスタラップを登ってプールから上がると、惜しげもなくそのグラマスな肢体を見せつける。

 真っ白い肌に映えるメタルブルーのビキニタイプのブラは、レオのたわわな胸を頼りなく支える。胸や太股の曲線に沿って滑り落ちる雫は、艶かしく息を吸うことも忘れて見とれてしまう。大概の男性ならば前かがみ必死だ。

 そんなエロい芸術品みたいな体をした女性が、モデルのようにS字立ちしているのだから目のやり場に困るというもの。


「なんだ」

「人ん家の地下にプール建設しておいて、なんだじゃないだろなんだじゃ。おフランスジョークきついっすよ」

「私は泳ぐのが好きだ」

「でしょうな。カナヅチでこれ作ったらびっくりするわ」

「ゲームをしていると運動不足に陥る。だから全身運動のできるプールを建設した」

「申し訳ない、時折会長ってお馬鹿さんなのかな? って思うときが増えてる」

「?」

「なんでそこで何を言ってるんだコイツは? みたいな顔になるんすか。普通に考えて運動不足を補うために地下プール作る人なんかいないだろ。というか1000歩譲ってあのスライダーはなんだ!?」

「あると楽しいとランスロットが言っていた」

「あのバカ執事、ちょいちょい正体が見え隠れしてるな。絶対楽しんでるだろ」

「いいじゃない別に。会長のお金なんだから。そうだプール配信してみる?」

「それいいですわね。我々の優雅な暮らしを見せつけるというのは有り寄りの有りですわ」

「無し寄りの無しだ。そんな嫌味な配信したら一瞬でチャンネルが火の海になるぞ」

「庶民というのは心が狭いものなのですね」

「お前それ思ってても絶対言うなよ」

「兄者もプール入って頭冷やせば?」

「俺がおかしいみたいに言うな!」

「いいから貴様も早く着替えろ」


 祐一は流されるまま水着に着替えると、プールで戯れる四人の少女を見やる。

 地下プールで美少女が4人遊んでいる姿はどう見ても天国なのだが、桧山祐一にはそれを冷静に楽しむ余裕はない。

 もう作ってしまったものはしょうがないと諦め、ガリガリと頭をかくと切り替えて動画の話をすることにした。


「えー、もうこのまま打ち合わせやるぞ。今わりかし波に乗っている我ら(仮)ゲームチャンネルなんだが、さすがにこのチャンネル名を変えようと思う。というわけで、何か良いチャンネル名がある人?」

「ヤンキーマンのハーレムチャンネルでいいんじゃないかしら?」

「燃えカスも残らないくらい炎上するだろうな」


 コメント欄が地獄と化すだろう。


「やはりアンジェと愉快な仲間でよろしいのでは?」

「本名出てるがそれでいいのか」

「他の実況者ってどうしてるの?」

「個人でやってる人は基本自分の名前のままだ。グループでやってるところはグループにちなんだワードを入れてるところが多いかな。埼玉バスターズとか、FPSゲーマーズとか。ウチならそうだな、例を上げるなら初心者ゲーマーズとか、お嬢様ゲームとかそんなとこか?」

「ふぅ、どれもしっくりきませんわね。もっとわたくしに相応しいエレガントな名前でないと」


 アンジェはちゅーっとトロピカルジュースを飲みながら脚を組むセレブスタイル。なぜだか椅子ごとプールに落としたくなる衝動に駆られる。

 逆にいろはからチャンネルについて尋ねられた。


「そういえば桧山君の個人チャンネルはどういう目的で始めたの?」

「もう忘れた」

「嘘だよ。兄者はなんか楽しいことをやりたかったんでしょ?」

「ん……まぁそうかな……人が集まってくるのって楽しいからな。ネットだと俺の顔とか前科とかあんまり関係なくて、面白いか面白くないかしかない。そんな中で人集めて面白いことしたいって気持ちがあった」


