第25話 ブルーローズパパ

「兄者、さすがおフランスのヒツジはイケメン度が違うな。さすが本場だ」

「執事な。フランスが本場なのかは知らんが」


 爽やかな執事に相対するは、氷の女帝レオ。彼女は不快気に腕組みし、ハニースマイルを浮かべる執事を見やる。


「お前を呼んだ覚えはないがランスロット」

「申し訳ございません。旦那シャルル様よりお電話が入る為、通学中にご確認していただきたくお迎えにあがりました」


 そう言うと乙女ゲーに出て来そうな執事は後部座席のドアを開いた。


「来い」


 レオが全員に短く言う。


「俺達もいいのか?」

「構わん。お前たちの事は父上に話さなければならないと思っていたところだ」

「そう言うなら」

「やったぜ、あたしリムジンで通学って憧れだったんだよな」


 祐一たち全員はリムジンの後部座席に入ると、高級感のある真っ白な内装をした座席に全員が座る。それを確認して執事は素早く運転席に戻り車を発車させる。


「こういうことってよくあるのか?」

「ええ、お父様は多忙な為話をする機会がありませんので、もっぱらテレビ電話でのやりとりが多いですわ」

「金持ちは大変だな」

「お電話お繋ぎします」


 ランスロットがそう言うと、目の前の車載テレビが点灯する。画面には青い目をした白髪の中年男性が、椅子に座って脚を組んでいる姿が映し出されていた。

 顔は映画俳優のように堀りが深く口には葉巻が咥えられており、格好は真っ白いスーツに白のハット、どこぞのギャングかマフィアかと思ってしまう。

 彼がレオたちの父親シャルル・ブルーローズだった。シャルルは鼻から白い煙を吐くと、葉巻咥えながら低い声をあげる。


『ペラペーラペラペーラ(フランス語)』

「…………」

『ペペラペーラペラペーラペペーラ』

「まぁお父様ったら、そんな面白いフランジョークを言われるなんて」

「フフッ、生徒会長のお父さんはとてもユーモアにあふれているわね」

「…………」


 レオはクールな表情を崩さず、フランス語のわかるいろはとアンジェはクスクスと笑みを浮かべる。それに対して桧山兄妹は神妙な顔で固まっていた。


「……兄者、このおじさんなんて言ってんの?」

「知らん。英語すらおぼつかない人間にフランス語で語り掛けてくんじゃねぇ」


『ア~ン、フランスペ~ン、シャトブリア~ン、バターサブレェ?(※桧山兄妹の空耳ヒヤリング)』

「まぁお父様ったら、そんなことはありませんわ」

「…………」

『マルセ~ユ、ボルド~? カマンベ~ル、エッフェルトゥ?』

「その件に関しては私が」

「…………」

『オォヴァロセルナ? シルクロード、ブルーチーズ』

「…………」


 桧山兄妹は字幕の無いフランス映画を見ているような気分になり、いい加減アンジェに相談する。


「アンジェ……全然言葉がわからない」

「まぁ、これは失礼いたしました。ランスロット、あなたお父様の言葉を通訳しなさい」

「かしこまりました」


 執事の青年は運転したまま同時通訳を行う。


『ペペラペーラペラペーラペペーラ!(通訳:最近インスタの更新が少なくてパパ寂しいよ!)』

「いきなり何言ってんだこのおっさん」

『ペペラペーラペラペーラペペーラ(聞いたよ、最近日本のゲームをコーチを雇って練習してるんだって?)』

「ええ、彼がそのコーチですわ」


 アンジェが祐一を紹介するので、軽く頭を下げる。


『ペペラペーラペラペーラ(ふむ、怖い顔をしている。ジャパニーズ任侠という奴かね?)』

「い、いえ普通の学生です」

『ペペラペーラペラペーラ(ふむ……任侠学生という奴かね?)』

「うん、もうそれでいいです」


 祐一が諦めるとレオパパは嬉しそうに手を叩く。

 響風がシャルルに対して率直な感想を言う。


「なんか気さくな外人って感じだね」

「顔ちょっと怖いけどな」

「兄者が人の顔怖いとか言っちゃダメだよ」


 ただなんとなく祐一の勘が、このレオパパのどうにも只者ではない雰囲気を感じ取っていた。


(まぁ金持ちなんて皆只者じゃねぇか……)


 そう思っているとドアに頬杖をついていたレオが父に話を振る。


「父上、我々は今日本の最新ゲーム技術習得を行っているのですが」

『ペペラペーラペラペーラ(あぁ知ってるよ、脳科学技術を応用したゲームのことだろう? こちらでも大きな話題になっている。大脳に共振性BMIブレインマッチングインターフェース波を当てて、仮想現実世界を作り出す。いやはや日本の人間はいい意味で変態的だよ)』

