第19話 実況者

 桧山家自宅にて――


 六畳間に集まった三人のお嬢と響風。本日は座学なのだろうと、全員がノートを開き攻略本参考書を用意して授業を待つ。


「響風さん、祐一さんはまだですの?」

「兄者なんか準備してるって」

「響風ちゃんお菓子食べるかしら?」

「食べる」


 いろはにスティックキャンディを貰って喜ぶ響風。


「響風さん、ワッフルがありますけどお食べになります?」

「なる」

「でしたらその安物のキャンディを捨てちゃいましょう」

「安物じゃないわよ。京都祇園から取り寄せた桜飴・清少納言だから」

「ふん、わたくしのは本場パリから取り寄せたマルコシアス・デ・ガロのワッフルですわ」


 いろはとアンジェによる高級菓子でのマウントの取り合いが続く。

 響風は兄者の授業に出ると、美味しいお菓子が食べられるという理由で居ついていた。


「どっちもんまい」


 ムシャムシャと幸せ気にワッフルを食べていると、祐一が配信で使うノートPCを片手にやってきた。


「よーし、今日はいつもと違ってって……お前なに食ってんだ?」

「清少納言とマルコシアス」

「すげぇもん食ってんな」


 リスみたいに頬を膨らませる響風を見て呻る祐一。


「委員長もアンジェもあんまり響風を甘やかさないでくれよ」

「いえいえ、お気になさらず」

「好きでやってることだから」

「それじゃあ始めるけど、今日はゲームの方じゃなく、ゲーム実況者の動画の部分について知ってもらおうと思う」


 そう言って彼はノートPCから動画配信サイトVステを開く。


「今のところ動画配信において最もメジャーなサイトがVステで、登録者は全世界合わせて10億人を越える」

「知っているわ。検索サイト【Brainブレイン】が親会社のサイトよね?」

「そうだ。君らはここで活動してもらうことになる」

「母数が多いところで活動するのは当然ね」

「まず基本用語だが、Vステで活動する人間のことを【Vライナー】と言う。これはゲーム実況者、実写系配信者問わずこう言う」

「Vステーションを駅、配信者を電車に見立てた造語って聞いたわ」

「その通り。そんで視聴者のことは【リスナー】」

「リスナーはそのままなのね」

「ほんとはVステ側はリスナーを旅客としてトラベラーって呼びたかったみたいだけど、これは流行らなかった」

「なるほど、じゃあ視聴者はリスナーでいいのね」

「そうだ。じゃあアンジェ質問だ、ここで活動するには何がいる?」

「お金」

「それは詐欺サイトだから気をつけような。じゃあ生徒会長」

「アカウントだろう?」

「そう。座学の時みたいに大喜利始まるんじゃないかと思って一瞬冷や冷やした」

「なら副会長に振らなければいいのに」

「とりあえずここで活動するにはアカウントが必要だ。アカウントは個人の証明みたいなもんで、それを使って自分のチャンネルに動画を投稿していく。アカウントは多分スマホで動画を見ているなら皆もう持ってると思う」


 各自がスマホを取り出して、Vステの設定項目を開く。


「この八神いろはになっているのでいいの?」

「ああそれであってる」

「Vステでアカウントいじったことないのに、なぜ自分の名前が設定されているのかしら?」

「それはブレインとアカウントが紐づいてるからだ。ブレインのBメールとかを利用していると、そこで登録した情報が、そのままVステに反映されている」

「なるほど」

「これから目標であるチャンネル登録者1万人を目指して活動していくわけなんだが、それに必要なことがある。なんだとう思う? じゃあ委員長」

「売名?」

「違うね、いきなりゲスいの出てきて驚いてるよ。生徒会長」

「アカウントの大量作成」

「違うね、一発でBAN喰らうのでサブ垢でのチャンネル登録者水増しは絶対やっちゃダメだぞ。じゃあアンジェ」

「やっぱり……お金?」

「お前は金から離れろ!」

「まぁ有体に言えば人気じゃないかしら?」

「そう、人気必要。そんでだ、今からいくつか動画を見てもらう。いずれもVステで頑張ってる人達だから酷いことを言うなよ」

「それは内容次第ですわ」

「お前は一番言っちゃいけない奴だからな」


 祐一はノートPCからVステのサイトを表示させると、サムネイルをいくつか選択し、連続再生を行う。


『どうもー!! マイマイチャンネルのマイマイ石川で~っす! 今日はトレジャーフォース~失われたファティマ~をやってみまーす! ――くっそ難しいな。この野郎、なんだこのゲームクソゲかよ! はぁ!? 今の当たり判定ありか!? なんでジャンプしただけで脚折れてんだよ! ふざけんな! 開発者全員死ね!』


 ゲーム実況動画を見ていた全員の顔が険しくなる。


「言いたいことはあると思うが、まず全部動画を見てくれ」


 祐一は次の動画を再生する。


『大神チャンネルの八咫烏三島だ。今日はホラーゲーの名作エビルハザードRE6をやろうと思う。それじゃあ始めるぞ。――そうか、これがこうなって……こう……ふむ……あぁなるほどね。あれ、鍵どこやったっけな。あっちの部屋か? まだ探してなかったもんな……でも先あっちへ』