 祐一の話に耳を傾ける一同。

 元来この男は苦労人である。行き場のない子供たちを預かり、しっかりと兄としての役割を果たし、その身を盾にして家族を守る姿はこの場にいる誰もが知っている。

 そのくせただ顔が怖いというだけで人から避けられ、教師たちから共通悪に仕立て上げられ、学校では誰もが恐れる悪役になった。

 そんな社会から弾かれた人間ヤンキーにとって、Vステーションという動画サイトは唯一与えられた居場所。

 そこにいた視聴者達は、面白いことをやろうとする彼を突き放したりはせず、またU1が馬鹿なことやってんなと見に来てくれるようになった。


 だからこそ彼は配信が生きがいだと言った。


 配信とは桧山祐一からU1になれるインターネットを介した変身。

 現実ではどれだけ悪役と言われ続けても、そこではヒーローになることができる。Vステのチャンネルとはもう一人の自分と会える場所なのだ。


「……セーフハウス」


 レオが深く考えた後に祐一の目を見て言うと、皆がピタリと止まる。


「このグループにちなんだワードだろう?」

「セーフハウスか……」


 祐一たちが住まうこの場所の名前。

 本来行き場をなくした子供たちが、社会から身を守ってもらうための場所。

 それは偶然にも彼女たちの境遇にも一致している。

 親の愛に飢えたいろは、その生真面目さから人から遠ざけられたアンジェ、強すぎるゆえに孤高を背負ったレオ。

 お嬢とて目に見えない問題を背負っている。

 そんな社会やしがらみ家庭環境……そして寂しさから守ってくれる場所。


「私は賛成よ。ここにいると安心できるし、隠れ家的な意味合いもあっていいんじゃないかしら」

「そうですわね。我々の秘密基地ですわ」

「いいじゃん兄者。家族的な意味合いもあって、あたしもいいと思うよ」


 響風は祐一を指差し「兄者」レオを指差し「姉者」いろはを指差し「姉者」アンジェを指差し「アンジェ」と呼ぶ。


「なんでわたくしだけ名前呼びなのです!?」

「親しみやすいってことだよ」

「なるほど。それなら納得ですわ」


 誰もがこの女ちょろすぎると思った。


「一応満場一致ということで(仮)ゲームチャンネルはセーフハウスに改名した」


 祐一はその場でスマホを開き、チャンネル名を変更。作るだけ作ったSNSに改名した報告を行う。


【(仮)ゲームチャンネルは、『セーフハウス』へ改名いたしました】と


「なんというかこれで本当のスタートが切れた感じね」

「我々の輝かしいVライナーストーリーの始まりですわ」

「うわーテレビのVライナー特集とかですんごいバカにされそう」

「よしチャンネル名も決まったことだし、そんじゃ俺さっき撮った動画の編集してくるわ」


 そう言って祐一は踵を返そうとすると、背後から誰かが抱きついてきた。

 背中でぶにんと潰れる柔らかな感触。


「貴様、これだけの水着美女に囲まれて編集行ってくるだと? なめられたものだな」


 祐一を背後からがっちりホールドしたレオは、大きな胸の膨らみを背中に押し付けると、そのままジャーマンスープレックスよろしく彼の体をプールの中へと放り投げた。


「どわっ!?」

「囲め囲め! 兄者をスライダーに運ぶぞ!」

「やめろ響風! テメーどこ触ってんだ!」


 新たにセーフハウスに集まった女子達に担がれてスライダーへと運ばれていく祐一。

 10メートルを超えるスライダーに登ると、その高さに引く。


「全員連結だ!」

「おい待て、ここに二人ずつ滑れって書いてるぞ!」

「知ったことじゃないわね」

「痛い目見るのはお前たちだぞ!」


 一番前に響風、次にいろは、祐一、アンジェ、レオの順に座る。

 前方のいろはは遠慮なく倒れてくると、祐一の手をとって自分の腰に回させる。反対に後ろのアンジェはこれ見よがしに抱きつき、背中に胸の感触を伝える。


「桧山君、どさくさに紛れて触ってもいいわよ」

「何をだ!?」

「兄者罰ゲームね。悲鳴あげたらお兄ちゃんって呼ぶから」

「背筋が凍るからやめろ!」

「それいいわね。私も兄君って呼ぶわ」

「わたくしはお兄様と」

「なんで同い年から兄呼ばわりなんだよ!」

「私は弟者にしよう」

「あぁ、なぜだかわからないが会長のが一番やばい気がする!」

「なら私のことは姉者と呼べ」

「っていうかなんで俺だけ罰ゲームなの!?」

「いいから行け」