「私もそう思います」

『ペペラペーラペラペーラ(できることならばその技術を有効的に転用したいところだ。医療や学術、”軍事”なんかに――)』

「父上」


 口を滑らせかけた父親に釘を刺すレオ。


『ペペラペーラペラペーラ(おっと失礼、本筋からそれてすぐに別の利益を考えたがるのは大人の悪い癖だ。それで?)』

「現在その技術のコーチングを受けていますが、私とアンジェは落ちこぼれなのです」


 そう言うとシャルルは咥えていた葉巻をポロリと落とし、驚愕の表情を浮かべる。


『ペペラペーラペラペーラペペーラ(ほ、本当か? 信じられない……どんな習い事をしても天才としか言われたことがない君たちが……?)』

「ええ、そうです。ねぇコーチ?」


 急に話をふられてどもる祐一。


「え、えぇ残念ながらド下手くそとしか……」

『ペペラペーラペラペーラ!?(ド下手くそ!? ドがつくのかね!?)』

「はい……ド下手くそですね。こんなこと言いたくありませんがよく言って小学生、酷い時は幼稚園児レベル……」

『ペペラペーラペラペーラ!?(幼稚園児!?)』

「というわけで、最近週末は泊りでの訓練を行っているのですが、それでも時間が足りません。ゲームの長い歴史技術を吸収するにはとても時間がかかるのです」

『ペペラペーラペラペーラ(ふーむ、未曽有の事態だ。私もどうしていいかわらないよ)』


 シャルルは神妙な顔で手を組むと、深く呻る。


「技術習得には時間が必要です。本気でやるにはコーチの家で住み込みを行う必要があります」


 その場にいた全員が「えっ?」と言いたげにレオを見やる。


『ペペラ……ペーラペラペーラ(ふむ……。やはり日本の技術習得は君たちでも一筋縄ではいかないということか)』

「その通りです。しかしそのテクノロジー習得は大きなメリットを産むでしょう」

『ペペラペーラペラペーラ(良かろう、今更君の判断を疑うことはしないさ)』

「ありがとうございます」

『ペペラペーラペラペーラ(一応聞いておくが、そのコーチは信用できる人物なのかね?)』

「えぇ、人気ゲーム実況者です」

「「えっ?」」

『ペペラ? ペーラペラペーラペペーラ(ほう? ゲーム実況者とはなんだね?)』

「最新VRテクノロジーを使ったタレントのことです。今現在インターネットを中心に人気のある職でバーチャルアイドルとも呼ばれています」

『ペペラペーラ!? ペラペーラペペーラ!?(何、アイドル!? 今アイドルと言ったかね!?)』

「はい」

「親父凄い食いついてきたな」

「アイドル好きなんじゃない?」

『ペペラペーラペラペーラ!(それはとても楽しみだ。人前で言うのもなんだが、レオもアンジェも一般人に比べて一線を画すほど美しい子だ。どの分野に出ても成功するのはわかっているが、できれば表舞台に立ってもらいたかったのだよ!)』

「ええ、ですのでコーチとの同居認めてもらえますか?」

『ペペラペーラペラペーラ(ふむ、アンジェも一緒であるならばそれも構わんよ)』

「ありがとうございます」

『ペペラペーラペラペーラ(アンジェ、君もそれでいいのかい?)』

「わ、わたくしはその……ゲームというのは知らない世界で、それを教えていただけるのが楽しくて……。コーチとその妹さんはわたくしのことをお友達と呼んで下さる数少ない方ですので」


 アンジェはチラチラと祐一と響風の方を確認する。


『ペペラペーラペラペーラ(ふむ、なるほど。良くしてもらっているようだ。アンジェはプライドが高いから人付き合いに問題があると思っていたが、その問題も解消されそうだ)』

「彼はアンジェを暴漢から守ったこともある人物ですので」

『ペペラペーラペラペーラペペーラ(ほほぉ……それは凄い。確かによく見れば優れた体躯をしていうようだ。どうだね、今度パリにあるウチの”組織”に――?)』

「父上」

『ペペラペーラペラペーラ(おっと失敬。今日は失言が多いようだ。日本での判断は君に任せよう好きにしたまえ)』

「ありがとうございます」

『ペペラペーラペラペーラ(一流のコーチについてもらえるとは喜ばしいことだ。どうぞ私からも娘をよろしくお願いしたい)』

「いや、一流だなんて。ただの過疎実況者ですので」


 画面のレオパパは白いハットをとって頭を下げる。

 すると額の右側に十字の傷が見えた。


「あ、兄者……あれオフランス流スジモンって奴じゃないのか」

「き、気のせいだろ。滑ってこけて怪我しちゃったおちゃめなところもあるパパなんだよ」


 するとレオパパが頭を下げた拍子に、胸ポケットからゴトリと黒光りする何かが落ちた。

 893映画などでよく見られる自動式拳銃は、尋常ならざる威圧感を放っていた。


『ペペラペーラ(おっと失敬)』

「もうお父様ったら、ちゃんと安全装置をかけておいてくださいね」

『ペペラペーラペラペーラハハハハ!(この前暴発して、危うく若いのに風穴が開くところだったよハハハハ!)』


 白目を剥く桧山兄妹。


「兄者、あれはジャパニーズチャカという奴では?」

「ちげぇよバカ、多分モデルガンの玩具会社社長とかなんだよ……」

『ペペラペーラペラペーラペペーラ(是非コーチには今後とも家族ぐるみのお付き合いをさせていただきたいですな。オイ、コーチに上等なワインを贈りしろ)』

『ウイ、ボス』


 画面横で怖そうなグラサン黒スーツの男性が深々と頭を下げる。


「兄者今ボスって……」

「ボスくらい日本でも言うだろ。多分警察関係者なんだよ……」

「兄者そろそろ苦しい」


 完全にレオパパの背景が透けて見えてきているのだが、必死に認めない祐一だった。


「いや、あのお父様、そのようにお気遣いいただかなくても結構ですので。ほんとお気持ちだけで大丈夫ですので!」

『ペペラペーラペラペーラ(先生はよくできたお方ですな、アンジェかレオの旦那に欲しいところですよ。フハハハハ!)』

「まぁお父様ったら」

「面白い冗談ですね」


 アンジェは顔を赤らめ、レオはクツクツと悪役じみた笑みを浮かべる。

 祐一は「わ、笑えねぇ……」と小声で呟き、冷や汗しか出ないのだった。


「なぁ兄者、つまりはカイチョーとフクカイチョーと同棲するってことか?」

「同棲の意味を調べてから言おうな」


 ただ傍から見ると間違ってもいないと思う祐一だった。

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