「よし、次行くぞ」


 祐一は最後の動画を再生する。


『格闘ゲーマー龍拳の龍拳チャンネルへようこそ。今日もこの格闘ゲーム、ファイタースピリットⅡをやっていくぞ! ――ここの読み合いが難しいんだよ。相手あれしゃがみで構えてるでしょ? 近づいた瞬間円月蹴りっていう技飛んでくるから。見てて、ほら来た! これをこっちのカウンター残影で躱しファイヤーコンボへと繋げる! っしゃぁ勝利! 見てくれてありがとな、それじゃあまた次回の動画でシーユー!』


 全ての動画を見ると祐一は動画を停止する。


「さて三本の動画を見てもらったんが、全て人気が出ていない。理由はなんとなく察しはついてるんじゃないか?」

「一本目はわかりやすかったわね。暴言がとにかく多かった」

「見ていて不快な気分になりましたわ」

「その通り。Vステに限らず暴言を嫌う視聴者は多い。理不尽バグとかに関してはまぁ許されることもあるが、特に自分のプレイヤースキルのなさをゲーム、または開発者のせいにするのはご法度だ。場合によっては炎上することもある」

「そのゲームのファンが見に来てくれるんだから、当然と言えば当然ね」

「じゃあ二本目だが、ホラーゲーをやっていた人の動画。アンジェボケなくていいから率直な感想を言ってくれ」

「え? わたくしいつも大真面目なんですが……。えぇっと……その画面が暗くてよくわかりませんでしたわ」

「そうだな。わかりにくい。これもゲーム実況としては致命的にダメ。実際に目の前でゲームをプレイしている実況者と、モニター越しに見ている視聴者では視点が違う。Live配信だと途中から見に来る人もいるから、そういう人たちを意識してわかりやすく状況を実況すること。さっきのは自分でやって自分で完結してただろ?」


 レオは腕組みすると、ふむと頷く。


「そうだな。一人でブツブツ呟いて、次何やろうとしているのかが全く見えなかった」

「あれじゃ実況ではなくプレイ動画になってしまうから見ている人を意識してゲームしてくれ。じゃあ三本目格闘ゲームの奴。委員長」

「これは何が悪かったかわからなかったわ。実況も上手かったし、敵が何をしようとしているか、自分が何をしようとしているかきっちり伝えられてたと思う」

「そうだな。この人に関しては動画で悪いところは一つもない」


 首を傾げるいろは、アンジェ、レオ。

 すると響風がぼそりと呟く。


「更新ペースだよ」

「お前答え言うなよ」

「兄者がなんかニヨニヨしてるのがムカついた」

「ニヨニヨて」


 祐一は龍拳チャンネルの動画を一覧にして出す。

 すると動画が投稿されたタイムスタンプがどれも月を跨いでいた。


「そう、この人実況とか凄く上手いんだけど更新ペースが二カ月に一回とかなんだ。この更新ペースだといくら上手くても人気に火が付きにくい。まぁ社会人で趣味で動画流してますっていうなら全然良いと思うけどな」

「まとめるとゲームへの暴言はNG、実況はわかりやすく視聴者を意識して、更新ペースはなるべく多くってところかしら」

「グッド。暴言に関しては基本だが、ランダム要素で悪いテーブルを引き続けるとポロっと出ることもある。実況をわかりやすくってのはもう数重ねるしかない。更新ペースはそのままチャンネル登録者に直結するから、ここは唯一配信者の努力でどうにかなる部分だから頑張りたい」

「なるほど。毎日更新している人が多い理由ね」

「その通り。人気を出すにはコンテンツを用意しないと始まらない。正直チャンネル登録者ってのは時間をかけてコンスタントに動画を出していけばいつかはクリアできると思っている」

「意外と下積みが重要なのね」

「その通り。地道に視聴者を獲得していくのが大事だ」

「なるほど……」

「勉強になりますわ。さすが祐一さん実況者ですわ」

「いやぁ」


 褒められて天狗になる祐一。


「まぁそれが出来てても兄者みたいに伸びないパターンはめっちゃある」

「ぐっ……」


 伸びた鼻をペキっとへし折る響風だった。


「その通り、ぶっちゃけ下積みがあっても爆発するかは運に近いところがある。視聴者の年齢層や、ニーズはかなり変動する。これを読み切るのは難しい」

「響風さんも配信者ですよね? チャンネル登録者ってどれくらいなんですか?」

「今月入って23万くらいだったかな」

「こいつはただ単純にゲームが上手い。上手いゲーム動画ってのはそれだけで面白い」

「視聴者の需要を満たせてるってことね」

「そういうことだ」

「あたしが言うのもなんだけど、今のVステはテクニックより個性の方が重要視されるよ」

「個性……ですか?」

「ずっと見てたいって思える実況者になること」

「それが一番難しいんだけどな」


 祐一が苦笑いすると、三人は彼の顔をしばらく見つめた。


「どうかしたか?」

「い、いえ」

「なんでもないわ」

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