 レオは最後尾から全員をドンと押した。5人は凄まじいスピードで螺旋状のスライダーを滑り降りていく。


「「「キャーーーー!!」」」


 右に左に、途中脱線しかけながらも滑走しザパンと大きな水しぶきを上げてプールへと着水。

 定員を守らなかったのでスピードが乗りすぎ、全員が様々な方向に吹っ飛んでいく。


「ゲホッゴホッ……水飲みましたわ」

「さすが兄者だ。全く悲鳴を上げなかった」

「ほんとこういうとこ強情ね……あら?」


 なにかに気づくいろは。


「くっそ、ひどい目にあった」


 水中から浮上した祐一は、その手に何かを掴んでいることに気づく。


「なんだこれ?」


 それは青、黒、金、緑の色とりどりの水着。どうやら着水と同時に神がかり的なトラブルで四人全員のブラを剥ぎ取ってしまったらしい。

 彼は恐る恐る振り返ると――

 あまり仕事をしない光でギリギリ見えないが、四人は呆れ顔で彼の顔を見ていた。


「ほぎゃーー!!」


 さすがにこれには悪魔の桧山祐一も大きな悲鳴を上げた。


「はい、お兄ちゃんの負け」

「さすがね兄君」

「お兄様でなければ殺していましたわ」

「ククク、さぁ万感の思いを馳せながら姉者と呼べ」


 手ブラ腕ブラ状態の一同、一人隠す気のないレオ。四人がジリジリと近づいてくる。


「俺動画作ってくるから!!」


 祐一は慌ててプールから駆け上がって逃げ出した。――四人の水着を手に持ったまま。


「あいつ動画づくりを免罪符にして逃げたぞ、追え!」


 こうしてセーフハウスに集ったお嬢たちと、奇妙な動画投稿生活が始まるのだった。




 お嬢VR世界へ              ―――― 了





――――――――――――――


 あとがきと今後について

 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

 文字数は若干オーバーしておりますが、大体文庫本一巻くらいの内容となっております。

 普段3ヶ月で1巻くらいのペースで書いてるので、今回は2ヶ月足らずで1巻+αだったので結構大変でした。

 正直やりたいことが多くて、どこに着地させるかは書いてる最中に決める感じでした。

 当初はいろはルートに進んでいこうかと思っていのたのですが、私個人的な好みでトゥルーエンドよりハッピーエンドに進みました。


 今回初めて強い主人公を書きましたが、これはこれで面白いなと思いました。

 私は基本強キャラを作るときは必ず欠点を入れるようにしてるんですが、桧山祐一はめちゃくちゃ強いけど社会的にはゴミ扱いされて力を活かせないキャラにしています。

 しかしインターネットでは、そんな社会的なこと関係なくのびのびと配信を楽しんでいる。そこに彼と同じように家庭の悩みを抱えた、金と権力はあるのにどこか満たされないお嬢様が集まってくる。

 満たされなかった居場所が見つかり、気づけば彼と一緒に食い入るようにゲームを楽しんでいる。そんな疑似家族的なテーマをもったうんたらかんたら――

 はい、そんなテーマではなく、ただかわいい女の子と一緒にゲームしてぇなという煩悩で出来上がった作品でございます。


 今後についてですが、一番危惧されているこれで終わりなのか? と質問を頂いていますが、区切りがついただけでまだ続くんじゃよ。

 すみませんが、もう一本連載している「お姉さまは小鳥に夢中」の方がおろそかになっているのでそちらを書きたいと思ってます。

 ペースは落ちるかと思いますが、ヤンキー家庭教師第二章は始まるんじゃよ。

 その前に祐一の罰ゲーム、一日自由にできる券のフラグ回収してないので、サブストーリー挟むかも。


 次章はちょっと人気が出始めたセーフハウスのメンバーと、ギャルヤンキー登場で5レンジャーが6レンジャーに? レッドは遅れてやってくる。編でお会いしましょう。


(※話の内容は予告なく変更される可能性があります)


 カクヨムコン5読者選考も佳境に差し掛かっております。

 よろしければフォロー、星、感想、レビューなどで応援していただけると幸いです。

 レビュー欄が大変寂しいことになってるので、何か一言でも書いていただけると嬉しいです。


 それではまた次章で――

 

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